織田信味

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

織田 信味(おだ のぶたけ、明和元年(1764年) - 天保10年11月8日1839年12月13日))は江戸時代旗本高家旗本・織田信之の長男。生母は木下利潔の娘。幼名は万吉、通称は数馬、式部、主殿、亀楽斎。

生涯[編集]

天明8年(1788年)12月15日将軍・徳川家斉に御目見する。文化2年(1805年11月24日、父・信之の隠居により家督を相続する。高家職に就任することなく、俗に言う表高家衆として過ごした。文政6年(1823年12月10日隠居し、養子・信存に家督を譲る。以後、亀楽斎と号する。天保10年(1839年)11月8日死去、享年76。

正妻は飯山藩主・本多助盈の四女。子女としては、養子・信存(丹波柏原藩織田信憑の次男)を確認できる。