ポール・ピアース
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| ポール・ピアース Paul Pierce ボストン・セルティックス No.34 |
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| 名前 | |
|---|---|
| 本名 | Paul Anthony Pierce |
| 愛称 | The Truth |
| ラテン文字 | Paul Pierce |
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 生年月日 | 1977年10月13日(31歳) |
| 出身地 | オークランド |
| 身長 | 201cm |
| 体重 | 106.6kg |
| 選手情報 | |
| ポジション | SG/SF |
| ドラフト | 1998年 10位 |
ポール・ピアース(Paul Pierce, 1977年10月13日 - )は、アメリカ合衆国のバスケットボール選手。カリフォルニア州オークランド出身。北米プロバスケットボールリーグNBAのボストン・セルティックスに所属している。ポジションはSG、SF。身長201cm、体重107kg。高いシュート力で大量得点を挙げる、ボストンのフランチャイズプレイヤー。ニックネームは「The Truth」。ニックネームの由来は身体能力に頼った派手プレーではなく基本に忠実なプレースタイルを貫くことから来ている。ちなみにこのニックネームをつけたのはシャキール・オニールである。日本語表記では「ポール・ピアス」とも表記される。
目次 |
[編集] 略歴
名門カンザス大学のスターであったピアースはオールアメリカンの1stチームにも選出されドラフトの目玉選手であった。1998年のNBAドラフトで最も嫌いだったボストン・セルティックスから全体10位指名を受けNBA入りした(このとき上位3位以内は確実とも期待されていたが、本人も驚くほどの遅い指名順位だった)。ピアースがセルティックスを嫌っていた理由は、少年時代から大ファンであったロサンゼルス・レイカーズの当時のライバルチームだったからである。ルーキーシーズンから、16.5得点、6.4リバウンド.2.4アシストという、高い数字を残し、オールルーキー1stチームに選出された。
その後も迫力あるダンクと、高い成功率を誇るジャンプショットでチームに貢献。ところが3シーズン目の開幕前に、後述の事件により不安がよぎった。ところが驚異的な回復力で約1ヵ月後の開幕戦に復帰。さらには満身創痍ながら初の全82試合に先発出場し周囲を驚かせた。
以降ピアースはセルティックスの新たなフランチャイズプレーヤーへと成長していく。2002年のプレイオフには、ウォーカーとのコンビでチームをカンファレンスファイナルまで導き、ニュージャージー・ネッツ相手に死闘を演じた。2002,2003年にはオールNBAサードチームに選出された。また、NBAオールスターゲームにも、5回出場している。
2003年以降は徐々にチーム成績が低下していき、何度もトレードが噂された。しかし今ではトレード話は殆ど聞かなくなった。しかし06-07シーズンにはオフに手術した左肘以外の新たなケガで長期欠場、さらにチームが20連敗をするなど、チームは泥沼状態に陥った。
これまでピアースは劣悪なチーム状況の中にいるグッドプレーヤーの典型であったが、チームに対して補強を強く要求したことが功を奏し、チームが改革に乗り出した。リーグ屈指のシューターレイ・アレンに加え、ミネソタ・ティンバーウルブズで同じく苦汁を舐め続けたケビン・ガーネットまでが立て続けにセルティックス入りを果たし、NBAでも屈指のビッグスリーが形成された。2007-08シーズン、協調性を重んじる3人のスターは見事なパフォーマンスを見せ、レギュラーシーズンを全体1位通過すると、プレーオフでも順当に勝ち上がりファイナルに進出。幼少時代から見てきたレイカーズとの古豪対決を制し、優勝を果たした。ファイナル第1戦に右膝を捻挫したものの、シリーズを通してチームを支えファイナル6戦で平均21.8得点、4.5リバウンド、6.3アシストの活躍でピアースはファイナルMVPの栄冠に輝いた。
[編集] 刺傷事件
ピアースはデビュー3シーズン目を目前にした2000年9月25日、ロサンゼルスのナイトクラブにて暴漢に襲われ瀕死の重傷を負うという悲惨な事件に巻き込まれた。ガラスの瓶で頭を殴られ、顔、首、背中など全身11ヶ所を刺されるなどして病院に運ばれ、緊急手術を受けた。肋骨に受けた刺し傷は肺までわずか1インチ足らずのところまで達していたそうである。ところがそのわずか3日後に退院し、驚異的な精神力と回復力で約1ヵ月後の開幕戦に復帰を間に合わせた。さらには満身創痍ながらもチーム唯一の、全82試合に先発出場し周囲を大いに驚かせた。さらにアントワン・ウォーカーを上回る平均25.3得点を挙げチームのリーディングスコアラーに急成長した。
[編集] プレイスタイル
キャリア通算で1試合平均23.2得点という高いオフェンス能力を持つ。05-06シーズンにはキャリアハイの1試合50点を挙げるなど、バスケットセンスの良さは定評がある。NBAのスコアラーにしては珍しく身体能力に頼ったプレーは少なく、クイックネスなどは平均的ながらも、シュートセレクションの良さや駆け引きの巧さで得点していく。シューティングガードとスモールフォワードを兼任できるスウィングマンの典型で、フィジカルは強く幅のある体でファウルをもらいフリースローを確実に沈めていくことができる一方、3ポイントシュートは毎年100本以上決められる能力を携える高精度なシューターでもある。(01-02シーズンには210本もの3ポイントシュートを成功させた)。
得点だけでなく、様々な面でチームに貢献するオールラウンダーでもある。ピアースのサイズはNBAの中でも平均的だが1試合で7リバウンド、4アシスト近く計算できる総合能力を備える。時にはポイントフォワードをこなす事もある。 また、前述の事件などもあり心身ともに非常にタフな選手として知られる。
[編集] 受賞歴
- オールルーキーファーストチーム:1999
- オールスター出場: 2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2008, 2009
- オールNBAセカンドチーム:2009
- オールNBAサードチーム:2002, 2003, 2008
- ファイナルMVP:2008
- シーズン最多総得点:2002 (2144)
[編集] 外部リンク
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