ジェームス・ポージー

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ジェームス・ポージー
James Posey
James Posey Hornets.jpg
名前
本名 James Mikely Mantell Posey, Jr.
ラテン文字 James Posey
基本情報
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1977年1月13日(37歳)
出身地 クリーブランド
身長 203cm
体重 98kg
選手情報
ポジション スモール・フォワード
ドラフト 1999年 18位
経歴
1999-2002
2002-2003
2003-2005
2005-2007
2007-2008
2008-2010
2010-2011
デンバー・ナゲッツ
ヒューストン・ロケッツ
メンフィス・グリズリーズ
マイアミ・ヒート
ボストン・セルティックス
ニューオーリンズ・ホーネッツ
インディアナ・ペイサーズ

ジェームス・ポージーJames Mikely Mantell Posey, Jr.1977年1月13日-)は、アメリカ合衆国オハイオ州クリーブランド出身のバスケットボール選手。身長203センチ、体重99キロ。

経歴[編集]

キャリア初期

ザビエル大学で3年間プレーし、1999年のNBAドラフトデンバー・ナゲッツより18位指名を受けNBA入りをした。

ナゲッツでは主に先発メンバーとして3シーズンプレーした。その後2002年12月にヒューストン・ロケッツへトレードで移籍し1シーズン過し、その後は2003年のオフに自由契約となりメンフィス・グリズリーズへ移籍し2シーズンプレーした。

マイアミヒート

2005年オフに、NBA史上最多人数となる、5チーム間で13人のトレードによってマイアミ・ヒートへ移籍した。2005-06シーズン、ポージーは主にスターターとしての出場であったが7.8得点、4.8リバウンドと少々物足りない数字であった。プレーオフに入りここで監督のパット・ライリーによってシックスマンとして起用され、彼の価値は見出された。カンファレンス2回戦ではニュージャージー・ネッツのエース、ヴィンス・カーターリチャード・ジェファーソンを激しいディフェンスで抑えると、カンファレンス決勝ではデトロイト・ピストンズの面々に、勝負所でプレッシャーをかけて、ファイナル進出に貢献した。
ダラス・マーベリックスとのファイナルでは相手のエースダーク・ノビツキージョシュ・ハワードを執拗なディフェンスで抑えた。またエースのドウェイン・ウェイドシャキール・オニールがダブルチームで苦しむ中、オープンとなったポージーの3ポイントが要所で決まり、ヒート優勝の影の立役者となった。

ボストン・セルティックス

2007年オフに、ボストン・セルティックスと契約した。ケビン・ガーネットレイ・アレンと大物が加入しチームは話題を集め、特にディフェンス重視のチーム作りにポージーも一役買う事となった。セルティックスは前評判通りファイナルに進出。ロサンゼルス・レイカーズとのファイナルでは、またしてもポージーは相手のエース、コービー・ブライアントに対し激しいディフェンスを見せ、またクラッチタイムでのスリーポイントで、ベンチスタートながら勝利に大きく貢献した。このファイナルでのスリーポイント成功率は5割、フリースローは全投成功。ポージー自身は2つ目のチャンピオンリングを手に入れた。

ニューオーリンズ・ホーネッツ

過去2度のファイナルでの活躍で株を上げたポージーは、2008年オフの7月にニューオーリンズ・ホーネッツと4年2500万ドルの大幅アップで契約した。

インディアナ・ペイサーズ

2010年にインディアナ・ペイサーズへ移籍。1シーズンだけプレーした後は無所属の状態が続いている。

プレースタイル[編集]

粘り強く体を張ったディフェンスで相手のエースを抑えるディフェンスのスペシャリストであり、ポジションを問わないエースキラーである。3ポイントシュートも正確であり、そのプレースタイルはブルース・ボウエンと通じる部分が多いと言える。またルーズボールへの執着心が強く、玉ぎわにも非常に強い。そして何より大舞台での勝負強さが最大の魅力で、数字以上に評価される選手である。近年は、主にシックスマンとして起用され、持ち前のハッスルプレーで、流れをつかみたい場面で仕事をこなす事が期待されている。

外部リンク[編集]