ショーン・マリオン
| ショーン・マリオン Shawn Marion ダラス・マーベリックス No.0 |
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| 名前 | ||||||||||||
| 本名 | Shawn Dwayne Marion | |||||||||||
| 愛称 | ザ・マトリックス | |||||||||||
| ラテン文字 | Shawn Marion | |||||||||||
| 基本情報 | ||||||||||||
| 国 | ||||||||||||
| 誕生日 | 1978年5月7日(35歳) | |||||||||||
| 出身地 | イリノイ州シカゴ | |||||||||||
| 身長 | 201cm | |||||||||||
| 体重 | 103.4kg | |||||||||||
| 選手情報 | ||||||||||||
| ポジション | SF/PF | |||||||||||
| 背番号 | 0 | |||||||||||
| ドラフト | 1999年 9位 | |||||||||||
| 経歴 | ||||||||||||
| 1999-2008 2008-2009 2009 2009- |
フェニックス・サンズ マイアミ・ヒート トロント・ラプターズ ダラス・マーベリックス |
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ショーン・ドウェイン・マリオン(Shawn Dwayne Marion, 1978年5月7日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ出身のバスケットボール選手。NBAのダラス・マーベリックスに所属している。人間離れした身体能力を持つことから、「マトリックス」の異名を持つ(右足に縦書きで「魔鳥樟」とタトゥーも入れている)。ポジションはフォワード。身長201cm、体重104kg。
目次 |
経歴 [編集]
インディアナ州の短大を終えた後、ネバダ大学ラスベガス校に編入した。そこで1年プレイしたのち1999年のNBAドラフトにおいてフェニックス・サンズから9位指名を受けた。ルーキーイヤーの1999-00シーズンは平均得点を2桁に乗せ、オールルーキーセカンドチームに選出された。
7シーズンのNBAキャリアで5回プレーオフに進出。中でも、2004-05シーズンはリーグトップの62勝(チーム記録1位タイ)をマーク。ダラス・マーベリックスから移籍したリーグ屈指のポイントガードであるスティーブ・ナッシュや、怪我から復帰したインサイドの中心アマレ・スタウダマイアーなどと共にリーグを席巻した。
本来スモールフォワードのマリオンが、パワーフォワードとしてプレイすることによって、リーグ最高のランアンドガンオフェンスを展開した。
2005-06シーズンは、ジョー・ジョンソンらの移籍やスタウダマイヤーの長期離脱などで苦戦が予想されたが、マリオンは得点・リバウンド・FG%でキャリアハイをマークする活躍で、チームを西地区決勝まで導いた。翌2006-07シーズンにはスタウダマイヤーが復活し、サンズは61勝21敗と高い勝率でレギュラーシーズンを終えたが、プレイオフではカンファレンスセミファイナルでサンアントニオ・スパーズの前に敗退した。
シーズンオフに入ると、マリオンは自身がチーム内においてナッシュやスタウダマイヤーに次ぐ3番手選手という扱いに不満を漏らすようになった。チームもマリオンのトレードを模索するようになり、そして2007-08シーズン途中の2月に、シャキール・オニールとの交換でマーカス・バンクスらと共にマイアミ・ヒートに移籍することになった。
その後移籍したダラス・マーベリックスでは主力の一角として定着。2010-2011シーズンを制覇し、自身初のチャンピオンリングを獲得した。
オールスター戦にはこれまで3度出場。2004年には米国代表選手としてアテネオリンピックに出場、銅メダルを獲得した。
プレースタイル [編集]
スピードと跳躍力に優れ、NBAではごく平均的体格ながらあたりにも強いタフネスを誇る。この身体能力を生かし、インサイドへ走りこむ、或いは飛びこんでいくプレーでダンクやリバウンドを量産している。特に通算で1試合平均10本を超えているリバウンドは身長201cm・体重103kgの選手としては驚異的である。また、アウトサイドシュートも確率が高く、レジー・ミラーの大ファンであったことから3ポイントシュートも上手い(背番号もミラーとおなじ31)。ただしシュートフォームが非常に独特であり、トレーナーからシュートフォームの改善指導を受けたが、成功率が下がってしまい結局今のシュートフォームを貫いている。
ディフェンダーとしても優秀で、スティールやブロックショットの部門でも毎年上位にランクインしている。2003年のマイケル・ジョーダン最後のオールスター戦では、試合終盤にジョーダンのマークマンとして起用された。
人気やメディアの扱いはイマイチだが、コーチ推薦によるオールスター出場3回、3度のナショナルチーム選出と専門家による評価は非常に高く、上記でも分かるとおり、リーグ屈指の実力者であることは間違いない。
受賞歴 [編集]
- オールルーキーセカンドチーム:2000
- オールNBAサードチーム:2005, 2006
- オールスター出場:2003, 2005, 2006, 2007
外部リンク [編集]
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