千住明

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千住 明
生誕 (1960-10-21) 1960年10月21日(63歳)
出身地 日本の旗 日本 東京都杉並区
学歴 慶應義塾大学工学部中退
東京藝術大学作曲科
ジャンル 劇伴
クラシック音楽
職業 作曲家
編曲家
音楽プロデューサー
担当楽器 指揮
ピアノ
活動期間 1986年 - 現在
公式サイト 千住明 公式サイト

千住 明(せんじゅ あきら、1960年10月21日 - )は、日本作曲家編曲家音楽プロデューサーJASRAC理事。タレントとしても幅広く活躍している。

人物・来歴

東京都杉並区出身。慶應義塾高校在学中はバンド活動にのめり込むが、同大学の教授である父親と同じ道を進むため、慶應義塾大学工学部に進学する。この時期にはAORバンド「杉山清貴&オメガトライブ」の前身となるバンドでキーボードを担当し、ヤマハポピュラーソングコンテストに入賞している[1]。しかし、本格的に音楽の道を進むことを決め慶應大を中退、2浪を経て東京藝術大学作曲科に入学する。

東京藝術大学卒業、同大学院修了(首席)。在学中、南弘明黛敏郎らに師事した。修了作品『EDEN』(コンピュータによる音楽作品)は東京藝術大学買上となり、東京藝術大学芸術資料館に永久保存されている。1991年から1993年にかけて、東京藝術大学作曲科講師。1994年から1995年2006年慶應義塾大学文学部講師。2007年からは東京音楽大学客員教授

日本テレビTBSでの野島伸司脚本・企画のドラマ音楽を多く手がけている。「アニメを担当する時は、気力と体力と自信が自分には必要」とサウンドトラックなどで語っている。また、1993年の『機動戦士Vガンダム』が終わってからはアニメの仕事は避けていたと、『B'T X』のサウンドトラックの中で語っている。

中森明菜のカバー・アルバム『歌姫』シリーズをすべて手掛け、累計100万枚の売り上げを記録させている。また、2007年に中森が発表した『歌姫』に続く演歌歌謡曲のカバー・アルバム『艶華 -Enka-』でも千住がプロデュースを担当している。

祖先に角倉 了以(すみのくら りょうい、天文23年(1554年) - 慶長19年7月12日(1614年8月17日)がいる。明治の医師、角倉賀道(1857年4月14日 - 1927年5月17日)は近代酪農の祖であり天然痘撲滅に奔走した。

兄は日本画家千住博(元京都造形芸術大学学長)、妹はヴァイオリニスト千住真理子。父は経済性工学の千住鎮雄慶應義塾大学名誉教授)、母はエッセイスト・教育評論家の千住文子角倉了以末裔の角倉家出身)。兄の博も修了作品が東京藝術大学買上となっている。美術科では作品が買上となることが往々にしてあるが、こと作曲科においては史上8人目である。

幼少時から料理に親しんでおり、今でも仕事の気分転換に調理を行っているという。テレビ出演時にはその腕前を披露することもあり、フジテレビの『アイアンシェフ』では番組のテーマソングを担当するほか、自らも審査員として出演した。

母・文子の著書『千住家にストラディヴァリウスが来た日』には、妹・真理子のストラディヴァリウス購入にあたり、明が「僕が、何とかする」と言い、ニューヨーク在住の兄・博と連携しつつ、金策に奔走した様子が描かれている。

主な作品

アニメ

テレビドラマ

ドラマ以外のテレビ番組

映画

CM

舞台

純音楽

その他

出演

テレビ

ラジオ

受賞歴

著書

脚注

注釈

  1. ^ レギュラー期間中の放送日時

出典

関連項目

外部リンク