Y染色体ハプログループ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Y染色体ハプログループの系統と分岐年代。出アフリカ組(D1, C, FT)の下位系統の放散は約5万年前に集中している。PからRとQへの分岐は例外的に約3万5000年前に起きている。

Y染色体ハプログループ(Yせんしょくたいハプログループ)とは、男性で遺伝するY染色体ハプログループ(=ハプロタイプ集団)のことである。

系統と分布[編集]

Y染色体ハプログループの世界拡散を表す想定地図

以下、系統と分布を示す。言語学上の語族の分布と相関性が高い(父系言語仮説[1])が、外見上の人種区分とは違うパターンが少なからずある(これは遺伝子の系統と集団の系統が異なる不完全遺伝子系統仕分けによるものである)。Y染色体の最新共通祖先 (Y-MRCA、非公式にはY 染色体 Adamとして知られている) は、現在生きているすべての人間が父系で子孫を残した最新共通祖先 (MRCA )である。Y染色体を持つアダムは、およそ 236,000年前にアフリカに住んでいたと推定されている。他のボトルネックを調べると、ほとんどのユーラシア人男性 (アフリカ以外の人口からの男性) は、69,000年前にアフリカに住んでいた男性 ( Haplogroup_CT ) の子孫である。他の主要なボトルネックは約5万年前と5千年前に発生し、その後、ほとんどのユーラシア人の祖先は、5万年前に生きていた4 人の祖先に遡ることができた。彼らはアフリカ人の子孫だった (E-M168)。

Y染色体アダム

A(A00~A3(側系統)) アフリカ。コイサン人種(カポイド)、ナイロテック亜人種(ナイル人)、コイサン諸語ナイル・サハラ語族と関連。

BT

B アフリカ。ネグリロ人種(ピグミー)、ハヅァ族と関連。

CT
DE(YAP遺伝子)
D

D1a1 チベットチベット系民族に多い。

D1a2a 主に日本で検出され、アイヌと沖縄本島南部(島尻)に特に多い。日本国外では、韓国で平均2%ほどの男性に見られるほか、ミクロネシアティモール島中国東北部北京等)でも散発的に検出された例がある。縄文人に由来すると推定される。

E アフリカ、中東。E1b1aはサハラ砂漠以南のアフリカ、メラノ・アフリカ人種(コンゴイド)、バントゥー系民族等のニジェール・コンゴ語族、E1b1bは北アフリカアラビア半島エジプト民族(東部ハム人種)等、アフロ・アジア語族と関連。

CF
C
C1

C1a1 日本固有。現代日本人の5%~6%ほどの男性に見られる。縄文人に由来すると推定されているが、縄文時代の人骨から検出された例は未だに発表されていない。青谷上寺地遺跡の弥生時代の人骨や高松茶臼山古墳に埋葬された人骨から検出された例はある。

C1a2 ヨーロッパ北アフリカアルメニアネパールカビル人(ベルベル人又は北部ハム人種)などでわずかに見られる。クロマニョン人

C1b2 オセアニア。C1b2aはニューギニア島先住民(パプア人又はパプア亜人種)、C1b2bはオーストラリア先住民(アボリジニ又はオーストラリア人種)と関連。

C2 カザフステップモンゴル高原シベリア極東ロシア北アメリカで高頻度に見られカザフ人(ツラン人種又はトゥラン人種)、ブリヤート人エヴェンキ等のアルタイ諸語コリャーク人ニヴフ等の古シベリア諸語(古層シベリア人種)、アパッチ族等のナ・デネ語族(北太平洋インディアン又はアリューシャン人種)と関連。中国華北朝鮮半島では中頻度で見られる。中国華南日本ベトナムタイ族などでも低頻度で見られる。

F

F* 南アジアに見られる。F2 中国南西部のラフ族彝族に見られる。その他ベトナムタイ東南アジアにも少し見られる。

GHIJK

G コーカサスで多く、ヨーロッパでも少し見られる。ジョージア人(地中海人種)に見られる。

HIJK

H 南アジアドラヴィダ人(ドラヴィダ人種又はメラノ・ヒンドゥ)、ロマに多い。ドラヴィダ語族と関連。

IJK
IJ

I ヨーロッパで多く見られる。クロマニョン人。I1は北欧北方人種、I2はバルカン半島ディナール人種と関連。

J 中東紅海地中海沿岸。J1はアラビア半島南東人種(アラブ人)、J2はアナトリア半島、アナトリア人種(アルメノイド)と関連。

K

K* ニューギニア島に多く見られるほか、オーストラリア大陸など。東南アジアでも少数だが見られる。

K1

L 南アジア。ブルショー人に見られる。

T 南アジア、中東、東アフリカ、ヨーロッパ。ソマリ人(エチオピア人種)に見られる。

K2

MS 海域東南アジア、オセアニア、特にニューギニア島で多く見られる。アエタ族(ネグリト人種)に多い。

NO

N 北ユーラシアに広く分布する、ウラル語族と関連。N1a1は主にウラル山脈以西、フィン人エストニア人サーミ人(ラップ人種)などのフィン・ウゴル語派、N1a2はウラル山脈以東、ネネツ人などのサモエード語派と関連。現代の中国、ベトナム、北朝鮮韓国、日本などでも低頻度に見られるが、古代人骨から得られたデータを考慮すれば新石器時代から青銅器時代にかけて中国東部(山東省)及び北部(遼寧省、内蒙古自治区) に於いて主要なハプログループであった模様。

O
O1

O1a 中国東南部、台湾島(とりわけ台湾原住民)、海域東南アジアフィリピンマレーシアインドネシアシンガポール等)で多く、アドミラルティ諸島マジュロなどでも10~30%程見られる。オーストロネシア語族と関連。インドシナ半島、中国のその他の地域、韓国日本北アジア中央アジアでも低い頻度に見られる(英語版)。

O1b O1b1中国南部、インドシナ半島、インドネシア、インド北東部、ニコバル人ションペン人ムンダ族に特に多い。オーストロアジア語族との関連が想定されているが、漢族日本人に比較的多く見られる下位系統も現存している。O1b2日本人朝鮮民族に多く(約30%)、満州族ナナイダウール族蒙古族漢族等にも少数見られる。ベトナムやミクロネシアで散発的に観察された例もある。下本山岩陰遺跡青谷上寺地遺跡で発見された弥生時代の人骨から検出されたことがある。O1b1とO1b2の最も近い共通祖先は三万年以上前にも遡ると推定されている。

O2 中国大陸朝鮮半島台湾島漢民族朝鮮民族タイ人ビルマ族ヤオ族シェ族キン族に多い。日本人にも15%~20%程見られる。シナ・チベット語族ミャオ・ヤオ語族と関連。石川県金沢市観法寺町にある岩出横穴墓から出土した古墳人一体の遺骨に見られたハプログループO2a2b1a1a1a4a1-CTS5308は東アジア全体で比較的多く見られるO-M117のサブクレードではあるが、O-CTS5308は特にチベット人に多く見られるタイプである。

P

Q アメリカ大陸エスキモー人種を含めたアメリカ先住民(アメリンド人種)に非常に多い。ケット人などシベリアの一部でも見られる。

R

R1a 東ヨーロッパ北インド中央アジアに多く、西ユーラシア全域で見られる。東ヨーロッパ人種インド・アフガン人種(インド・アーリア人イラン系民族)、インド・ヨーロッパ語族サテム語と関連。

R1b 西ヨーロッパに特に多く、ヨーロッパ全域で一般的に見られる。アルプス人種、特にケルト人バスク人に多い。インド・ヨーロッパ語族ケントゥム語と関連。

拡散ルート[編集]

崎谷満は人類のY染色体ハプログループが出アフリカ後にイラン付近を起点にして南ルート北ルート西ルートの3ルートで拡散したとしている[2][3]。なお、見かけによって人類を分類する人種と父系先祖からのみ遺伝されるY染色体は根本的に異なる概念であり、混同することは甚だしく不合理である。

一方で2020年に発表されたハラストらの系統発生学的手法による古代および現代の非アフリカ人Y染色体のサンプルを用いた分析によると、7万年-5万5千年前に起きた基層となるD系統、C系統、F系統の遺伝子を持つ集団の出アフリカに続いて、新しい移民を除く全ての非アフリカ人男性のY染色体の系統は5万5千年-5万年前に東アジア/東南アジアから拡散したことを示しているとし、この基層となった系統は速やかにユーラシア全体にわたって拡散し、後に東南アジアで多様な系統に分岐し、それから約5万5千年-5万年前に西に向かって拡散し、先住民のY染色体系統と置き換わった、としている[4]

連続的創始者効果モデルによれば、非アフリカ人系統の最も初期の分岐はアフリカに近い場所で起こり、その場所に存在していると期待されるが(a)、それよりも東アジアないし東南アジアで起こった(b)。単純化され色分けされたY染色体系統樹を参考までに示す[4]

脚注[編集]

  1. ^ van Driem, George. 2018. "The East Asian linguistic phylum: A reconstruction based on language and genes Archived 2021-01-10 at the Wayback Machine.", Journal of the Asiatic Society, LX (4): 1-38.
  2. ^ 崎谷満(2009)『新日本人の起源』勉誠出版
  3. ^ 崎谷満(2009)『DNA・考古・言語の学際研究が示す 新・日本列島史』勉誠出版
  4. ^ a b “A Southeast Asian origin for present-day non-African human Y chromosomes”. Human Genetics 140 (2): 299–307. (February 2021). doi:10.1007/s00439-020-02204-9. PMC 7864842. PMID 32666166. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7864842/. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

ヒトY染色体ハプログループ系統樹
Y染色体アダム (Y-MRCA)
A0 A1
A1a A1b
A1b1 BT
B CT
DE CF
D E C F
G H IJK
IJ K
I J K1 K2
L T MS NO P K2*
N O Q R