原翔太

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原 翔太 Portal:陸上競技
選手情報
フルネーム はら しょうた
ラテン文字 Shota Hara
国籍 日本の旗 日本
競技 陸上競技 (短距離走)
種目 100m, 200m
所属 スズキ浜松AC
大学 上武大学
生年月日 (1992-07-18) 1992年7月18日(26歳)
出身地 長野県伊那市
身長 180cm
体重 75kg
成績
地域大会決勝 アジア大会
200m : 5位 (2014年)
国内大会決勝 日本選手権
200m : 優勝 (2014年)
4x100mR : 6位 (2014年)
自己ベスト
100m 10秒13 (2017年)
200m 20秒33 (2016年)
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原 翔太(はら しょうた、1992年7月18日 - )は、長野県伊那市出身の陸上競技選手。専門は短距離走100mで10秒13、200mで20秒33(日本歴代10位)の自己ベストを持つ。2014年仁川アジア大会日本代表

経歴[編集]

長野県伊那市出身。伊那市立伊那中学校長野県高遠高等学校上武大学ビジネス情報学部卒業。スズキ浜松アスリートクラブ所属。

高校生時代まで[編集]

陸上は伊那中学校に進学してから始める。それまでは野球をやっていてセンターを守っていたが、バッティングが嫌いということもあり、母と姉が陸上をやっていた影響から中学では陸上部に入部。中学時代は県大会決勝に進出したものの全国大会には出場できなかった[1]

高校は高遠高校に進学。棒高跳が盛んな学校のため陸上部に短距離専門の男子は原しかおらず、練習メニューは自分で考えていた。2年の春に初めて10秒台をマーク[1]。3年になって100mと200mでインターハイ初出場を果たした。100mでは出場選手の中で8番目のタイム(10秒63)を持っていたが準決勝で敗退[2]。高校時代の自己ベストは100mが10秒63、200mが21秒60。

大学生時代[編集]

陸上部の小川嘉孝監督と不破弘樹に声を掛けてもらい[3]、大学は群馬にある上武大学に進学。前半型だったという走りは徐々に後半型になっていった。後半が強くなり始めたと意識したのは2013年からだという。なお、200mは100mの後半につなげるために取り組んでいて、本人は昔から100mがメインだという気持ちが強い。しかし、2013年から「200mも専門かな」と考えるようになってきたという。また、小川嘉孝監督は「400mも1本だけならかなり走れると思います」とコメントしている[4]

2013年[編集]

  • 5月、関東インカレ2部200mの予選で自身初の20秒台となる20秒90(+1.3)をマークし、従来の大会記録を0秒20更新した。準決勝は20秒92(+1.2)で通過し、決勝は追い風参考記録ながら20秒57(+2.6)の好タイムで制した。100mは1位と同タイム着差ありの2位、4×100mリレーは3位に入り、2部の男子最優秀選手に選出された[5]
  • 8月、関東選手権200mを自己ベスト(当時)の20秒86(-0.7)で制し、翌年の日本選手権の参加資格を得た。
  • 9月、日本インカレの4×100mリレーで左ハムストリングの肉離れを起こし、100mと200mを欠場。更に翌月の国民体育大会も長野県代表のリレーメンバーに選ばれていたが直前で辞退した。初めてMRI検査を受け、1ヶ月間走ることができないという初の大きなけがを経験した[3]

2014年[編集]

  • 5月3日、静岡国際200m予選で20秒49(+0.4)をマークし、それまでの自己ベスト20秒86(-0.7)を大幅に更新した。
  • 5月、関東インカレ2部100mで自己ベスト(当時)及び従来の大会記録を上回る10秒39(+1.5)をマークするも、山縣亮太(10秒23)に敗れ2年連続の2位。4×100mリレーも山縣率いる慶應義塾大学に敗れ2位に終わったが、200mでは日本歴代11位タイ(当時)・学生歴代7位タイの記録となる20秒41(0.0)をマークし、2位の山縣に0秒21差をつけて優勝。2年連続で2部の男子最優秀選手に選出された[6]
  • 6月、日本選手権に初出場を果たす。100mと200mにエントリーし、200m予選を20秒62(+1.5)で通過して決勝に進出した。200mの決勝は100m予選の約1時間45分後のため、周りからは200mに集中したほうがいいと言われたが、後悔したくない気持ちから100mにも出場し、10秒43(+1.4)で予選を通過した[1]。200m決勝はアジア大会の派遣設定A(20秒28)突破者1名、B(20秒50)突破者5名が出場するハイレベルなレースとなった。レース前には優勝できるなんて1%も思っていなかったが[7]、レースでは持ち味である後半の伸びでゴール直前に高瀬慧をかわして0秒01差で優勝。インハーハイや日本インカレでタイトルはおろか入賞経験もない選手が日本選手権優勝という快挙を達成し、更に上武大学陸上部初の日本選手権優勝者となった[4]。翌日の100m準決勝は疲労もあり最下位に終わったが、大会の翌日にアジア大会日本代表に内定し、上武大学陸上部初の日本代表選手(年代別を除く)となった[4]
  • 7月6日、中国金華で開催された日中韓3カ国陸上の4×100mリレーに出場。初めての海外レースを経験し、同時に初めて日の丸を背負った。
  • 9-10月、韓国仁川で開催されたアジア大会に出場し、主要国際大会に初出場を果たした。200mは今季アジアランキング4位、出場選手の中では3番目のタイムを持っていたが、決勝に進出するも20秒89(+0.3)で5位[8]。4×100mリレーは予選でアンカーを務めて決勝進出に貢献したが[9]、決勝は出番なしに終わった。

社会人時代[編集]

2015年[編集]

  • 4月1日、スズキ自販東京に入社。配属先は東京都のスズキアリーナ赤羽。同時にスズキ浜松アスリートクラブに加入[10]
  • 5月、セイコーゴールデングランプリ陸上2015川崎の男子200mで6位入賞[11]
  • 6月、中国の武漢で開催されたアジア選手権の200mに出場し、7位入賞を果たした。

2016年[編集]

  • 6月25-26日、日本選手権の200mに出場すると、25日の予選でリオデジャネイロオリンピックの参加標準記録(20秒50)を突破する20秒45(-0.1)をマークして決勝に進出した[12]。翌日の決勝では2年ぶりに自己ベストを0秒08更新し、日本歴代8位の記録となる20秒33(+1.8)をマーク。リオデジャネイロオリンピックの派遣設定記録(20秒28)を突破して優勝した飯塚翔太(20秒11)、既に派遣設定記録を突破している高瀬慧(20秒31)に次いで3位に入ったが、派遣設定記録には0秒05届かなかった。そのため、既に派遣設定記録を突破している藤光謙司(怪我のため20秒77で6位)との選考で敗れ、3位になったもののリオデジャネイロオリンピック日本代表の座を逃した[13]

2017年[編集]

  • 6月4日、布勢スプリント100mで10秒13(+1.9)の自己ベストをマーク。1年前の同じ大会でマークした自己ベスト(10秒31)を大幅に更新し、ロンドン世界選手権の参加標準記録(10秒12)に肉薄した。
  • 6月25日、日本選手権200m決勝は20秒77(+0.3)で4位に終わり、2大会連続の表彰台には0秒22及ばなかった。また、この決勝で右脚を負傷したため、出場予定だった7月のアジア選手権(男子200m)を辞退した[14]

自己ベスト[編集]

  • 記録欄の( )内の数字は風速m/s)で、+は追い風、-は向かい風を意味する。
種目 記録 年月日 場所 備考
100m 10秒13 (+1.9) 2017年6月4日 日本の旗 鳥取市
200m 20秒33 (+1.8) 2016年6月26日 日本の旗 名古屋市 日本歴代10位

主な成績[編集]

  • 備考欄の記録は当時のもの

国際大会[編集]

大会 場所 種目 結果 記録 備考
2014 (大4) 日中韓3カ国交流陸上 中華人民共和国の旗 金華 4x100mR 3位 40秒72 (4走)
アジア大会 大韓民国の旗 仁川 200m 5位 20秒89 (+0.3)
4x100mR 予選2組1着 39秒18 (4走) 決勝進出[注 1]
2015 (社1) アジア選手権 中華人民共和国の旗 武漢 200m 7位 21秒16 (+1.0)
日中韓3カ国交流陸上 日本の旗 札幌 200m 優勝 20秒50 (+2.1)
2016 (社2) 日中韓3カ国交流陸上 大韓民国の旗 金泉 4x100mR 優勝 38秒77 (4走)
デカネーション フランスの旗 マルセイユ 200m 2位 20秒63 (-0.4)
2017 (社3) デカネーション フランスの旗 アンジェ 200m 2位 20秒65 (+0.4)

日本選手権[編集]

大会 場所 種目 結果 記録 備考
2014 (大4) 第98回 福島市 100m 準決勝2組8着 10秒57 (+0.8)
200m 優勝 20秒62 (+0.9)
横浜市 4x100mR 6位 40秒34 (4走)
2015 (社1) 第99回 新潟市 100m 予選3組6着 10秒69 (+0.2)
200m 5位 20秒88 (+0.8)
2016 (社2) 第100回 名古屋市 200m 3位 20秒33 (+1.8) 日本歴代8位(当時)
2017 (社3) 第101回 大阪市 200m 4位 20秒77 (+0.3)
2018 (社4) 第102回 山口市 100m 予選2組DNS 記録なし
200m 予選2組6着 20秒99 (+0.5)

その他[編集]

  • 主要大会を記載
大会 場所 種目 結果 記録 備考
2010 (高3) インターハイ 沖縄市 100m 準決勝1組4着 11秒11 (-2.5)
200m 予選5組4着 22秒15 (-0.2)
国民体育大会 千葉市 100m 準決勝2組5着 10秒71 (+1.4)
4x100mR 2位 40秒17 (2走)
日本ジュニア選手権 名古屋市 100m 予選2組5着 10秒76 (+0.7)
200m 予選3組5着 21秒53 (+2.4)
2011 (大1) 関東インカレ (2部) 東京都 100m 5位 11秒08 (-2.7)
200m 5位 21秒98 (-3.6)
4x100mR 優勝 40秒72 (2走)
日本学生個人選手権 平塚市 100m 予選2組6着 10秒86 (+1.0)
200m 準決勝2組3着 21秒62 (+1.5)
日本インカレ 熊本市 200m 予選3組4着 21秒70 (+1.9)
4x100mR 予選2組8着 41秒55 (2走)
国民体育大会 山口市 100m 準決勝1組8着 10秒73 (+1.3)
2012 (大2) 関東インカレ (1部) 東京都 100m 準決勝2組8着 10秒84 (+0.5)
200m 準決勝1組6着 21秒48 (-0.3)
4x100mR 予選2組5着 41秒31 (2走)
日本インカレ 東京都 100m 準決勝2組4着 10秒84 (-1.1)
国民体育大会 岐阜市 4x100mR 準決勝1組3着 40秒35 (2走)
2013 (大3) 関東インカレ (2部) 東京都
横浜市
100m 2位 11秒01 (-3.8) 1位と同タイム着差あり
200m 優勝 20秒57 (+2.6) 予選20秒90 (+1.3):自己ベスト
4x100mR 3位 40秒73 (2走)
日本インカレ 東京都 4x100mR 予選3組7着 41秒14 (2走)
2014 (大4) 静岡国際 袋井市 200m 6位 20秒74 (+0.8) 予選20秒49 (+0.4):自己ベスト
関東インカレ (2部) 熊谷市
横浜市
100m 2位 10秒39 (+1.5) 自己ベスト
200m 優勝 20秒41 (0.0) 大会記録
学生歴代7位タイ
4x100mR 2位 40秒52 (4走)
Spitzen Leichathletik ルツェルン 200m B組4位 20秒84 (-0.8)
ナイトオブアスレチックス ヒュースデンゾルダー 200m 優勝 20秒63 (-0.1)
日本インカレ 熊谷市 200m 2位 20秒71 (-0.1)
4x100mR 予選4組4着 40秒13 (4走)
国民体育大会 諫早市 4x100mR 7位 40秒12 (2走)
2015 (社1) 織田記念 広島市 100m 予選2組7着 10秒87 (-0.5)
200m 7位 21秒10 (+1.5)
ゴールデングランプリ川崎 川崎市 200m 6位 20秒95 (-0.5)
南部記念 札幌市 100m 4位 10秒50 (+1.6)
トワイライト・ゲームス 東京都 100m 8位 10秒55 (+1.3)
国民体育大会 和歌山市 100m 準決勝3組3着 10秒57 (+0.8)
4x100mR 7位 40秒34 (4走)
2016 (社2) 出雲陸上 出雲市 100m 優勝 10秒58 (-0.7)
静岡国際 袋井市 200m 3位 20秒73 (+1.0)
ゴールデングランプリ川崎 川崎市 200m 4位 20秒77 (-0.6)
布勢スプリント 鳥取市 100m 6位 10秒31 (-0.5) 自己ベスト
国民体育大会 北上市 100m 7位 10秒51 (+0.8)
4x100mR 予選6組3着 41秒04 (4走) 準決勝進出[注 2]
2017 (社3) 静岡国際 袋井市 200m 6位 21秒30 (+0.2)
ゴールデングランプリ川崎 川崎市 200m 4位 21秒03 (-2.0)
布勢スプリント 鳥取市 100m 3位 10秒13 (+1.9) 自己ベスト
国民体育大会 松山市 100m 準決勝1組4着 10秒42 (+0.5)
4x100mR 予選1組1着 40秒34 (2走) 準決勝進出[注 3]
2018 (社4) 織田記念 広島市 100m 8位 10秒55 (+1.3)
静岡国際 袋井市 200m 2位 20秒75 (+0.3)
ゴールデングランプリ大阪 大阪市 200m 6位 20秒65 (+0.9)
4x100mR 2位 38秒64 (2走)

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 予選のみ出場。決勝の日本は38秒49で2位。
  2. ^ 予選のみ出場。準決勝の長野は41秒30で敗退。
  3. ^ 予選のみ出場。準決勝の長野は41秒30で敗退。

出典[編集]

  1. ^ a b c 加藤康博「Go for 2020 from UNIV.」、『陸上競技マガジン』第64巻第13号、ベースボール・マガジン社、2014年8月号、 8-13頁。
  2. ^ 200メートル初日本代表・原翔太選手(上武大、高遠高出)2年後五輪へ大舞台でアピール――9月27日からアジア大会陸上競技”. 長野体育ジャーナル (2014年8月29日). 2015年2月8日閲覧。
  3. ^ a b 上武大1部復帰へ中心戦力。長野県出身の原翔太選手(高遠出)、今村迅人選手(北部出)、内堀直也選手(岩村田出)――5月16日から関東インカレ陸上”. 長野体育ジャーナル (2014年4月25日). 2015年2月8日閲覧。
  4. ^ a b c 酒井政人「Go for INCHEON 2014 仁川アジア大会代表特集 クローズアップ・アスリート」、『月刊陸上競技』第48巻第9号、講談社、2014年8月号、 48-50頁。
  5. ^ 【陸上競技部】関東インカレ2部 原選手が200mで優勝”. 上武大学 (2013年6月7日). 2015年2月8日閲覧。
  6. ^ 【陸上競技部】関東インカレ2部200m、原選手が大会新記録で優勝 三段跳びで狩野選手が優勝”. 上武大学 (2014年5月28日). 2015年2月8日閲覧。
  7. ^ 上武大・原翔太200mで初優勝「1%も」”. 日刊スポーツ (2014年6月7日). 2015年2月8日閲覧。
  8. ^ 200m飯塚4位、原5位 オグノデ2冠”. 日刊スポーツ (2014年10月1日). 2015年2月8日閲覧。
  9. ^ 【陸上競技部】アジア大会4×100mリレーで原選手が予選突破”. 上武大学 (2014年9月30日). 2015年2月8日閲覧。
  10. ^ 原翔太選手(上武大、高遠高出)スズキ浜松アスリートクラブへ。陸上短距離五輪代表目指しクラブチームでスタート”. 長野体育ジャーナル (2015年3月12日). 2015年3月18日閲覧。
  11. ^ スズキ自販東京公式ホームページ「セイコーゴールデングランプリ陸上・原翔太結果報告」(2015年5月10日発信) - 2015年6月28日閲覧
  12. ^ 原が五輪代表争いに名乗り、200Mは激戦/陸上”. サンケイスポーツ (2016年6月25日). 2016年6月26日閲覧。
  13. ^ 「第100回日本選手権 デイリーハイライト」、『月刊陸上競技』第50巻第9号、講談社、2016年8月号、 83頁。
  14. ^ 2017年7月2日の本人のツイッターより

外部リンク[編集]

記録
先代:
佐藤大志
(21秒10)
2012年5月20日
関東インカレ2部男子200m
大会記録保持者
(20秒90 - 20秒41)

2013年5月25日 -
次代:
未定
受賞
前年:
佐藤大志
関東インカレ2部
男子最優秀選手

2013年 - 2014年
次年:
梨本真輝