アムール川
| アムール川 | |
|---|---|
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アムール川鉄橋(ハバロフスク橋) | |
| 延長 | 4,368* km |
| 平均の流量 | 11,400 m³/s |
| 流域面積 | 1,855,000k km² |
| 水源 | ヘンティ山脈ほか |
| 水源の標高 | -- m |
| 河口・合流先 | オホーツク海 |
| 流域 |
|
| *:上流部の支流を含む。 | |
アムール川(アムールがわ、ロシア語: Амур、ラテン文字転写: Amur)、あるいは黒竜江(こくりゅうこう、中国語: 黑龙江、拼音: 、満州語:ᠰᠠᡥᠠᠯᡳᠶᠠᠨ
ᡠᠯᠠ或いはᡥᡝᠯᡠᠩ
ᡤᡳᠶᠠᠩ、転写:sahaliyan ula或いはhelung giyang[1])は、ユーラシア大陸の北東部を流れる川である。中国では別に黒河、黒水などとも呼ばれる。上流部の支流を含めた全長4,368kmは世界8位、流域面積は185万5500km2で世界10位である。
地理[編集]
アムール川はモンゴル高原東部のロシアと中国との国境にあるシルカ川とアルグン川の合流点から生じ、中流部は中国黒竜江省とロシア極東地方との間の境界となっている。ロシアのハバロフスク付近で北東に流れを変えロシア領内に入り、オホーツク海のアムール・リマン(en:Amur Liman)に注ぐ。リマン(en)とは川の河口を指し、リマン海流は日本海を流れる海流である。オホーツク海の流氷は、アムール川からの流水により塩分濃度が薄くなったことによって凝固点が高くなった海水が氷結して形成される。
流域の都市[編集]
アムール川はロシア側のアムール州・ユダヤ自治州・ハバロフスク地方と中国側の黒竜江省との国境を成しており、川沿いの主要な都市としてはロシアのブラゴヴェシチェンスク、ハバロフスク、コムソモリスク・ナ・アムーレ、ニコラエフスク・ナ・アムーレ、中国側の黒河市・同江市などがある。
産業[編集]
このアムール川は栄養が豊富であり、サケ類をはじめ豊かな水産資源に恵まれ、これにより道北沖合はよい漁場になっている。一方で2005年11月13日に起きた中国吉林省吉林市にある石油化学工場の爆発事故により、支流の松花江に流れ込んだ有毒な大量のベンゼン化合物による大規模な汚染をはじめ、旧日本陸軍の遺棄化学兵器等のため、河川の汚染が深刻である。ロシア側アムール川周辺住人は河川汚染を憂慮しておりオホーツク海等の環境汚染により日本も警戒している。
歴史[編集]
アムール川流域の文化と、北海道の東北部で遺跡が発掘されているオホーツク文化との関連性についての議論がある。
古代の中国では「黒水」「弱水」「烏桓河」などと呼ばれていたが、13世紀の『遼史』においてはじめて「黒竜江」の名が出ている。満州語では「サハリャン・ウラ(ᠰᠠᡥᠠᠯᡳᠶᠠᠨ
ᡠᠯᠠ 転写:Sahaliyan Ula、薩哈連烏拉、「黒い河」の意)」と呼ばれており、モンゴル語では「ハラムレン(Хар Мөрөн/Khar Mörön、哈拉穆連)」、ロシア語では「アムール」となりこれが世界的に共通する呼び名となっている。サハリン(樺太)という島の名は「サハリャン・ウラの河口の対岸」にあることからつけられたとされる。
中国人はこの川を使い流域民族(ほか、アムール河口の対岸の樺太に住むアイヌ人など)と、毛皮などと中国産品を交換する取引(山丹交易)を行っていたが、次第に東へ進出してきたロシア人と取引や領土をめぐり争いが起こった。17世紀には、ヴァシーリー・ポヤルコフやエロフェイ・ハバロフなどロシア人の探検隊がアムール川流域に侵入し、中国の清と南下するロシア帝国との間の紛争(清露国境紛争、中: 雅克薩戦役、朝: 羅禅征伐、露: Русско-цинский пограничный конфликт)が起こった。ロシア人はアムール川上流にアルバジンの要塞を築いたが、清軍により何度も包囲され破壊された。ロシア側は和議を求め、1689年のネルチンスク条約において、上流の西側以外の流域が清国領土と定められた。
しかしその後清は弱体化し、ロシアは再びアムール川沿いの領有を目指して探検隊を送るようになる(アムール探検)。1858年のアイグン条約(璦琿条約)、1860年の北京条約で、清国領土の割譲(アムール併合)を経て現在の国境線に定められた。
その後、アムール川およびその支流の中にある多くの島や中州の領有権を巡って中ソ国境紛争が発生した。1969年にはウスリー川で大規模な軍事衝突が発生したが、2004年に中露両国は最後まで帰属が決まらなかったアムール・ウスリー合流点の黒瞎子島(大ウスリー島)をはじめとするすべての地域における東部国境の確定完了を宣言し、対立は鎮静化している。
2011年現在、国境画定に伴い、ロシア軍により黒瞎子島内より強制退去させられた元ロシア人居住者が、補償を求めロシアに対し国家賠償訴訟を起こし係争中である。
洪水[編集]
2013年7月からはアムール川の流域で多雨となったことによって、以降、中流域や下流域で洪水が発生した。なお、ハバロフスクでは、2013年9月3日から2013年9月4日にかけて、808cmの水位を観測した。これは、1897年に観測された最高水位の642cmを上回って、観測史上最高の水位であった[2]。
支流[編集]
下流より記載
- アムグン川(清代の名称は「興袞河」)
- ゴリン川(清代の名称は「格楞河」)
- グル川(清代の名称は「宏加力河」、ru)
- トゥングースカ川
- ウスリー川(烏蘇里江)
- ビラ川(清代の名称は「奇穆尼河」)
- 松花江
- ビジャン川(清代の名称は「畢瞻河」)
- ブレヤ川(清代の名称は「牛満河」) - ブレヤ・ダム
- ザヴィタヤ川(清代の名称は「博屯河」、ru)
- ゼヤ川(清代の名称は「精奇里江」) - ゼヤ・ダム
- セレムジャ川(清代の名称は「西林穆丹河」)
- 呼瑪河
- オリドイ川(清代の名称は「鄂爾多庫勒河」、ru)
- ウルシャ川(清代の名称は「額哩河」、ru)
- アマザル川(阿馬扎爾河、ru)
- シルカ川(石勒喀河)
- アルグン川(額爾古納河)
橋とトンネル[編集]
下流から順に、次の場所に橋とトンネルがかかっている。
- コムソモリスク・ナ・アムーレ
- ハバロフスク
- 同江鉄路大橋 - ユダヤ自治州ニジュネレニンスコエ村と黒龍江省同江市を結ぶ鉄道橋であり、2009年9月23日に胡錦濤国家主席とメドベージェフ大統領が建設に合意。2014年2月26日に建設が開始され、2015年8月24日時点で中国側は60%の進捗度であるが、2016年にロシア側は遅れて着工した[3]。
- ブラゴヴェシチェンスク-黒河 (道路橋、協議中)
脚注[編集]
- ^ 『満洲実録・巻一』 sahaliyan ula helung giyang inu, terei da šanggiyan alinci tucikebi.(sahaliyan ulaは黒竜江なり、長白山に源を発す)
- ^ 2013年7月以降のアムール川流域の多雨について
- ^ “Russia, China launch construction of bridge across Amur river”. Russia Today (2016年12月25日). 2017年10月12日閲覧。