韓国軍慰安婦

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韓国軍慰安婦または大韓民国軍慰安婦 (한국군위안부、대한민국군위안부、Korean Military Comfort Women[1])とは、韓国軍と在韓米軍国連軍を相手にした慰安婦朝鮮戦争ベトナム戦争では韓国はアメリカ合衆国を基盤とした連合軍に参加したため、韓国で設置された慰安所および慰安婦(特殊慰安隊)は韓国軍だけでなく米軍をはじめとする国連軍も利用した。

目次

名称[編集]

国連軍を相手とする慰安婦の登録が1961年9月13日に実施された。東亜日報1961年9月14日

韓国陸軍本部が1956年に編さんした公文書『後方戦史(人事編)』には「固定式慰安所-特殊慰安隊」とあり、朝鮮戦争中は「特殊慰安隊[2][3][4][5]または「第5種補給品[2][6]とも呼ばれた。

朝鮮戦争後は「美軍慰安婦(美軍はアメリカ軍のこと)」[7]国連軍相対慰安婦(UN軍相對慰安婦)」と呼ばれた[8][7]

ほかに蔑称の意味合いもある「洋パン(ヤン・セクシ)」[6]洋公主ko:양공주、ヤンコンジュ、ヤンカルボ)」[9][6][4]、また毛布一枚で米軍基地について回るという意味で「毛布部隊」[9]ベトナム戦争時は「ディズニーランド」とも呼ばれた[10]。また米兵を相手にするフィリピン人慰安婦を「ヤンキー売春婦」「コメで動くチビ茶色のファッキンマシーン」などとする蔑称もある[11]。ほかにジューシーガール(juicy girls)、バーガール(bar girls)、ホステス(hostesses)、エンターテナー(entertainer)という言い方もされる[12][13]

挺身隊정신대)」[14]国軍挺身隊とも呼ばれた。

これらの英語表記はcomfort womanであり、日本語の慰安婦の英訳と同一である[9]。英語では韓国軍・在韓米軍慰安婦は一般にKorean Military Comfort Womenと表記される[1][9]

もっとも朝鮮戦争やベトナム戦争におけるこの種の行為について韓国内では全く議論になっていないため、韓国最大手の新聞朝鮮日報でも「人の心を持った国なら、自国民を国営売春婦にするという発想はしない。」との記事を執筆するレベルの認識にとどまっている[15]

連合軍軍政期の朝鮮における慰安婦[編集]

第二次世界大戦大日本帝国連合軍に敗北したため、朝鮮半島は1945年9月2日から、日本統治期より連合軍軍政期に移った。

朝鮮半島においては、連合軍による軍政が敷かれ日本軍将兵を相手にした慰安所、慰安婦ともにアメリカ軍に引き継がれた[12][16][9]。1945年9月には、日本軍兵站基地があった富平に米軍基地が居抜きで建設され、基地周辺にあった公娼地域も引き継がれた[9]。富平基地はキャンプ・グラント(Camp Grant)、キャンプ・マーケット(Camp Market)、キャンプ・タイラー(Camp Tyler)、キャンプ・へイズ(Camp Hayes)を網羅する広大な基地だった[9]

第8軍龍山基地周辺には梨泰院があり、これも日本軍将兵も利用した公娼地域であった[9]。ほかにも釜山玩月洞凡田洞(ハヤリア隊基地入り口)、大邱桃源洞(チャガルマダン)、大田の中央洞などの公娼地域も同様に引き継がれた[9]

1947年11月には公娼制が廃止されたが、1948年に米軍は公娼制廃止によって性病が蔓延したと主張し、娼婦の性病検査は1949年まで続けられた[9]

朝鮮戦争と特殊慰安隊[編集]

1948年8月15日にはアメリカ合衆国の支援を受けて大韓民国が建国された。同年9月9日には朝鮮民主主義人民共和国が独立する。しかし、1950年より南北朝鮮の間で朝鮮戦争が勃発、1953年7月27日に休戦する。

朝鮮戦争中に韓国軍は慰安婦を募集した。韓国政府は、韓国軍・米軍向けの慰安婦を「特殊慰安隊」と呼び、設立した[7][2][17]

大韓民国政府は、韓国軍と国連軍のための慰安所を運営した[18]。韓国軍は直接慰安所を経営することもあり、韓国陸軍本部は特殊慰安隊実績統計表を作成していた[2][3]。部隊長の裁量で周辺の私娼窟から女性を調達し、兵士達に補給した[6]。韓国軍によりトラックで最前線まで補給された女性達は、夜になると開店しアメリカ兵も利用した[6]

韓国戦争以降1990年代まで在韓米軍韓国駐留時[19]大韓民国国軍によって強行され、大韓民国国軍と在韓米軍の性的欲求を解消する目的で強制的に集団的性行為を強要された事例もある。

「特殊慰安隊」[編集]

韓国軍が1951年-1954年まで「特殊慰安隊」という名前で、固定式あるいは移動式慰安婦制度を取り入れて運用したことは韓国陸軍本部が1956年に編纂した公式記録である『後方戦史』(후방전사)の人事編と目撃者たちの証言によって裏付けられた[20]

韓国軍は慰安婦を「特殊慰安隊」と名付け、慰安所を設置し、組織的体系的に慰安婦制度をつくった[21][22]

第五種補給品[編集]

尉官将校だった金喜午の証言では、陸軍内部の文書では慰安婦は「第五種補給品」とよばれた[21][23]

軍補給品は1種から4種までだったため、そのように呼ばれた[21][23]

韓国軍慰安婦の類型[編集]

金貴玉によれば、韓国軍慰安婦の類型には、軍人の拉致、強制結婚、性的奴隷型、昼は下女として働き、夜には慰安を強要されたり、また慰安婦が軍部隊へ出張する事例もあった[21]

また、正規の「慰安隊」とは別に部隊長裁量で慰安婦を抱えた部隊もあった[24]

設置理由[編集]

特殊慰安隊の設置理由は、兵士の士気高揚、性犯罪予防であり、これは日本軍慰安婦と同様のものであった[21]。計画は陸軍本部恤兵監室が行い[21]、1950年7月には韓国政府は軍作戦識見を米軍を中心とした国連軍に譲渡しており、最終的な承認は連合軍が行ったとされる[21]。韓国政府・軍は慰安婦に対して「あなたたちはドルを得る愛国者」として「称賛」されたという[25][9]

慰安婦の輸送方法[編集]

慰安婦は前線に送られる際には、ドラム缶にひとりづつ押し込めてトラックで移送し前線を移動して回り、米兵も利用した[22][6][26]

設置時期と場所[編集]

韓国政府は、韓国軍だけではなく国連軍のための慰安所も運営した。

釜山・馬山[編集]

朝鮮戦争が始まってほどない1950年9月、釜山に韓国軍慰安所が、馬山市に連合軍慰安所が設置され[4]釜山日報の報道によれば、馬山の国連軍用慰安所は5ヶ所あった[27])。

1951年には釜山慰安所74ヶ所と国連軍専用ダンスホール5ヶ所が設置される[4][9]

江陵・春川など[編集]

江陵市には、第一小隊用慰安所(江寮郡成徳面老巌里)が、他に春川市原州市束草市などに慰安所が設置された[21]

ソウルの慰安所[編集]

ソウル特別市地区には以下の3ヶ所が設置された[21]

  • 第一小隊用慰安所(現・ソウル市中区忠武路四街148)
  • 第二小隊用慰安所(現・ソウル特別市中区草洞105)
  • 第三小隊用慰安所(現・ソウル特別市城東区神堂洞236)

朝鮮戦域における日本人慰安婦[編集]

朝鮮戦争では日本人慰安婦も在日米軍基地周辺、また朝鮮半島へも日本人慰安婦が連れて行かれたこともあった[28][29]

朝鮮戦争時の慰安婦の数[編集]

総数は不明。金貴玉教授は朝鮮戦争直前の私娼の数5万人を下ることはないと見ている。なお、朝鮮戦争後には性売買をする女性は30万人余りに達したと推測されている。[20]

韓国陸軍本部が1956年に編さんした公文書『後方戦史(人事編)』によると韓国軍慰安婦は1952年における4小隊に限ったケースだけでも89人の慰安婦が204,560回の行為を行わされた[2][3]

強制連行[編集]

韓国・アメリカ軍に捕えられた北朝鮮軍看護婦。捕えられた北朝鮮女性はレイプされたり強制的に慰安婦にさせられることもあった[5]

韓国軍慰安婦のケースでは韓国政府やアメリカ政府による強制があったとされている[25][2][3][30]。 韓国における慰安婦はアメリカ兵に残忍に殺害されることや、アメリカ兵によるとされる放火で命を落とすこともあった[30]

国連軍による性暴力と強制連行[編集]

崔吉城は論文「朝鮮戦争における国連軍の性暴行と売春」において、朝鮮戦争時には敵国ではない韓国において国連軍がソウル市北部の村で日中、シェパードを連れて女性を捜索し、発見後に強姦に及んだり、またジープにのって民家を訪れ女性を強制連行して性暴力をはたらいたことや、韓国人兵士が韓国人女性に性暴力や性拷問をはたらいたことを紹介している[31]。性暴力をうけたのは女性だけでなく、10歳位の男子がフェラチオを強要され喉が破裂したこともあった[31]

北朝鮮人女性の強制連行[編集]

朝鮮戦争中に韓国軍に逮捕された北朝鮮人女性は強制的に慰安婦にされることもあった[5]

韓国軍の北派工作員は北朝鮮で拉致強姦により慰安婦をおいていた[3]

捕虜となった朝鮮人民軍女軍[32]、女性パルチザンゲリラ、そのほかに朝鮮人民軍中国人民志願軍の占領地内の住民である朝鮮人女性のうちまだ疎開しなかった女性などが、共産主義者を助けたとの名目で強制的に性奴隷にされた。


朝鮮戦争休戦からベトナム戦争まで[編集]

閉鎖と存続[編集]

1953年7月27日の朝鮮戦争の休戦にともない各慰安所は1954年3月に閉鎖され[21]、翌1954年に「正規」の「慰安隊」はなくなったが、事実上の慰安隊が私娼の形で存続し費用は「厚生費」などの名目で支出されていた[20]

軍隊慰安所は公式には解体されねばならなかったが、韓国政府とアメリカ政府は存続の協議のため「性病対策委員会」を設置した[9]。1957年の会議では米経済調整官室(Office of Economic Coodinator,OEC)側は、決定を韓国側で行ってほしいと韓国側に要請し、ソウル、仁川、釜山に接客業所やダンスホールを指定し設置した[9]。こうして洋公主は、国家管理によって慰安婦と「米軍同居女」の二つに分類されるようになり、東豆川や議政府という基地村が栄えていった[9]

1955年のソウル市警察局によると米軍相手の性売買女性は61,833名であった[4]

売春業者による誘拐事件[編集]

朝鮮では1930年代にも売春斡旋業者による少女誘拐事件が頻発したが[33]、朝鮮戦争後も売春斡旋業者による少女誘拐事件が発生している。1956年4月には「売淫ブローカー」によって少女2名が誘拐[34]

また1956年7月11日の東亜日報は「田舎の処女誘引 売春窟に売った女人検挙」との見出しで、少女を誘拐し売春を強要した容疑で老婆が逮捕されたと報道している。

慰安婦の自殺[編集]

アメリカ軍(美軍)慰安婦2名が韓国釜山で悲観のあまり自殺したことを報じる1957年7月21日東亜日報

韓国におけるアメリカ軍相手の女性達は自殺や中毒により死亡することもあった[30]1957年7月21日付け東亜日報で、アメリカ軍慰安婦がわが身を悲観して自殺したと報道される[7]1959年7月30日付け東亜日報で、慰安婦が悲觀自殺したと報道される[7]

韓国政府による慰安婦政策:「特殊観光」[編集]

1960年代の韓国ではアメリカ軍相手の売春が国家を挙げて奨励され、国民総生産の25%を占めていた[35][9]1962年の韓国の相場では、ショートタイムで2ドル、ロングタイムで5ドルであった[6]。固定的な性的関係を持つことによって月給をもらう女性もいた[6]

1970年代になると、外貨稼ぎの主軸とみなされるようになり[9]、慰安婦・洋公主たちは「ドルを稼ぐ愛国者」、「真の愛国者」、「ドルを稼ぐ妖精」「民間外交官」[9]と韓国政府から称賛された[25][36][37][30][9]

1961年、朴正煕政権は観光事業振興法を制定し、免税ビールを許可された特殊観光施設業者を指定し、赤線地帯を設立していった[9]。1962年6月には保健社会部、法務部、内務部合同で韓国国内の104カ所の淪落地域を設置、龍山駅、永登浦駅、ソウル駅、梨泰院、東豆川、議政府などもそこに含まれた[9]。国内で管理売春政策をすすめる一方、1962年4月に韓国は人身売買禁止条約に署名している[9]

朴正煕政権は、慰安婦を新たに「特殊業態婦」という呼称でよぶようになり、特殊観光協議会韓米親善協会が、売春の制度基盤となった[9]

1960年代の東豆川だけで未登録の私娼が1万名のものぼり、米兵2,3名あたり1名の娼婦がいた[9]1962年の韓国ではアメリカ兵相手の慰安婦として2万名以上が登録されていた[6][38]。韓国政府推算では1万6000名[9]

自治体による慰安婦管理[編集]

慰安婦への教養講習が伊淡支署主催で行われていることを報ずる東亜日報1961年1月31日

慰安婦の性病罹患が問題視されてから行政による実態調査が行われ、1959年9月の韓国保健社会省の性病保菌実態の報告では、接待婦の15.6%、私娼の11.7%、慰安婦の4.5%、ダンサーの4.4%が罹患していた[6]。1959年10月には、慰安婦の66%が性病保菌であることが検査でわかった[39][7]

朴正煕政権は性病を規制をする目的として、慰安婦を自治会に所属させ、身元などを正確に把握させた上で相互監視を行わせる教育と管理システムを運営し、自治会長は韓国警察や韓国公務員によって選定された[14]

1961年1月27日、東光劇場で伊淡支所主催の慰安婦向け教養講習会が開かれ、800余名の慰安婦、駐屯米軍第7師団憲兵部司令官、民事処長など米韓関係者が出席、慰安婦の性病管理について交流を行った[40]

1961年、ソウル市社会局が「国連軍相手慰安婦性病管理士業界計画」を立案、9月13日には「UN軍相対慰安婦」(国連軍用慰安婦)の登録がソウル市警で開始された[8]

モンキーハウス[編集]

韓国での慰安婦たちの写真や個人情報などはアメリカ軍も管理しており[14]、韓国におけるアメリカ軍相手の慰安婦は性病の疑いをもたれると韓国警察によりモンキーハウスと呼ばれる窓に柵のされた施設に、ジープやトラックにのせられ[9]、留置され強制的に薬を完治するまで飲まされることとなっていた[25]。また、性病に罹患した女性達は治るまでの間は強制的に拘置所に隔離されていたと在韓米軍の性病報告に記録されている[36][9]。また、病気ではないと証明された場合には犬のようにタグを付けることを強制された[30]

韓国におけるアメリカ軍相手の慰安婦達は容易に行為の相手から見分けがつき易いように番号札をつけることを強制されていた[25]。 また、韓国政府は女性達に韓国を助けるために来た兵士達が満足するように清潔にしなさいと指導した[30]

ベトナム戦争時[編集]

米国の性政策[編集]

ベトナム戦争のときに米軍は公認の慰安所でなく、現地の売春婦を買春した(慰安婦#アメリカ軍慰安婦を参照)。ベトナムでは、料金は500ピアストル(2ドル)で、女性の手取りは200ピアストル(0.8ドル)で、残りは業者のものとなった[10]

1970年代初、アメリカ軍は韓国政府に韓国における基地村浄化事業を行うよう要求した[14]1971年8月、吴致成内務長官が各警察署に保健当局と協力して慰安婦の性病予防策を講じ教養を強化するように命令した[18]

韓国の性政策[編集]

ベトナム戦争に参戦するにあたり韓国政府は朝鮮戦争時と同様な「慰安隊」設置を計画したが、米軍の反対に遭い実現はしなかった(駐越韓国軍司令官)。このことがベトナムの民間女性に対する強姦事件が多発したことの一因になったとされる[41]

韓国軍による性暴力[編集]

韓国軍兵士はベトナム人女性を多数強姦し、フォンニィ・フォンニャットの虐殺においてはレイプ後、虐殺するケースが多かったとされる[42]。韓国軍兵士によるレイプによって妊娠したベトナム人女性が生んだ父のいない混血児たちをライダイハン(𤳆大韓、ライ「𤳆(チュノム表記、U+24CC6)」はベトナム語で動物を含む「混血雑種」を意味する蔑称)といい、その数は3万人にのぼるともいわれる[43]

韓国軍が制圧した地区で殺害されなかった女性は、ほとんど慰安婦にされたといわれる[44]

ベトナム戦争時の慰安婦の数[編集]

ベトナム戦争末期にはベトナムでは30万人から50万人の慰安婦がいた(Cynthia Enloeによる[45][46])[10]アメリカ陸軍第1師団第3旅団(将兵4000名)ではベトナム女性60人が住み込みで相手した[10]

1980年代までに100万人超の韓国女性が米軍の相手をした[38]

全斗煥政権[編集]

基地村浄化キャンペーン[編集]

全斗煥政権(1980年 - 1988年)の時代には、全斗煥大統領による基地村浄化キャンペーンが実施されると売春婦とアメリカ兵との関係の発展を目指して、エチケット講義が行われるとともに頻繁に薬物療法が行われるようになった[30]。医師免許を持たない医者達の前で脚を広げることを強制され、抗生物質を打たれて死にいたる女性もいた[30][14]。女性達が逆らうと医者達に暴力を振るわれて監禁されることとなっていた[30]

1990年代から現在まで[編集]

朝鮮戦争時に設置された束草の慰安所は休戦後、私娼の集娼地が形成され、1990年代まで軍の慰安所として機能していた[21]。1990年ころも、軍の訓練所の外に 俗に「毛布部隊」と呼ばれる私娼窟があった[20]

韓国では旧日本軍慰安婦問題だけでなく、在韓米軍を相手にした慰安婦(売春婦)の問題も、在韓米軍慰安婦問題として社会問題にもなっている。1990年までに韓国における米軍相手の売春婦は25万から30万にのぼった[31]

尹今伊殺害事件[編集]

1992年10月には、米兵のケネス・マークル(Kenneth Markle)が米軍専用クラブの従業員で「洋公主[9]」の尹今伊(ユン・クミ(グミ[9])[47]を殺害し、膣にコーラ瓶、肛門には傘が刺され全身に洗濯用洗剤がまかれたままの遺体で見つかるという尹今伊殺害事件が発生し、反米運動にまで発展し、翌1993年には駐韓米軍犯罪根絶運動本部が設置された[31][48]

フィリピン人・ロシア人等外国人慰安婦と強制売春[編集]

1980年代までは韓国人女性達は、韓国政府やアメリカ人により在韓米軍相手の売春を強制されていた[25]。韓国人女性達への強制が終わると、ロシア人女性やフィリピン人女性達が代わりとなった[4][49]。ほか慰安婦の出身地は、ボリビアペルーモンゴル中国バングラデシュキリギスタンウズベキスタンなどがある[49]

1990年代以降の韓国では、在韓米軍基地の近くでフィリピン人女性達が、韓国人業者により売春を強制されていると報告された[50][51]。1990年代中ごろから2002年までに5000人のロシア人やフィリピン人女性達が密入国させられた上で売春を強制させられていた[50][52]

2000年代の韓国では、韓国軍相手の女性達の90%がロシア人やフィリピン人女性などの外国人であるとされている[30]2009年時点では、米軍基地近接地で売春を強制させられている女性に占めるロシア人女性の比率は減少したが、フィリピン人女性の比率は増加した[51]。なお、韓国では現在は売春は違法行為である[53]

ジューシーバー問題[編集]

韓国でアメリカ軍を相手とするジューシーバーで働くフィリピン女性たちが人身売買の状況下に置かれている問題がある[54]。韓国では売春は違法行為であるがアメリカ軍相手の売春を行っているバーなどは当局の摘発対象外とされている[55]。アメリカ軍相手の売春を強要されているフィリピン女性たちは、フィリピンに進出している韓国企業によって韓国で歌手として働くためと称した募集に応じた女性たちである[56]在韓米軍自身もこれらの女性たちは歌手、ダンサーになることを夢見て韓国に来たが売春を強要されていることを報じている[54]。フィリピン女性たちはヤンキー売春婦、コメで動くチビ茶色のファッキンマシーンなどの軽蔑的な呼称で呼ばれてきた[11]。1000人を超えるフィリピン女性、ロシア女性を米軍基地周辺のクラブで人身売買したとしてクラブ経営者が訴えられることもあったが韓国の裁判官は訴えを却下してきたが[57]、2002年にアメリカのフォックステレビが韓国に人身売買された女性たちが売春を強要されていることを報じると[57]、翌年からは監禁され売春を強要させられていた一部のフィリピン女性への賠償を命じる判決を出したり、フィリピン女性たちを監禁して売春を強制していた経営者に対しては執行猶予社会奉仕の判決を下すケースも存在するようになった[58]。2000年以降、韓国の売春宿に監禁されている外国女性などが多数火事で焼死する事件が相次いでいる[12]。2009年にアメリカ軍の機関紙である星条旗新聞は、韓国でジュースをクウォーター制で売る女性たちは売り上げ次第で店主から売春を強要させられていることを明らかにしている[54]

フィリピン政府の対応

これらの状況に対して、フィリピン大使館はフィリピン女性たちが売春を強制されているバーの監視リスト作成したり女性たちの裁判を支援する動きを見せている[59]

米政府・米軍の勧告

2010年にアメリカ国務省は韓国の米軍基地周辺のバーで働く女性達の状況について、現在進行中の人身売買であるとする報告を行っている[54]2012年在韓米軍ジューシーバーで高いドリンク代を支払うことは現代における奴隷制の一つである人身売買業を支援することであるとする動画をユーチューブに投稿した[60][54]

韓国と米国に対する慰安婦訴訟[編集]

2009年韓国系アメリカ人の元慰安婦らが米兵との性的行為を1960年代から1980年代にわたり強制されたとして、米軍と韓国政府に対して損害賠償をもとめてアメリカで提訴した(在韓米軍慰安婦問題)。原告の慰安婦らは韓国政府は米軍のためのポン引きだったと批判している[25]

その後、謝罪と補償を求める女性たちもいるが、韓国最高裁は売春である不法行為に基づく損害賠償請求であるとして棄却している[要検証 ][61]

韓国軍・米軍慰安婦問題[編集]

韓国では、日本軍慰安婦問題について1980年代から1990年代にかけて社会問題、さらに日韓の外交問題ともなっていた。他方、1990年代後半になると、大韓民国国軍あるいは米軍にレイプされた韓国軍慰安婦の存在について韓国内で公論化され始めるようになった。

1997年にはアメリカでヤン・ヒュナ(Yang Hyunah)が韓国軍慰安婦の研究論文「Revisiting the Isuues of Korean Military Comfort Women」を発表し[62]、同年、ヒュン・S・キム(Hyun S.Kim)とJT・タカギとヘ・ジュン・パク(Hye-Jung Park)は「The Woman Outside:Korean Women and the U.S.Militaly [7]」を発表した。

研究と資料閲覧禁止[編集]

韓国軍慰安婦については1996年に韓国慶南大学教授の金貴玉が、大韓民国陸軍本部軍事監室『後方戦史(人事篇)』(1956年刊)の調査で、朝鮮戦争時に大韓民国陸軍が慰安婦を徴集していたことや、同書には当時の記録や統計がおさめられていることを明らかにした[2][3]

金喜午(김희오)大将は韓国軍慰安婦について明らかにされたくはない恥ずかしい軍部の恥部であるが事実であると語った[5]。しかし、韓国の学会や運動団体からは韓国軍慰安婦は公娼であるし、また「身内の恥をさらすもの」「日本の極右の弁明の材料となりうる」と警告し、韓国国防部所属資料室の慰安婦資料の閲覧は禁止された[21]

2000年代[編集]

日本でも 崔吉城が2001年に「朝鮮戦争における国連軍の性暴行と売春」を発表した[31]

2002年2月金貴玉姜貞淑などにより韓国軍慰安婦の存在が公開され、朝日新聞2002年2月24日の報道では、金らは1948年の韓国政府の公娼廃止令に背いて、約3年間不法に公娼を設置・運営していたと発表した[63]。2002年の韓国メディアでは韓国軍慰安婦の存在を認める報道もなされてた[3][5]

しかし、2012年に、最大発行部数を誇る朝鮮日報従軍慰安婦は日本軍の性奴隷であるが[64]、韓国軍慰安婦の存在については歪曲であると主張している[64]

韓国の慰安婦に関する諸説[編集]

日本軍慰安所との関連[編集]

金貴玉は当時設置を行った陸軍関係者がかつて日本軍として従軍していたことなどから、「韓国軍慰安所制度は日本軍慰安所制度の延長」としている[21]。また在韓米軍基地は日本軍基地を転用したものがほとんどで、米軍は基地周辺の売春街も活用したことも背景にある[9]

また、「慰安(婦)」という言葉が共通していることなどから韓国軍慰安婦は旧日本軍慰安婦にならってつくられたと考えられている。しかし、旧日本軍の慰安婦が民営であったのに対し、韓国軍の慰安婦は軍直営を超えて「慰安隊」として正規の軍組織となっていた点で大きく異なる。なお、日本軍慰安婦の場合は公募によるものであり、当時の公務員の平均給与を超えた高額給与が慰安婦に支払われていた(日本の慰安婦参照[20])。韓国系アメリカ人の研究者でサンフランシスコ州立大学教授のサラ・ソー (C. Sarah Soh) は2009年の著書で、慰安婦を「性奴隷」や戦争犯罪とむすびつけて描写するのは不正確であるとしたうえで、韓国政府と韓国議会が日本軍慰安婦問題を扇情的に扱い、異論を許さないまま「日帝による被害の物語」を国民に押し付け、誤導したと批判している[65]。ソー教授は「慰安婦が強制連行された」という物語は陳腐な教義[66]であり、韓国政府の政治戦略的な誇張が慰安婦問題の深い理解とその解決を妨害しているとして、韓国社会が被害者意識から脱却すること、また韓国もまた元慰安婦にトラウマを与えた共犯者であり、慰安婦制度それ自体は戦争犯罪ではなかったことを受け入れるべきだとした[65]

現代の妓生、キーセン[編集]

川村湊は「李朝以前の妓生と、近代以降のキーセンとは違うという言い方がなされる。江戸期の吉原遊郭と、現代の吉原のソープランド街が違うように。しかし、その政治的、社会的、制度的な支配−従属の構造は、本質的には同一である」とのべ[67]、現代のソウルの弥亜里88番地のミアリテキサス清凉里 588といった私娼窟にも「性を抑圧しながら、それを文化という名前で洗練させていった妓生文化の根本にあるものはここにもある」と述べている[68]

元ソウル警察署長による公娼制度復活論[編集]

2012年9月にはソウル鍾岩警察署長として風俗街「ミアリテキサス」の取締りを行ったこともある漢南大学警察行政学科教授の金康子はテレビ朝鮮の番組[69]で韓国では生計のために売春業を行う女性たちへの支援制度もなく、また警察力の限界もあるとして限定的な公娼制度を導入すべきと主張した[70]

脚注[編集]

  1. ^ a b Yang Hyunah,Revisiting the Isuues of Korean Military Comfort Women,Positions5(1),1997.
  2. ^ a b c d e f g “朝鮮戦争時の韓国軍にも慰安婦制度 韓国の研究者発表”. 朝日新聞. (2002年2月24日). http://web.archive.org/web/20020223225519/http://www.asahi.com/national/update/0223/028.html 2010年3月9日閲覧。 
  3. ^ a b c d e f g 미니 인터뷰‘한국군 위안부’문제 제기한 김귀옥 박사 “밝혀진 건 퍼즐의 일부”(ミニインタビュー '韓国軍慰安婦'問題提起キム・グィオク博士 "明らかになったのは、パズルの一部") 日曜時報 2002年3月26日323号(朝鮮語)
  4. ^ a b c d e f "米国と韓国の軍の性売買は国際法違反" (“미국과 한국의 미군성매매는 국제법 위반”) 統一TV 2008年10月17日(朝鮮語)
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参考文献[編集]

外部リンク[編集]

関連項目[編集]