織田信節

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織田 信節(おだ のぶとき、延享4年(1747年) - 天保4年9月6日1833年10月18日))は江戸時代旗本。旗本水上興正の六男。養父は旗本織田信方。通称は甚助、図書。官位は従五位下・信濃守。

生涯[編集]

明和5年(1768年)4月9日将軍徳川家治に御目見する。安永2年(1773年)5月7日小納戸に登用される。同年12月16日布衣を許される。弓矢を得意として、騎射などで褒美を賜る。安永7年(1778年)8月6日養父信方の死去により、家督を相続する。天明8年(1788年)3月21日解任されて、寄合に所属する。文化2年(1805年)1月11日使番に登用される。文化8年(1811年)6月24日仙洞付に転任する。文化11年(1814年)5月9日持筒頭に転任する。文化12年(1815年)8月12日普請奉行に転任する。文政2年(1819年)10月8日作事奉行に転任する。文政5年(1822年)6月13日大目付に転任する。天保2年(1831年)12月24日留守居に転任する。天保4年(1833年)9月6日死去、享年87。

正妻は織田信方の次女。長男信由ら四男四女あり。