大和時代

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大和時代(やまとじだい)は、日本史の時代区分の呼称の一つ。弥生時代の後、奈良時代の前、4世紀頃から6世紀頃までを指したり、あるいは飛鳥時代(6世紀後半 - 7世紀)をも含めることがある。ヤマト王権による支配が強まり、壮大な古墳前方後円墳・円墳)が盛んに作られ、古代国家の基礎が整えられた時期にあたる。

かつて大和朝廷が支配した時代を大和時代と一義的に捉えられていたが、その後の研究の進展によって「大和」「朝廷」などの語彙、認識や定義が改められつつあり、近年では「古墳時代」と呼称するのが一般的である。

前期は大伴物部蘇我の各豪族が先後して実権を握っていたが、聖徳太子の法律(十七条憲法)・官制改革(冠位十二階)を経て、大化の改新645年)後、天皇中心の政治へ変換していった。朝廷はそれまでの氏姓制度を改め、公地公民制や統一的税制(租庸調制など)を施行し、地方行政機構を改組して中央集権化するなど、律令制の導入を図った。

また、6世紀前半には仏教朝鮮半島より伝来し(日本の仏教の項を参照)、さらに遣隋使遣唐使の派遣もあって、農業・鍛鉄・建築など多方面にわたって技術が発展し、なかでも仏教美術は発達した。

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