鳥井信治郎

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鳥井 信治郎(とりい しんじろう、1879年明治12年〉1月30日 - 1962年昭和37年〉2月20日)は、日本実業家サントリー(現・サントリーホールディングス株式会社)の創業者である。

経歴[編集]

「やってみなはれ」[編集]

失敗を恐れず挑戦することを重んじる信治郎の「やってみなはれ」を、サントリーは21世紀においても創業精神として掲げている[1]新浪剛史サントリーホールディングス社長によると、社内の研修組織「サントリー大学」において、買収した米ビーム社員らを含めて「Yatte Minahare」とそのまま教えているという[2]

著作[編集]

  • 『一億一体天祐神助を祈れ』豊公会、1942年12月25日。 NCID BA86072687全国書誌番号:44025054 NDLJP:1094537 
  • 『生ける豊太閤 ―豊太閤と天守閣―』豊公会、1939年8月1日。 NCID BA30305714全国書誌番号:44040551 NDLJP:1103208 

系譜[編集]

鳥井信治郎が登場する作品[編集]

脚注[編集]

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参考文献[編集]

先代:
(初代)
壽屋(のちのサントリー)社長
初代:1899年 - 1961年
次代:
佐治敬三