日本女子大学附属中学校・高等学校

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日本女子大学附属中学校・高等学校
附属高等学校
過去の名称 日本女子大学校附属高等女学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人日本女子大学
理念 自念自動
(「信念徹底」「自発創生」「共同奉仕」)
設立年月日 1901年
創立者 成瀬仁蔵
共学・別学 男女別学(女子校)
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制(中学校)
2学期制(高等学校)
高校コード 14541G
所在地 214-8565
外部リンク 日本女子大学 附属中学校・高等学校
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附属中学校

日本女子大学附属中学校・高等学校(にほんじょしだいがくふぞくちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、神奈川県川崎市多摩区日本女子大学西生田キャンパスにある、同大学附属の女子校である。中学、高校からは、志望すれば卒業生のほぼ全員が附属高等学校、日本女子大学にそれぞれ進学できる。

概要[編集]

1901年(明治34年)、日本女子大学校(現・日本女子大学)の開学と同時に、現在の東京都文京区目白台に日本女子大学校附属高等女学校開校。戦後学制改革により1947年(昭和22年)、附属高等女学校を母体に新制日本女子大学附属附属中学校(目白台)、日本女子大学附属附属高等学校(西生田)が開校される。1979年(昭和54年)に附属中学校が西生田キャンパスに移転し、現在に至る。

敷地には大学の人間社会学部、大学院の人間社会研究科が隣接している。

三大綱領「信念徹底、自発創生、共同奉仕」を掲げている。

中学校の音楽の授業ではバイオリンの授業が必須となっている。また、附属高校には制服がない。

沿革[編集]

  • 1901年(明治34年) - 日本女子大学校附属高等女学校が開設される(現在の東京都文京区目白台)。
  • 1948年(昭和23年) - 学制改革により附属高等女学校が附属中学校(目白台)・附属高等学校(川崎市多摩区西生田)となる。
  • 1979年(昭和54年) - 西生田キャンパスの附属高等学校に附属中学校が移転し、現在に至る。

特徴[編集]

  • 中学校の音楽の授業ではバイオリンの授業が必須で、12月のクリスマス時期に(以前は歴史ある日比谷公会堂で、現在は日本女子大学の校内に新設された大学講堂で)バイオリン演奏、またハレルヤのコーラスを披露する。
  • 高校の文化祭の目玉の一つとして、宝塚歌劇団ファンの学生が作った宝塚歌劇団同好会の舞台が見物である。それに憧れて高校から入学してくるものもいる。この舞台では歌は歌わず口パクだが、本物の宝塚歌劇団さながらに衣装、音楽を真似てレビューを繰り広げる。また近頃では、「ミュージカルクラブ」が、劇団四季などのミュージカルを本物さながらの歌やダンス、演技などで披露し、注目を集めている。
  • 中学では毎年校外授業として泊りがけで1年次には軽井沢・2年次には東北(日本女子大学出身の先輩高村智恵子宮沢賢治の妹の足跡をたどる)研修旅行が催される。中高大学共に夏期休暇の時期に、大学所有の軽井沢にある三泉寮で宿泊セミナーが行われ、互いの考えを交換し高め合ういい機会になっている。
  • 蔵書5万冊超の中高共通の図書室がある。

交通[編集]

著名な出身者[編集]

政治[編集]

経済[編集]

学術・研究[編集]

作家[編集]

芸能[編集]

宝塚歌劇団[編集]

アナウンサー[編集]

その他[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 日本女子大学はもともと、大阪市東区清水谷東之町(現:天王寺区清水谷町)に建設される予定だった。この敷地に、大阪府第一高等女学校(現:大阪府立清水谷高等学校)が建設された。

外部リンク[編集]