ゲルハルト・ボッセ
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ゲルハルト・ボッセ(Gerhard Bosse, 1922年1月23日 - 2012年2月1日)はドイツの指揮者、ヴァイオリニスト。
略歴[編集]
- 1922年 ライプツィヒの東、ヴルツェンに生まれる。
- 1924年 ゲーラの南、グライツへ転居。
- 1928年 父よりヴァイオリンの手ほどきを受ける。
- 1929年 ゲーラのコンサートマスター、カール・ゲルナーに師事。
- 1936年 ゲヴァントハウス管弦楽団の第1コンサートマスター、エドガー・ヴォルガント教授に師事。
- 1941年 ライプツィヒ音楽院では、ヴァルター・ダヴィソンにヴァイオリンを、ヨハン・ネポムク・ダーフィトに音楽理論を、エドガー・ヴォルガントにオーケストラスタディを師事。
- 1942年 ゲヴァントハウス管弦楽団の代用メンバーを務める。
- 1943年 リンツの帝国ブルックナー管弦楽団に所属。ハンス・クナッパーツブッシュ、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ヘルベルト・フォン・カラヤン、カール・ベームなどのもとで演奏する。
- 1946年 ヴァイマル音楽大学講師。ボッセ弦楽四重奏団を結成。
- 1949年 ヴァイマル音楽大学教授。
- 1951年 ライプツィヒ放送交響楽団第1コンサートマスターに就任。ライプツィヒ音楽大学管弦楽学科長のポストに就く。
- 1952年 ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクール審査委員。プラハの春音楽祭に招かれる。
- 1955年 ゲヴァントハウス管弦楽団第1コンサートマスターに就任。ゲヴァントハウス弦楽四重奏団をクルト・シュティーラー教授より引き継ぐ。
- 1961年 フランツ・コンヴィチュニー率いるゲヴァントハウス管弦楽団とともに初来日。
- 1962年 フランツ・コンヴィチュニーの指揮でブランデンブルク協奏曲全曲を演奏。
- 1963年 ゲヴァントハウスバッハ管弦楽団を創立し、リーダーを務める。
- 1964年 ゲヴァントハウス弦楽四重奏団初来日。
- 1968年 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ国際コンクール審査委員。
- 1977年 ゲヴァントハウス弦楽四重奏団第1ヴァイオリンの座をカール・ズスケに譲る。
- 1978年 ゲヴァントハウスバッハ管弦楽団初来日。
- 1980年 霧島国際音楽祭を創設し、音楽監督を務める。
- 1987年 ゲヴァントハウス管弦楽団第1コンサートマスターを退任。ゲヴァントハウス管弦楽団(6月14日)およびゲヴァントハウスバッハ管弦楽団(6月22日)とのフェアウェルコンサートを指揮。
- 1994年 東京藝術大学客員教授。
- 1998年 神戸市室内合奏団首席指揮者。
- 2000年 神戸市室内合奏団音楽監督。新日本フィルハーモニー交響楽団首席客演指揮者。
- 2001年 霧島国際音楽祭名誉音楽監督。
- 2002年 東京藝術大学退官。新日本フィルハーモニー交響楽団ミュージック・アドバイザー。
- 2003年 東京藝大チェンバーオーケストラ指揮者。
- 2007年 神戸国際芸術祭指揮者。
- 2008年 エリクソンモービル音楽賞受賞。
- 2009年 ジャパンアカデミーフィルハーモニック音楽監督。
- 2011年 ゲヴァントハウス管弦楽団より名誉団員の称号が贈られる。
- 2012年2月1日 大腸癌のため死去[1]。90歳没。
受賞歴[編集]
- 1962年 Nationalpreis (Gewandhausquartett)
- 1972年 Arthur-Nikisch-Preis der Stadt Leipzig
- 1972年 愛国功労勲章銅章
- 1974年 愛国功労勲章金章
- 1980年 Kunstpreis der Stadt Leipzig
- 1986年 Nationalpreis II. Klasse
- 1998年 ドイツ連邦共和国功労勲章一等功労十字章
- 2004年 南日本文化賞
- 2005年 神戸市文化賞
- 2007年 音楽クリティック・クラブ特別賞
- 2008年 エクソンモービル音楽賞
脚注[編集]
- ^ “ボッセ氏死去 独の演奏家、指揮者”. 47NEWS. (2012年2月1日) 2012年2月3日閲覧。