オロチョン族

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オロチョン族
鄂伦春族
鄂倫春族
総人口
8196人(2010年)[1]
居住地域
中華人民共和国の旗 中国内モンゴル自治区黒竜江省
言語
オロチョン語
宗教
シャーマニズム仏教
関連する民族
エヴェンエヴェンキネギダール

オロチョン族のシャーマン

オロチョン族(Orochon,Oroqin、繁体字:鄂倫春、簡体字:鄂伦春族)はアルタイ諸語ツングース系の言葉を話す民族ツングース系民族)。主に北東アジア興安嶺山脈周辺で中国領内の内モンゴル自治区、その近隣のロシア領内に居住する。もともとは狩猟をしながら移動していたが、現在は定住化が進んでいる。

生活[編集]

この民族の代表的な生業は、内臓の食用・飲用や皮革採取目的でのの狩猟である。狩猟の対象の獣は、マールー(馬鹿(ばろく)、ワピチの亜種マンシュウアカシカ)、ノロ、ハンダハン(駝鹿(だろく)・ラクダジカ、ヘラジカの亜種マンシュウエルクジカ)などのシカ類やリステンオオカミイノシシオオヤマネコクマなどが挙げられる。狩猟時の移動と荷物運搬の手段は、伝統的には主にである。

シャーマニズムを信仰し、シラカバの樹皮を加工した工芸品(樺皮細工)が知られている。

オロチョン族の伝統的な住居は、比較的細いシラカバなどの幹の柱を何本も組んでその外部をシカ類などの毛皮で覆った円錐形の天幕式住居だが、定住化が進んだ現在では、日常的には近隣の漢族ロシア人と同様の住居で生活し、泊まり掛けの狩猟の際に山野で臨時に設けるのみである。このような天幕式住居はエヴェンキも伝統的に製作・使用してきた。

他民族との関わり[編集]

こうした伝統文化は、ロシアではソビエト連邦時代、中国では文化大革命時には弾圧され一時途絶えていたが、ロシアではその体制崩壊により、少しずつ復興されつつあり、中国では文革後はそのような伝統文化が保護・奨励されている。

かつてはロシア人やダウール族商人との交易を行い、皮革と引き換えに、ロシア人やダウール族からなどの生活用品、狩猟に必要な散弾のほか、酒類などの嗜好品も得た。

中国側のオロチョン族に対しては、満洲国時代の1930年代後半に、関東軍特務機関が工作して軍事訓練をほどこし、対ソ情報収集の任務を与えた。オロチョン族はソ連領内にも同族がおり、ロシア語と中国語に通じていたため、その種の任務に適していた。当時関東軍の特務機関は少数民族宣撫工作に阿片を用いたとも言われており、オロチョン族の間に麻薬中毒が広がり、戦後もしばらくの間続いたと主張する研究者もいる[1]

日本における「オロチョン」[編集]

北海道網走市ではオロチョンの火祭りが行われているが、これは和人による観光行事で、かつては網走在住のウィルタニブフの協力を得ていたこともあるが、彼らの伝統文化を尊重した内容ではないので、じきに参加を拒否するようになった[2]

これは、「オロチョン」という言葉が北方諸民族の漠然とした呼称として用いられた時期があり、その名残りである。現在でも、語呂の良さから「オロチョン」の呼称が用いられているが、本項の民族に火祭りという文化はなく、全く関係がない。

また、味噌ラーメン唐辛子等で辛く味付けした、「オロチョンラーメン」(またはラーメン店名がオロチョン)というものもあるが[3]、オロチョンの火祭りから連想された名称である。またオロチョンがアイヌ語で「勇敢」という意味であるという俗説があり、それをこのラーメンの由来と結び付けた説明もインターネットで見られるが、アイヌ語にはオロチョンという言葉はなく、これには根拠がない。

遺伝子[編集]

オロチョン族のY染色体ハプログループC2が61.3%、O2が19.4%である[4]

その他[編集]

1943年に15歳で満蒙開拓青少年義勇軍として満州に渡った岩間典夫が、シベリア抑留、中国人民解放軍入隊を経てオロチョン族に捕われた後、オロチョン族指導者となっている。[5][6]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 中生勝美「オロチョン族をアヘン漬けにした日本軍」、『世界』第674号、2000年5月。
  2. ^ 田中了+ダーヒンニェニ・ゲンダーヌ『ゲンダーヌ―ある北方少数民族のドラマ 』(現代史出版会、1978)で詳しい経緯が説明されている。
  3. ^ かつてサンヨー食品から同名のインスタントラーメンが発売されていた。
  4. ^ Yali Xue et al 2006, Male demography in East Asia: a north-south contrast in human population expansion times Archived September 6, 2008, at the Wayback Machine.
  5. ^ 祖国まで 岩間典夫の半世紀. 恒文社. (1997年1月6日 1997) 
  6. ^ されど故郷忘じがたく. 主婦の友社. (1988年5月12日 1988) 

外部リンク[編集]