神田川 (曲)

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神田川
南こうせつとかぐや姫シングル
初出アルバム『かぐや姫さあど
B面 もういいじゃないか
リリース
ジャンル フォークソング
時間
レーベル 日本クラウン
作詞・作曲 喜多条忠南こうせつ
チャート最高順位
  • 週間1位(オリコン
  • 1973年度年間6位(オリコン)
  • 1974年度年間41位(オリコン)
南こうせつとかぐや姫 シングル 年表
僕の胸でおやすみ
(1973年)
神田川
(1973年)
赤ちょうちん
(1974年)
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神田川」(かんだがわ)は、かぐや姫(当時のグループ名は「南こうせつとかぐや姫」)が歌った日本フォークソング1973年昭和48年)9月20日にシングルレコードが発売された。喜多條忠が、早稲田大学在学中に恋人と神田川近くの アパートで暮らした思い出を歌詞にして、青春の悲しみが若者の共感を呼んでヒット曲となった[1]

解説[編集]

リード・ボーカルは南こうせつ。バイオリン演奏は武川雅寛

喜多條が住んだアパート近くの橋から見た神田川(2021年撮影)

南から作詞を依頼された喜多條は当時25歳で、早稲田大学を中退したのち放送作家として売り出し中だった[2]。彼はタクシー早稲田通りの小滝橋を通りがかった時、神田川の河川整備をする東京都庁職員を目にし、19歳の時に1年間だけ早大生の髪の長い女学生と三畳一間のアパート同棲した日々を思い出した[2]。窓から汚い神田川と大正製薬煙突が見えるアパートだった[2]。そしてその「青春時代を総括するつもりで」、約30分で一気に詞を書き上げた[2]。さっそく南に電話をかけて詞を読み上げると、南はそれを折りこみチラシに書き留めながら、即興で思い浮かんだメロディを口ずさんでいった[2]。詞を書きながらメロディが湧いてくるのは南も初めての体験で、電話を切った3分後にはもう曲が完成していた[2]

第一番の歌詞にて、女性が風呂屋(銭湯)で何時も待たされるという描写があるが、これは喜多条が銭湯で飼われていた[3]または金魚に餌をやったり、脱衣所のテレビでプロレス中継を見たりして、寒がりの恋人は赤いマフラーを首に巻いて待っていたことによるという[1]。歌詞にある風呂屋のモデルは、早稲田通りから少し入ったところにあった「安兵衛湯」とされ、跡地にマンションが建っている[1]

当初、この作品は『かぐや姫さあど』(LPレコード、1973年7月20日発売)の収録曲だったが、南こうせつが当時DJを担当していたTBSラジオ深夜放送ラジオ番組パックインミュージック』で本作を流したところ、聴取者からのリクエストが殺到し、同番組のリクエストランキング1位を獲得した[4]。これを受けて日本クラウン社内で制作会議を開いてシングル盤として発売するかどうかを決める際、名物プロデューサーであった馬渕玄三が「この曲は歴史に残る名曲になる。これを出さなかったら日本クラウンは一生の恥をかくことになるぞ」と強力にシングルカットを推したため[5]、『神田川』はフラット・マンドリンの演奏を追加したバージョンをレコーディングした上で改めてシングル盤として発売された。このシングル盤は、最終的に120万枚[6]または160万枚[7]、200万枚以上[8]を売り上げ、かぐや姫にとって最大のヒット曲となった。

これだけのヒットを飛ばした『神田川』だったが、歌詞の2番に登場する「24色の『クレパス』買って」が商標名であることから、同年の『第24回NHK紅白歌合戦』の出演依頼が来た際にNHKから「(広告・宣伝放送を禁止した放送法83条1項及び日本放送協会定款51条に抵触する)『クレパス』という歌詞を(同法に抵触しない)『クレヨン』に修正せよ」と要請されたため出場を拒否している。NHK紅白歌合戦で、この歌がオリジナルのままで歌われたのは、南こうせつがソロで初出場を果たした1992年平成4年)の『第43回NHK紅白歌合戦』であり、レコード発売から19年後のことだった[9]

1970年代の若者文化を象徴する作品の一つに数えられており、中野区内の末広橋近くの公園には『神田川』の歌碑が建てられている[1]。なお、実際の歌の舞台はもっと下流の戸田平橋付近で、喜多條が住んでいた「三畳一間の小さな下宿」があったのは高田馬場2丁目の現在の専門学校敷地[1]または豊島区高田3丁目7-17に所在した「千登世旅館」(2008年廃業)の隣といわれる。

2005年にNHKが実施した「スキウタ〜紅白みんなでアンケート〜」で白組28位にランクインされた。

収録曲[編集]

  1. 神田川 (3:09)
  2. もういいじゃないか

「神田川」のカバー[編集]

映画[編集]

神田川
監督 出目昌伸
脚本 中西隆三
出演者 関根恵子
草刈正雄
音楽 佐藤允彦
撮影 原一民
編集 渡辺士郎
配給 東宝
公開 1974年4月6日
上映時間 84分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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1974年、関根恵子草刈正雄の主演で映画化された。作詞者・喜多条忠の自伝的小説の映画化である。大学の人形劇サークルに所属する上条真と、巡業先で出会った少女・池間みち子が同棲するというストーリーであるが、歌詞の内容とは無関係である。

キャスト[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 【東京舞台さんぽ】青春の歌「神田川」ゆかりの地 東京・JR高田馬場駅 zakzak(2021年12月24日)2022年7月6日閲覧、『産経新聞』朝刊2022年4月29日(東京+PLUS面)掲載。
  2. ^ a b c d e f 三浦俊雄 著、東京新聞編集局 編 『東京歌物語』東京新聞、2009年、68-69頁。ISBN 978-4808309206 
  3. ^ クイズ日本人の質問』による
  4. ^ 週刊文春編『フォークソング されどわれらが日々』(文藝春秋、2008年)21-22頁。ISBN 978-4-16-370040-3
  5. ^ 『60年代 郷愁の東京』(本橋信宏主婦の友社)「名曲神田川にまつわるエピソードを探る」64頁
  6. ^ 富澤一誠『フォーク名曲事典300曲〜「バラが咲いた」から「悪女」まで誕生秘話〜』(ヤマハミュージックメディア、2007年)256頁。ISBN 978-4-636-82548-0
  7. ^ 『フォークソング されどわれらが日々』22頁。
  8. ^ 読売新聞』東京夕刊1995年5月19日付東京夕刊13頁
  9. ^ “NHKスキャンダル紅白 迷シーンを誌上再放送(5)”. アサヒ芸能. (2011年12月10日). http://www.asagei.com/excerpt/2808 2015年11月19日閲覧。 
  10. ^ さだまさし、カバーアルバムで伝えるフォークソングの普遍性 時代を超えて今に響くメッセージの本質”. 音楽リアルサウンド (2021年10月27日). 2021年11月22日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]