ピッチクロック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ワーナーパークに設置されたピッチクロック(2015年)

ピッチクロック(pitch clock)は、メジャーリーグベースボール(以下:MLB)、マイナーリーグベースボール(以下:MiLB)、大学野球英語版等で採用されている野球のルールで、投手打者投球するまでに使える時間を制限する仕組みである。試合時間の短縮(ペース・オブ・プレイ英語版の改善)を目的としている。

MLBでは2023年オープン戦より採用[1]。それまでのピッチクロックは、採用されている場合でも、上に走者がいない場合に限定されていたが、MLBで採用されたものは走者がいる場合でも適用される。

背景[編集]

野球は北米4大プロスポーツリーグのなかで時間制ではない唯一の競技だが、ファン離れを防ぐために試合時間の短縮(とテンポアップ)を目指し様々なルール改正が検討、導入されてきた。しかし2014年にはMLBの平均試合時間が初めて3時間を超えている[2]

2018年の平均試合時間は3時間44秒で、マウンドビジット・リミッツ導入などのルール改正の効果もあって前年度から約5分の短縮を達成した[3]。一方でFanGraphsによると、MLBで一回の投球にかかっている時間は2008年の21.7秒から2018年の24.1秒と増加傾向にある[4]

ピッチクロックはMLBでは2015年から採用提案が始まっていた[3]

採用[編集]

北米[編集]

学生[編集]

アメリカ合衆国の大学野球英語版では、2010年にサウスイースタン・カンファレンスがピッチクロックを試験的に導入している。投手はボールを20秒以内に投げなければ、ボールカウントが1つ加えられる。同様に打者もバッターボックスから出ている時間がこのクロックで5秒を越えると、ストライクが1つ加えられる[5]。2010年のシーズン終了後に、全米大学体育協会がこのピッチクロックの導入の義務化を検討し[6]、2011年のシーズンから、走者が塁上にいない状況に限ってピッチクロック制度を実施した[7]

プロリーグ[編集]

プロリーグで採用されたのは、2014年のアリゾナ・フォールリーグ(オフシーズンの教育リーグ)が最初である。2015年1月15日にMLBは、2015年のシーズンでMiLBのダブルA、トリプルAに20秒のピッチクロック制度を導入することを発表した[8]。これにより投手はセットボジションから20秒以内に投球しない場合は、打者にボールが1つ与えられる[9]。そのほかにも試合時間の短縮を目的にしたルール変更が加えられてはいるが、主としてピッチクロックの導入によって、2015年シーズンのダブルA、トリプルAでは平均試合時間が12分短縮された(2時間42分)[10]

導入から2か月後のレポートでは、選手やクラブチームからは特に反発もなく、実際にペナルティでボールカウントを付与された選手からもそれほど不満は出なかったことが報告されている[11]

MLB[編集]

MLBとMLB選手会は2016年に2018年度にMLBでもピッチクロックを採用可能かについて協議を行った[12]。MLB選手会は反対の姿勢で、MLBも一方的に導入を決めることは可能なものの慎重な立場である[13]。 採用後の2024年には、有力選手が次々と肘の故障を訴えたことに関して、ピッチクロックに原因があるのではないかとする声明を発表している[14]。 また、独立リーグであるアトランティックリーグは12秒のピッチクロックを採用している[15]

MLBは2022年9月に2023年シーズンからのピッチクロックの導入を発表した[16]

  • 投手は、ボールを受け取ってから、走者がいない場合は15秒、走者がいる場合は18秒以内[注 1]に投球動作に入らなければならない。これに違反(Pitch Clock Violation)した場合、自動的に1ボールが追加される[注 2]
  • 打者は、制限時間の8秒前までに打席に入り、打つ準備を完了していなければならない。これに違反した場合、自動的に1ストライクが追加される[注 3]
  • 走者がいるときに、投手が牽制投手板を外した場合、制限時間はリセットされる[注 4]

国際大会[編集]

国際大会においては、2019年のパンアメリカン競技大会において初めてピッチクロックが採用された[18]世界野球ソフトボール連盟(WBSC)主催大会においては、同年の第2回プレミア12で初めて採用され、以降は2021年の東京五輪[19]U-12を除く各世代のワールドカップでも採用された[20][21]

2024年時点でのWBSC主催大会におけるピッチクロックの概要は以下の通り[22]

  • 投手は、走者がいない場合のみ、ボールを受け取ってから20秒以内に投球動作に入らなければならない。これに違反した場合、一度目は投手に警告が与えられ、二度目以降は自動的に1ボールが追加される。警告は各投手に1回。
  • 打者は、制限時間の5秒前までに打席に入り、打つ準備を完了していなければならない。これに違反した場合、一度目は打者と監督に警告が与えられ、二度目以降は自動的に1ストライクが追加される。警告は各チームに1回。

日本[編集]

NPB[編集]

2009年より類似のルールである「15秒ルール」が既に適用されている。

独立リーグ[編集]

九州アジアリーグが2024年より導入した[23]。無走者の場合は12秒で適用され、ボールが判定される[24]。走者ありの場合は20秒で適用となり、1度目は警告、2度目にボールが判定される[24]。牽制球、投手板からの軸足移動、偽投といった行為があると、1打者3回までカウントがリセットされるが、4回目にはボーク宣告となる[24]

社会人野球[編集]

MLBでのピッチクロック導入を受け、日本野球連盟2023年の都市対抗野球大会よりピッチクロックを導入。投手は、ボールを受け取ってから、走者がいない場合は12秒、走者がいる場合は20秒以内に投球動作に入らなければならない[25]

韓国[編集]

KBOリーグでは、2024年シーズンより採用した。投球時に無走者時18秒以内、有走者時23秒以内の時間制限が適用されるが、試験導入であることから同シーズン前半では違反に対するペナルティは無く、警告の付与のみとなる[26]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 導入初年度の2023年シーズンは20秒以内。
  2. ^ また、打者が打つ準備を完了する前に投球動作(セットポジション)に入った場合はクイックピッチとなり、ボークまたはピッチクロックバイオレーションになる可能性がある。2023年4月6日現在、このルールはグレーゾーンとされており、審判と選手の間で共通認識がまだ形成されていない[17]
  3. ^ 打者がタイムを取れるのは1打席に1回まで。
  4. ^ 投手が牽制したり投手板を外せるのは1打席に合計2回まで。

出典[編集]

  1. ^ 特集 ピッチクロックって何? 開幕までに知っておこう!大リーグのルール変更”. NHK Sports. 2023年3月31日閲覧。
  2. ^ 鷲田康. “ようやく動き出した「試合時間短縮」。ファンのために、試合にスピード感を。”. Number web. 2019年2月閲覧。
  3. ^ a b Bob Nightengale. “MLB proposes rules changes including return to 15-day DL, pitch clock”. USA TODAY. 2019年2月閲覧。
  4. ^ Tom Verducci. “If MLB Implements a Significant Rule Change in 2019, It Will Be a Pitch Clock”. Sports Illustrated. 2019年2月閲覧。
  5. ^ Pitch clock for baseball? Experiment begins in SEC”. USATODAY.COM. 2015年10月11日閲覧。
  6. ^ NCAA ready to make pitch clock mandatory”. Yahoo Sports (2010年7月24日). 2015年10月11日閲覧。
  7. ^ NCAA rules for college baseball are designed to speed up the game”. NOLA.com (2011年3月7日). 2018年3月17日閲覧。
  8. ^ Pitch clock for Double-A, Triple-A use”. ESPN. 2015年10月11日閲覧。
  9. ^ Minor Leagues announce pace-of-game rules - MiLB.com News - The Official Site of Minor League Baseball”. MiLB.com. 2015年10月11日閲覧。
  10. ^ Minor League Baseball Toolshed: Pitch clocks do their job in debut season - MiLB.com News - The Official Site of Minor League Baseball”. MiLB.com. 2015年10月11日閲覧。
  11. ^ Toolshed: Time of game down across board”. MLB.com. 2019年2月閲覧。 “For what it's worth, though, it appears most players and clubs haven't had much trouble transitioning to the clock, especially now after two months of getting used to it. Even those who have seen their players penalized aren't complaining too much.”
  12. ^ Castrovince (2016年1月20日). “Opinions differ on MLB pitch clock”. MLB.com. 2018年3月17日閲覧。
  13. ^ USA TODAY Sports (2018年2月19日). “MLB pace of play: No pitch clock in 2018, but mound visits limited”. Usatoday.com. 2018年3月17日閲覧。
  14. ^ エンゼルス衝撃、50億円右腕が登板ゼロで今季絶望 米メディア「残酷な打撃だ」MLB好投手の故障相次ぐ”. ANSER (2024年4月18日). 2024年4月18日閲覧。
  15. ^ Beach (2018年7月13日). “For the Atlantic League, the All-Star Game is All About Its Amazing Balancing Act”. Forbes. 2018年9月1日閲覧。
  16. ^ Anthony Castrovince (2022年9月10日). “Pitch timer, shift restrictions among announced rule changes for '23”. MLB.com. 2022年9月14日閲覧。
  17. ^ 大谷翔平のピッチクロック違反 本当の理由「グレーゾーンみたいな感じ。随時対応していく」”. デイリー (2023年4月6日). 2023年4月6日閲覧。
  18. ^ Baseball games at Pan Ams were fast; WBSC hails success of new game-clock regulations” (英語). World Baseball Softball Confederation (2019年8月15日). 2023年4月7日閲覧。
  19. ^ Event Information” (英語). World Baseball Softball Confederation. 2023年4月7日閲覧。
  20. ^ WBSC Baseball World Cups Tournament Regulations” (PDF) (英語). World Baseball Softball Confederation (2022年8月9日). 2023年4月7日閲覧。
  21. ^ WBSC Baseball World Cups Tournament Regulations - Appendix 01” (PDF) (英語). World Baseball Softball Confederation (2022年8月9日). 2023年4月7日閲覧。
  22. ^ Official Rules of Baseball 2023-2024” (英語). World Baseball Softball Confederation (2023年6月23日). 2024年3月26日閲覧。
  23. ^ ピッチクロック・バッタースボックスルール導入のお知らせ - 九州アジアプロ野球機構(2024年1月30日)2024年1月30日閲覧。
  24. ^ a b c 2024年度九州アジアリーグ公式戦ルール (PDF) - 九州アジアプロ野球機構(2024年2月27日)2024年3月9日閲覧。
  25. ^ ピッチクロックで時短=都市対抗で初導入、課題も―社会人野球”. 時事通信 (2023年8月1日). 2023年8月2日閲覧。
  26. ^ KBO, 자동 투구 판정 시스템(ABS) 및 피치 클락 세부 운영 규정 확정” (朝鮮語). KBO (2024年1月25日). 2024年3月26日閲覧。

関連項目[編集]