桜井広大
| 香川オリーブガイナーズ #0 | |
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阪神時代(2009年7月15日、阪神鳴尾浜球場)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 滋賀県野洲郡野洲町(現:野洲市) |
| 生年月日 | 1983年7月1日(28歳) |
| 身長 体重 |
180cm 88kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2001年 ドラフト4巡目 |
| 初出場 | 2007年5月18日 |
| 最終出場 | 2010年10月17日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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桜井 広大(さくらい こうだい、1983年7月1日 - )は、香川オリーブガイナーズに所属するプロ野球選手(外野手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
1983年に滋賀県野洲市で生まれる。野洲町立三上小学校3年時に野球経験のある父の影響で野球を始め、三上スポーツ少年団で滋賀県大会優勝。小学6年で身長170cmに成長し、野洲町立野洲中学校時代は滋賀野洲ボーイズに所属し、関西選抜として世界大会3位。3年時に陸上競技の3種競技A(走高跳、砲丸投、100m)で県大会優勝。
1999年にPL学園高校へ入学し、2年時に第82回全国高等学校野球選手権大会に出場。その後は同校が部内暴力事件による半年間の対外試合禁止処分を受けたことにより公式戦にも出場できなかった。高校通算28本塁打。2001年のドラフト会議において、阪神タイガースから4巡目で指名され、入団。PL学園高校から直接阪神に入団した初めての選手となった。
[編集] 阪神時代
新人時代から二軍の中軸を任されるなど打撃面で大きな期待を寄せられたが、守備難や一軍外野陣の存在もあって入団から5年間は一軍昇格がなかった。6年目の2007年に二軍で打率.333と好調を維持していたところ、濱中治・今岡誠・アンディ・シーツが不振に陥ったため、5月18日の対横浜ベイスターズ戦で一軍初出場し、翌日には初先発出場を果たすと同時にプロ初安打を放った。その後も好調を維持していたが、10月14日のクライマックスシリーズ第1ステージ(対中日ドラゴンズ戦)でタイロン・ウッズと激突して左膝膝内症と診断され、オフはリハビリに費やした。
2009年に初のシーズンニ桁本塁打を放ち、規定打席には届かなかったが自己最多の103試合に出場し、3割超の打率に12本塁打・42打点を記録した。2010年は開幕からレギュラーとなり、同年のチーム初本塁打を放つも、7月11日に右肘痛が原因で降格する。8月10日に再昇格した2日後の対広島東洋カープ戦で城島健司・狩野恵輔と共に3者連続本塁打を放った。しかし復帰はしたものの右肘は完治しておらず、オフに右肘の手術に踏み切った。
2011年も右肘の痛みが完治せず、一軍出場がないまま10月9日に戦力外通告を受け[1][2]。12月2日に自由契約公示された。2012年2月16日に独立リーグ・四国アイランドリーグplusの香川オリーブガイナーズ入団が発表され[3]、背番号は0に決まった。
[編集] 人物
筋肉質の体格で、高校3年の時にはベンチプレス120kg、 背筋力280kg、 握力70kgを記録している。入団時の計測では胸囲110cm、太もも周り64cm、遠投110m、100m走11秒06であった。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | 阪神 | 91 | 291 | 260 | 31 | 73 | 18 | 2 | 9 | 122 | 43 | 1 | 1 | 2 | 2 | 22 | 0 | 5 | 71 | 2 | .281 | .346 | .469 | .815 |
| 2008 | 25 | 44 | 40 | 2 | 5 | 0 | 0 | 0 | 5 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 13 | 1 | .125 | .205 | .125 | .330 | |
| 2009 | 103 | 320 | 281 | 33 | 85 | 14 | 4 | 12 | 143 | 42 | 2 | 4 | 2 | 2 | 32 | 1 | 3 | 53 | 4 | .302 | .377 | .509 | .886 | |
| 2010 | 89 | 272 | 243 | 22 | 62 | 7 | 1 | 9 | 98 | 30 | 1 | 0 | 0 | 2 | 23 | 0 | 4 | 50 | 5 | .255 | .327 | .403 | .730 | |
| 通算:4年 | 308 | 927 | 824 | 88 | 225 | 39 | 7 | 30 | 368 | 116 | 4 | 5 | 4 | 6 | 81 | 1 | 12 | 187 | 12 | .273 | .345 | .447 | .792 | |
[編集] 表彰
- JA全農Go・Go賞 2007年8月(最多二・三塁打賞)
[編集] 記録
- 初出場:2007年5月18日、対横浜ベイスターズ6回戦(阪神甲子園球場)、8回裏に久保田智之の代打として出場
- 初打席:同上、8回裏にマーク・クルーンの前に空振り三振
- 初先発出場:2007年5月19日、対横浜ベイスターズ7回戦(阪神甲子園球場)、8番・中堅手として先発出場
- 初安打:同上、5回裏に土肥義弘から右前安打
- 初盗塁:2007年6月10日、対福岡ソフトバンクホークス3回戦(阪神甲子園球場)、3回裏に二盗(投手:杉内俊哉、捕手:山崎勝己)
- 初打点:2007年6月16日、対千葉ロッテマリーンズ3回戦(千葉マリンスタジアム)、9回表に小林雅英から右翼フェンス直撃2点適時二塁打
- 初本塁打:2007年7月11日、対読売ジャイアンツ11回戦(東京ドーム)、5回表に久保裕也から左越3ラン
[編集] 背番号
- 51 (2002年 - 2011年)
- 0 (2012年 - )
[編集] 脚注
- ^ 阪神・桜井が戦力外に…右肘手術も完治に至らずスポーツナビ、2011年10月9日閲覧。
- ^ 桜井、戦力外…真弓阪神リストラ第1弾sanspo.com、2011年10月9日閲覧。
- ^ “元・阪神タイガース桜井広大選手入団のお知らせ”. 香川オリーブガイナーズ (2012年2月16日). 2012年2月16日閲覧。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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