ミス日本
| ミス日本 | |
|---|---|
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| 受賞対象 | 15歳から25歳の未婚の女性 |
| 会場 | 京王プラザホテル |
| 国 |
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| 授与者 | (一社)ミス日本協会 |
| 主催者 | 石井大裕(TBSアナウンサー) |
| 報酬 | 賞金100万円と海外旅行 |
| 初回 | 1950年(昭和25年) |
| 最新回 | 2018年(平成30年) |
| 最新受賞者 | 市橋礼衣(グランプリ) |
| 公式サイト | http://www.missnippon.jp/ |
ミス日本(ミスにっぽん、Miss Nippon ミスにほん、Miss Japan)は、1950年(昭和25年)に始まり、中断を経て1967年(昭和42年)の復活後は美容研究団体の和田研究所によって毎年開催されている、日本のミス・コンテストである。
目次
概要[編集]
第二次世界大戦敗戦後の日本に対する救援活動「ララ物資」への感謝と日米の友好親善を行う女性親善大使の選出を目的に、読売新聞社と、当時業務提携関係にあった中部日本新聞社・西日本新聞社のブロック紙3社が共催で[1]、1950年(昭和25年)に創設された。第一回は、後に昭和時代の日本を代表する映画女優の一人となった山本富士子が受賞者となった。
一時の中断を経て、1967年(昭和42年)からは、和田静郎が主宰した美容研究団体・和田研究所(旧 和田牛乳)[要出典]を主催団体として再開、今日に至っている。
応募資格[編集]
- 日本国籍を持つ17歳から26歳までの出産経験のない未婚の女性。身長155cm以上
現在の表彰項目[編集]
- ミス日本グランプリ
- ミス日本「ミス着物」(復活第1回より)
- ミス日本「海の日」(1996年度新設)
- ミス日本「みどりの女神」(2015年度新設)[2]
- ミス日本「水の天使」(2012年新設)
- ミス日本「ミススポーツ」﹙2019年新設﹚
- 準ミス日本
- ミス日本コンテストにおける準ミス日本とは、複数選ばれるミス日本に次ぐ賞として取り扱われている。つまり、ミス日本グランプリ>ミス日本各賞>準ミス日本、という序列である。
- 和田静郎特別顕彰ミス日本(2015年新設)
- これまで、ミス日本は一般公募によって選出されてきたが、ミス日本の復活に尽力し、日本のダイエットの基礎を築いた、和田研究所創業者・和田静郎(1922年-2006年)の業績をたたえ、静郎の考える「美しい女性たちに栄誉と実益を与えよう」という思いを込め、すでに顕著な活躍を見せており、かつ忙しい立場でなかなかコンテストに応募できない方に、コンテストの応募の有無にかかわらず、美と健康の素晴らしい素質を持つ女性がさらに活躍できることを応援したいという願いから、その将来性のあふれる女性に対してミス日本として表彰しようという著名人特別表彰である。審査は静郎とともにミス日本を支えた弟子4名と、コンテスト事務局による推薦合議制である。2019年現在、この推薦表彰を受けたのは畠山愛理と南谷真鈴の2名だけである[3]
- 過去にはミスエレガント、ミスヴィーナス、ミス日本「フォトジェニック」、ミス日本「空の日」、ミス日本「国際親善」、ミス日本「ミス水着」、ミス日本「ネイチャー」(2003-14)などの賞もあった
- その他、決勝大会の出場者にもミス日本の称号が与えられた時期もあった[4]。
- 更に2003年(平成15年)度からスポーツニッポン新聞社のインターネットサイト「スポニチ・アネックス」の利用者を対象にした投票による「スポニチ特別賞」が制定され、受賞者である2003年度の相沢礼子、2004年度の嵯峨百合子と2007年度の萩美香、2013年度の鈴木恵梨佳はミス日本グランプリとの2冠を受賞した。
歴代ミス日本グランプリ[編集]
| 大会回次・年度 | 優勝者 | 後の職業など |
|---|---|---|
| 創設当初 | ||
| 第01回 1950年 | 山本富士子 | 女優(大映専属→フリー) |
| 第02回 1952年 | 日比野恵子[5] | 女優(新東宝専属→フリー) |
| 復活後の大会 | ||
| 復活第01回 1968年度 | 鈴木紀子 | |
| 第02回 1969年度 | 鈴木紀子 | |
| 第03回 1970年度 | 竹内幸子 | |
| 第04回 1971年度 | 吉村由美子 | |
| 第05回 1972年度 | 坂本千桃 | 受賞時現役女優 →引退し神奈川県で別荘レストラン経営 |
| 第06回 1973年度 | 長谷川みつ美 | テレビキャスター・作詞家・エッセイスト |
| 第07回 1974年度 | 田窪佐和子 | |
| 第08回 1976年度 | 浅井孝美 | 芸名:京孝美、女優・タレント・モデル
→引退(結婚) |
| 第09回 1977年度 | 手塚圭子 | 医学博士・美容研究家 |
| 第10回 1978年度 | 榎本安江 | |
| 第11回 1979年度 | 村田知嘉子 | |
| 第12回 1980年度 | 桑原順子 | |
| 第13回 1981年度 | 桑原順子 | |
| 第14回 1982年度 | 峰岸房子 | |
| 第15回 1983年度 | 山口裕美 | |
| 第16回 1984年度 | 常岡昭子 | |
| 第17回 1985年度 | 根本里美 | |
| 第18回 1986年度 | 中村麻美 | キャスター・画家 |
| 第19回 1987年度 | 伊比恵子 | 映画監督(1999年アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門監督賞受賞 |
| 第20回 1988年度 | 玉井美香(叶美香) | タレント(叶姉妹の一員として) |
| 第21回 1989年度 | 澤本礼江 | |
| 第22回 1990年度 | 相馬知実 | 受賞時静岡放送の現役アナウンサー →後退社 |
| 第23回 1991年度 | 岡本恵美 | |
| 第24回 1992年度 | 藤原紀香 | タレント・女優 |
| 第25回 1993年度 | 小岩井陽子 | |
| 第26回 1994年度 | 松田直子 | 通産省入省 |
| 第27回 1995年度 | 長井千尋 | |
| 第28回 1996年度 | 近澤美歩 | タレント・歌手→引退後栃木県で和風料亭女将 |
| 第29回 1997年度 | 田村桂子 | モデルとして活躍後、デザイナーに |
| 第30回 1998年度 | 和田淑子 | 受賞時東京大学在学中 |
| 第31回 1999年度 | 小松田有理 | 国連公式モデレーターへ |
| 第32回 2000年度 | 出川紗織(天川紗織) | 受賞時武蔵大学在学中。女優・タレントへ |
| 第33回 2001年度 | 野手るりこ | 歯科医師へ[6] |
| 第34回 2002年度 | 佐野公美 | 受賞時聖心女子大学在学中。後に河村隆一と結婚 |
| 第35回 2003年度 | 相沢礼子 | タレント・キャスターへ |
| 第36回 2004年度 | 嵯峨百合子(さがゆりこ) | 受賞時フェリス女学院大学在学中。タレントへ |
| 第37回 2005年度 | 久米里紗 | その後静岡県の企業で秘書として勤務 |
| 第38回 2006年度 | 小久保利恵 | 受賞時現役タレント・モデル・早稲田大学在学中 |
| 第39回 2007年度 | 萩美香 | 受賞時立教大学大学院在学中。タレント・「みえの国観光大使」へ |
| 第40回 2008年度 | 鈴木恵理 | 受賞時日本大学在学中。航空会社キャビンアテンダントへ |
| 第41回 2009年度 | 宮田麻里乃 | 受賞時高校生。早稲田大学へ進学 |
| 第42回 2010年度 | 林史乃 | 受賞時上智大学在学中 |
| 第43回 2011年度 | 谷中麻里衣 | 英検1級日本英語検定協会賞受賞・TOEIC満点。受賞時慶應義塾大学在学中。その後タレント・キャスターへ |
| 第44回 2012年度 | 新井貴子 | フライングディスク選手。父は元プロ野球選手・新井宏昌。 実姉に2011年ミス着物・新井寿枝。その後パリコレモデルに |
| 第45回 2013年度 | 鈴木恵梨佳 | 2010年ミス日本大学(ミスキャンパス)受賞 → 卒業後、造園・園芸に従事[7] |
| 第46回 2014年度 | 沼田萌花 | |
| 第47回 2015年度 | 芳賀千里 | 元アーティスティックスイミング日本代表 |
| 第48回 2016年度 | 松野未佳[8] | 受賞時慶應義塾大学在学中。父は松野頼久、祖父は松野頼三[9] |
| 第49回 2017年度 | 高田紫帆[10] | 受賞時大阪大学在学中。元陸上ジュニアオリンピック選手 |
| 第50回 2018年度 | 市橋礼衣[11] | 受賞時会社員 |
| 第51回 2019年度 | 度会亜衣子[12] | 受賞時東京大学在学中 |
備考
- 鈴木紀子と桑原順子は2年連続での受賞
グランプリ以外の著名な受賞者・出場者[編集]
1970年代[編集]
1980年代[編集]
1990年代[編集]
- 1990年(平成2年)
- 新井すみれ(ミス日本、後に「あらいすみれ」に改名。女優、モデル)
- 1991年(平成3年)
- 飯島美穂(ミス日本、女優、モデル)
- 菊地則江(ミス日本、女優、モデル)
- 1992年(平成4年)
- 1993年(平成5年)
- 1994年(平成6年)
- 1996年(平成8年)
- 1997年(平成9年)
- 中沢純子(フォトジェニック賞、女優、タレント)
- 1998年(平成10年)
- 1999年(平成11年)
- 小谷亜希子(ミス水着、タレント)
2000年代[編集]
- 2001年(平成13年)
- 村川浩子(フォトジェニック賞、「川村利里」の芸名にてグラビアアイドル。2005年、将棋の丸山忠久九段と結婚)
- 2003年(平成15年)
- 藤田瞳(関西代表、タレント)
- 2004年(平成16年)
- 金子恵美(関東代表。後に新潟県議会議員を経て衆議院議員に。元新潟放送社員)
- 友利新(友利あらた)(準ミス日本、医師、タレント)
- 2005年(平成17年)
- 2006年(平成18年)
- 橋本麗奈(準ミス日本、タレント)
- 2007年(平成19年)
- 2008年(平成20年)
- 2009年(平成21年)
2010年代[編集]
- 2010年(平成22年)
- 2011年(平成23年)
- 2012年(平成24年)
- 2013年(平成25年)
- 2015年(平成27年)
- 2016年(平成28年)
- 2019年(平成23年)
- 南谷真鈴﹙和田静郎特別憲章第2号 女性史上最年少の世界七大陸登山探検家グランドスラム制覇の偉業を称えた﹚
ミス日本ボランティア協会[編集]
ミス日本の称号を得られると、慈善活動団体「ハートフル」のメンバーにも登録される特典がある他、過去の受賞者の親睦団体「やまとなでしこ会」があり、それを通して各地での講演・社会運動や慈善活動にも参加している。[18]2013年元日より、「ミス日本ボランティア協会」が設立され、ミス日本の歴代受賞者が中心となって国内外での福祉・ボランティア活動の企画・推進を行うようになった[19]
歴代代表[編集]
- ※基本、任期1年。
| 年度 | 代表 | 受賞歴 |
|---|---|---|
| 2013 | 新井寿枝 | 2011年度ミス着物[19] |
| 2014 | 谷中麻里衣 | 2011年度グランプリ[20] |
| 2015 | 鈴木恵梨佳 | 2014年度グランプリ[20] |
| 2016 | 芳賀千里 | 2015年度グランプリ |
| 2017 | 松野未佳 | 2016年度グランプリ |
放送番組[編集]
主要な放送番組(特記のないものは全国ネット)で放送された、ミス日本を題材にして特集した番組は以下のとおりである。なお、番組によっては歴代受賞者が当時のたすきを付けて出演しているが、現役メンバーに限らず、過去のミス日本OGもミス日本としての公式行事(慈善活動や自治体・国営機関表敬訪問他)で出席する場合にもミス日本のたすきやティアラを付ける場合がある。[4] [21]今回インタビューを行った受賞者の多くは、久しぶりに公式の場でミス日本のたすきやティアラをつけたメンバーばかりだった。
- 上岡龍太郎がズバリ!(TBSテレビ)[22]
- 放送時期不明。歴代のミス日本受賞者50人を迎えてのスタジオ討論。出席した受賞者全員が受賞した当時のたすき(グランプリなど各入賞者はその肩書を書いたもの、それ以外は単に「ミス日本」と書かれたもの[4])とティアラを着用。玉井(叶)が会社社長の肩書きで参加していた。
- ザ・ワイド(讀賣テレビ放送・日本テレビ放送網)
- 1999年ごろ放送。受賞者の近況などを特集したもの。佐野(美)(当時八王子市議会議員)がたすきを着用してインタビューに答えた。
- サンデージャングル(テレビ朝日)
- 快感MAP(テレビ朝日)
- モクスペ(日本テレビ)
- スッキリ!!(日本テレビ)
- 映像体験!イッキ見シアター(関西テレビ放送)
- 2011年5月1日放映。2011年の谷中をスタートとして1950年の山本まで遡りながらミス日本グランプリ受賞者の歴史を振り返った。
- この中で谷中、萩、近澤、中村、坂本(以上出演順)の各受賞者へのインタビューが行われ、受賞時の写真[25]との比較や当時のたすきとティアラを付けてもらって、受賞当時について、また近況報告などを語っている。(他に林、嵯峨<さが>、相沢、出川<天川>、常岡も受賞時のたすきとティアラを付けてインタビューに応えているが、時間の都合上割愛されている[26]ものの、インタビュー収録に際して撮影された静止画は一覧写真で放送されている)また宮田、鈴木(恵理)、佐野(公)、藤原、伊比、山本についても写真資料のみであるが詳しく触れている。
- インタビューは谷中はカフェ、萩はヘアサロンとそれぞれ行きつけの店で、他のメンバーは現在の活動の拠点となる店やアトリエなどで行った。
- なおこの特集では放送当時の「歴代ミス日本全43人」として紹介されている。これは2011年が第43回大会に当たるためであるが、本来であればこの当時のミス日本グランプリの受賞者は44人になるところが、2人の2年連続グランプリ受賞者(鈴木(紀)と桑原)がいたことから、実際には42人ということになる。
- このうち桑原は「第12・13代グランプリ受賞者」としてのくくりで連覇達成者として扱われているが、鈴木(紀)については第2期の初代・2代目の連覇を達成していながら「第2代グランプリ受賞者」のみとされ、連覇達成者として扱われていない。
- また、第20代グランプリ受賞者の玉井(叶)については写真を含め紹介されなかったため、実際にインタビューや資料などで登場したミス日本受賞者は41人であった。
- Dream Theater(エフエム東京 東京ローカル)
- 2011年5月に谷中をゲストに迎えて2週間にわたって放送された。そのうちの前編で、ミス日本が決定されるまでの過程、研修会、コンテスト決定大会の流れについて、自ら説明している
- ズバリお悩み解決!雨上がりよろず堂(讀賣テレビ放送 関西ローカル)
- 2014年4月6日放送。この番組では2014年ミス着物受賞者である尾崎優子が、将来の進路に悩んでいるということで、司会の雨上がり決死隊のもとに相談に訪れたという設定で出演し、それに併せる形で過去のミス日本受賞者のその後について取材したものを放送した。取材では「松竹梅」の3つのコースから尾崎の自らの進路について「松=芸能界で活躍するミス日本」(資料のみで玉井(叶)、友利、藤原の3人を例に挙げて紹介)「竹=意外な進路を取ったミス日本」(取材インタビューに答えたのは近澤、中村、坂本(伊藤)。その他資料のみで伊比、金子、柴田恵理<2008年準ミス日本 現・お好み焼き店経営>)、「梅=西川(インタビュー取材でのアドバイス)」の3つの選択肢を選んでもらうという形で紹介した。(出演順)
- 私の何がイケないの?(TBSテレビ)
- 2014年8月18日(TBS基準)放送。この番組は西川と友利が専門家としてレギュラー出演しているが、この回ではミス日本受賞者のその後について特集を行う(友利は2014年6月以後産休中であるため、この回は出演せず)。この回では「ミス日本の因縁のライバル完全決着」と題し、近澤と西川が2007年の「快感MAP」以来となる競演(両名とも当時のたすきを着用[27])を果たした他、近澤・西川と同世代のミス日本の中から菱沼(大友)、前田里恵子(現姓・森)、森下美奈子の3人を取り上げ、それぞれ西川と彼女たちを比べて、自分は「勝ち組か・負け組か」というアンケートを取った。
- その他、2014年グランプリの沼田(沼田もたすきと受賞時のガウン・ティアラを着用して出演)、1990年ファイナリストの吉野、1992年ファイナリストの竹山亜紀子(主婦モデル)、1994年ファイナリストの五月女圭紀(パチンコライター)などにも密着したものを放送。沼田は自宅を訪問したほか、両親をスタジオに招いていたことを紹介した。
- 明石家さんまの転職DE天職(日本テレビ)
- 2015年5月3日放送。当番組では「美人は本当に得しているのか?歴代ミス日本のその後を徹底調査!」と題して、過去のグランプリ受賞者の特集コーナーがあり、取材には坂本、長谷川、村田、中村、近澤、出川、野手、萩、林、鈴木(恵)、芳賀(登場順)が応じ、このうち坂本、近澤、野出、鈴木(恵)は取材VTRを終えてからスタジオに登場してトークを行った。また番組3時間を通してのゲストパネラーに西川(近澤の同期生)が出演した。他にインタビューはNGながら、資料のみの登場で、山本、鈴木(紀)、根本、伊比、藤原、長井、和田(淑)、佐野(公)、沼田が紹介されている。なお1988年度グランプリの玉井(叶)については、上記2011年の「イッキ見」同様放送上では「氏名・写真ともNG」として割愛されている。
- またこれとは別で、渡辺(2013年ミス海の日)を「女優から転職したプロボウラー」として紹介しているが、こちらはミス日本の肩書については触れていない。
コマーシャル起用[編集]
一時期であるが「車検のコバック」で知られる株式会社コバックが特別協賛スポンサーとして付いていたため、それぞれグランプリを受賞した2004年の嵯峨(さが)と2005年の久米がそれぞれ全国放送されたテレビコマーシャル(CM)に出演したことがあった。
- 嵯峨は受賞時のたすき・ティアラを付けて大統領の演説風のもの
- 久米はローカルヒーローである「整備戦隊シャケンジャー」とともに、コールセンタースタッフという設定で出演(これとは別に、ポスターや幟用のスチールでたすき・ティアラを付けたバージョンがある)
また、コバック本部(愛知県)やそのフランチャイズ店が主催するイベントに、受賞者が訪問したことがあった。2005年を最後にコバック本部は特別協賛から撤退したが、2006年以後、同社の千葉県でのフランチャイズ店「鈴木自工株式会社」(スズキ株式会社とは別会社)が独自に協賛しており、同年グランプリの小久保が起用されたテレビCMが千葉テレビ放送などで放映されていた。現在も鈴木自工は協賛を続けており、受賞者が同社関連のイベントに出席することがある。[28]
他に各官公庁のCMやポスターモデル(ミス海の日の海上保安庁、ミス空の日の防衛省・国土交通省、ミス日本ネイチャー→ミスみどりの女神の環境省、ミス水の天使の日本水道工業団体連合会のイメージモデルなど)、その他一般各企業のCMモデルに登用されることもあり、OGでも過去のミス日本受賞の肩書きを添えてCM出演する場合もある。
ミス日本の関連書籍[編集]
- 「50年間変わらず受け継がれてきたミス日本式ダイエット」(サンクチュアリ出版 和田優子著<現・ミス日本コンテスト大会運営委員長>)ISBN 4861139384
- 「コミュ力低めでちょいオタな私が準ミス日本になるまで」(KADOKAWA) あんどうまみ著<2012年度準ミス日本受賞>) ISBN 4040680723
- 「ミス日本の美人食」(小学館 ミス日本コンテスト事務局・和田あい共著)ISBN 9784093104593
脚注[編集]
- ^ 讀賣新聞1950年4月23日記事、及び讀賣新聞2002年1月8日誌面コラム「解説」に掲載
- ^ ミス日本に元シンクロ代表 芳賀千里さん 2426人の頂点に「勇気出して良かった」(2015年1月26日 スポーツニッポン 即日閲覧)
- ^ a b 2015年和田静郎特別顕彰 畠山愛里(2015年1月26日 ミス日本コンテスト事務局公式サイト 即日閲覧)、「和田静郎特別顕彰」にフェアリージャパン・畠山愛理「嬉しさで胸いっぱい」(2015年1月26日 スポーツニッポン 即日閲覧)
- ^ a b c 実際、1990年代初めごろまでは、グランプリ決定大会に参加した方々全員はステージ登壇時に赤地・白の文字と縁取りの「ミス日本」と書かれたたすきを掛けてグランプリ決定大会に出席していた。現在は決定大会審査中はたすきを掛けていないが、各賞の受賞者が決定後、その受賞した賞が書かれたたすきを審査員から掛ける(したがって1990年代初めごろまでは「ミス日本」のタスキと、各賞のタスキの2枚をかけてもらっていた)。各賞受賞者のうち、グランプリを含めた多くの賞受賞者は赤地・白の文字と縁取り(右の写真)、「海の日」は白地・青の文字と縁取り、「水の天使」は白地・水色の文字と縁取り、「みどりの女神」は白地・緑の文字と縁取り、「空の日」は青地・白の文字と縁取りでそれぞれの賞のたすきが掛けられる(国外でのプロモーションである場合は先述の赤地・白い縁取りと文字で、ローマ字の「MISS JAPAN」など、その表敬先の国・地域の言語に沿ったタスキをつける場合もある)。ミス日本出席の公式行事においては受賞した賞のタスキを掛けて参列する(特別顕彰受賞者も含む)。なお特別顕彰を受賞した畠山と南谷は受賞タイトルが記載されていない、汎用のタスキ(受賞年度と「ミス日本」、後ろには「MISS JAPAN」とのみ書かれている)が贈呈された(ミス日本公式サイト掲載写真・デイリースポーツ掲載写真)この他、受賞者には公式行事に使用するティアラ、グランプリ受賞者には王冠とガウンに代わる高級打ち掛けが受賞記念品として贈られる。
- ^ 読売新聞社 (1955年12月1日). “読売新聞八十年史”. 渋沢社史データベース. 2016年7月5日閲覧。
- ^ 松尾通 (2007年7月13日). “ミス日本の歯科医”. スマイルは人と人をつなぐ 『黄金の鎖<きんのくさり>』. JUGEMブログ. 2018年2月18日閲覧。
- ^ 鈴木恵梨佳. “このブログについて”. 花と庭とお着物と*鈴木恵梨佳. はてなブログ. 2018年2月18日閲覧。
- ^ 第48回ミス日本コンテスト2016 Part2 グランプリは松野未佳が受賞WWSチャンネル、2016年1月28日
- ^ “「ミス日本」に維新代表の娘・松野未佳さん 2804人の頂点に”. スポニチアネックス (2016年1月25日). 2016年1月25日閲覧。
- ^ 第49回ミス日本コンテスト2017グランプリは、大学生・吉田紫帆が受賞WWSチャンネル、2017年1月27日
- ^ 『第50回ミス日本コンテスト2018』グランプリは、愛知県出身会社員・市橋礼衣が受賞<写真40枚>WWSチャンネル、2018年1月26日
- ^ ミス日本に愛知の度会亜衣子さん共同通信社、2019年1月21日
- ^ “元ミス日本「水の天使」酒井美帆アナ、2日全国放送レギュラーデビュー”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2018年4月2日) 2018年4月2日閲覧。
- ^ “麗澤大学後援会から学生たちを表彰”. 麗澤大学 (2012年3月19日). 2018年12月6日閲覧。
- ^ “おりもりお|しまだプロダクション”. しまだプロダクション. 2016年1月25日閲覧。
- ^ “「ミス着物」におりも政夫娘・織茂璃穏 “リベンジ”果たす”. スポニチアネックス (2016年1月25日). 2016年1月25日閲覧。
- ^ “「海の日」は杉浦琴乃さん CM共演の有吉さん、取りましたよ”. スポニチアネックス (2016年1月26日). 2016年1月26日閲覧。
- ^ ミス日本・やまとなでしこ会(2003年グランプリを受賞した相沢礼子<現・キャスター>の2010年3月14日付ブログより)
- ^ a b 謹賀新年☆ご挨拶とご報告(新井寿枝・2013年1月2日付ブログ)
- ^ a b 前夜祭・2015(新井寿枝・2015年2月2日付ブログ)
- ^ 代表例(いずれも相沢のブログ 実際2003年のグランプリ受賞時のたすき・ティアラを付けて出席した行事で写真が掲載されている)
ありがとうございました(2011年5月5日 成田空港での東日本大震災募金活動)
ミス日本のお仕事(2011年6月21日 自衛隊・防衛省慰問) - ^ 昔の叶美香
- ^ 遊説の時、当時のミス日本受賞者が応援に駆けつけた。この選挙では再選されている
- ^ スッキリ!!ホームページ・あのミスは今!?元ミス日本の(秘) 美容術
- ^ 谷中と萩についてはビデオ映像
- ^ イッキ見シアター(同・相沢の2011年4月24日付のブログ)
- ^ 当日は滝沢沙織もゲストとして参加したが、滝沢はミス日本ではなく、「ミス・ユニバースジャパン」ファイナリスト<2000年度第3位>であったにもかかわらず、ミス日本のデザインを模したたすきを着用した
- ^ 鈴木自工株式会社・ミス日本
外部リンク[編集]
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