織田長教

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織田 長教(おだ ながのり、享保18年(1733年) - 文化12年6月24日1815年7月30日))は、大和国芝村藩第8代藩主。長政流織田家8代。

第6代藩主織田長亮の三男。正室はなし。子は織田長宇(長男)、織田長格(次男)、織田長據(三男)など7男3女。初名は道教。通称は栄三郎。官位は従五位豊前守。

生涯[編集]

戒重に生まれる。安永6年(1777年5月23日、兄の第7代藩主輔宜の養子となる。同年8月6日、将軍徳川家治御目見する。安永7年(1778年2月25日、輔宜の隠居により家督を相続する。安永8年(1779年)12月16日、従五位下豊前守に叙任する。寛政6年(1794年4月25日預かり地における役人の不正の発覚により、幕府から預かり地を没収される。藩主長教は差控の処罰を受けた。寛政7年(1795年4月26日に隠居し、長男の長宇に家督を譲る。文化12年(1815年)6月24日。江戸において死去、享年83。墓所は泉岳寺