新日本フィルハーモニー交響楽団

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新日本フィルハーモニー交響楽団
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新日本フィルハーモニー交響楽団のロゴ
基本情報
出身地 日本の旗 日本 東京都墨田区錦糸1-2-3
ジャンル クラシック音楽
活動期間 1972年
公式サイト 新日本フィルハーモニー交響楽団
メンバー ミュージック・アドヴァイザー
佐渡裕
桂冠名誉指揮者
小澤征爾
Composer in Residence and Music Partner
久石譲
桂冠名誉コンサートマスター
豊嶋泰嗣
ソロ・コンサートマスター
崔文洙
コンサートマスター
西江辰郎
特任コンサートマスター
伝田正秀
旧メンバー ミュージック・アドヴァイザー
ゲルハルト・ボッセ
永久指揮者
齋藤秀雄
フレンド・オブ・セイジ
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ

公益財団法人新日本フィルハーモニー交響楽団(しんにほんフィルハーモニーこうきょうがくだん、New Japan Philharmonic)は、日本オーケストラ日本オーケストラ連盟正会員。

本拠地であるすみだトリフォニーホールの外観。

概要[編集]

1969年文化放送フジテレビが、自社で運営していた日本フィルハーモニー交響楽団の解散を通告した。その際に楽員の3分の2は日本フィルに残り日フィル争議を起こしたが、退団した楽員と小澤征爾山本直純らは新たに自主運営のオーケストラを1972年に設立した。これが新日本フィルハーモニー交響楽団である。

1997年東京都墨田区とフランチャイズ契約を結んだ。同年墨田区に完成したすみだトリフォニーホールを利用し、本番と同じ環境で練習を行うことができている。1999年小澤征爾が桂冠名誉指揮者に就任。2012年4月2日、公益財団法人に移行した。

指揮者[編集]

過去には、朝比奈隆山本直純宇宿允人も指揮者、顧問として加わっていた。

コンサートマスター[編集]

演奏会[編集]

定期演奏会[編集]

特別演奏会[編集]

  • SAPPIRE(サファイア)<横浜みなとみらいシリーズ>
  • ベートーヴェン「第九」演奏会(すみだトリフォニーホール1回、Bunkamuraオーチャードホール1回、サントリーホール1回)
  • 年越しコンサート(すみだトリフォニーホール)
  • ニューイヤーコンサート(すみだトリフォニーホール)

その他の演奏会[編集]

サウンドトラック[編集]

映画音楽[編集]

テレビ[編集]

OVA[編集]

ゲームミュージック[編集]

アレンジアルバム[編集]

新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ[編集]

新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラは、2004年夏に久石譲と共同で結成された新プロジェクトで、初代音楽監督に久石が就任した。スタートにあたって久石はテーマ曲「World Dreams」を書き下ろした。ジャンルとしてはポップスオーケストラに分類されるが、「世界中には良い曲がたくさんある。ジャンルにとらわれず世の中に伝えて行こう」というのが一番のテーマ。

2004年夏にデビューアルバム『WORLD DREAMS』を発表。「ハードボイルドオーケストラ」をテーマに「天空の城ラピュタ」や「HANA-BI」といった久石の楽曲の他に「007のテーマ」、「ピンクパンサーのテーマ」、「スター・ウォーズのテーマ」などの映画音楽を取り上げ、全国9カ所でコンサートを行った。

主なコンサート[編集]

ディスコグラフィー[編集]

CD[編集]

  • WORLD DREAMS(2004年)
  • パリのアメリカ人(2005年)
  • 真夏の夜の悪夢(2006年)
  • W.D.O.BEST(2007年、過去のアルバムからのベスト盤)
  • The End of the World(2016年)
  • Symphonic Suite Castle in the Sky(2018年)
  • Spirited Away Suite(2019年)
  • Symphonic Suite “Kiki’s Delivery Service”(2020年)
  • Symphonic Suite “Princess Mononoke”2021(2022年)

DVD[編集]

  • W.D.O.(2006年、過去3回のコンサートの総集編)

その他の活動[編集]

2020年10月4日中山競馬場で行われた、第54回スプリンターズステークス、同年12月26日に行われた、第37回ホープフルステークスでは、いずれも、東京・中山用GⅠ競走ファンファーレを、後者同日の、第143回農林水産省賞典中山大障害では、障害競走用のGⅠファンファーレを演奏した[2]

脚注[編集]

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  1. ^ 「二国連議場に尺八・太鼓の音 日本人の新曲も」『朝日新聞』昭和49年(1984年)10月25日夕刊、3版、9面
  2. ^ このとき、放送ではマイクなどの関係で、大活躍のホルンが聴こえ難かったシーンがあった。https://mobile.twitter.com/njp_players/status/1342740098178158592

外部リンク[編集]