ラマー・オドム

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ラマー・オドム
Lamar Odom
ロサンゼルス・クリッパーズ  No.7
Lamar Odom 2.jpg
名前
本名 Lamar Joseph Odom
愛称 The Goods, Stardom
ラテン文字 Lamar Odom
基本情報
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1979年11月6日(34歳)
出身地 ニューヨーク
身長 208cm
体重 104kg
選手情報
ポジション SF/PF
背番号 7
経歴
1999-2003
2003-2004
2004-2011
2011-2012
2012-
ロサンゼルス・クリッパーズ
マイアミ・ヒート
ロサンゼルス・レイカーズ
ダラス・マーベリックス
ロサンゼルス・クリッパーズ
 
獲得メダル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ
オリンピック
2004 アテネ バスケットボール
世界選手権
2010 トルコ バスケットボール

ラマー・ジョセフ・オドムLamar Joseph Odom1979年11月6日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州クイーンズ区出身のバスケットボール選手。ポジションは主にフォワードであるが、あらゆるポジションをこなせるNBA屈指のユーティリティプレーヤーである。身長208cm、体重104kg。左利き。妻はソーシャライトクロエ・カーダシアン

経歴[編集]

学生時代[編集]

高校時代は、パレード誌選出のプレーヤー・オブ・ザ・イヤーや、USAトゥデイ紙選出の全米ファーストチームに選出された。 その後ネバダ大学ラスベガス校に進学するもオドムは5600ドルの裏金を受け取っていた事が発覚し、オドムはロードアイランド大学に転校する。2年生時には同大学をアトランティック・10カンファレンスのトーナメントで優勝に導いた。

NBA[編集]

ロサンゼルス・クリッパーズ

ロードアイランド大学の2年生終了後、1999年のNBAドラフトにアーリーエントリーし、ロサンゼルス・クリッパーズに1巡目4位で指名され入団。一年目の1999-2000シーズン、オドムは16.6得点、7.8リバウンド、4.2アシストと上々の活躍でオールルーキー1stチームに選出された。その後もまずまずの成績でクリッパーズに4年間所属した。

マイアミ・ヒート

2003年マイアミ・ヒートに移籍。2003年-04シーズンは、1試合あたり17.1点、9.7リバウンドと活躍し、ルーキーのドウェイン・ウェイドと共にプレイオフ進出の原動力となる。シーズン終了後、オドムはカロン・バトラーらと共に、シャキール・オニールとのトレードでロサンゼルス・レイカーズに移籍する。

ロサンゼルス・レイカーズ

レイカーズでの1年目は、コービー・ブライアントとの共演で期待されたがチームは振るわず、名門レイカーズはプレイオフ進出を逃してしまう。

2005-06シーズン、レイカーズはフィル・ジャクソン監督と再び契約し再建を行う。オドムはトライアングル・オフェンスの一角として、元ブルズの名フォワードスコッティ・ピペンの様なポイントフォワードとしての役割を任されるようになった。シーズンが進むにつれオドムはチームと適合し、2試合連続のトリプル・ダブルも記録した。07-08シーズン途中にパウ・ガソルが加入すると、以降6thマンとして重要な役割を担い、08-09、09-10シーズンのNBAファイナル2連覇に大きく貢献した。

ダラス・マーベリックス

2011年12月12日、トレードでダラス・マーベリックスに移籍した。期待されたものの平均6.6得点、4.2リバウンドにとどまり、2012年4月契約を解除されることとなった[1]

ロサンゼルス・クリッパーズ

2012年6月29日、古巣のロサンゼルス・クリッパーズに加入した。

オリンピック[編集]

2004年のアテネオリンピックアメリカ代表として参加し平均5.8得点を記録。銅メダルを獲得した。これまでの国際試合のキャップ数は14試合である。

プレイスタイル[編集]

バスケットボールにおける五つのポジションをすべてこなすことができる、NBA有数のユーティリティプレーヤー

208cmと長身ながらボールハンドリングに優れ、ポイントガードのようにドリブルで相手コートに攻め上がることができ、味方を活かすためのパスを捌く。パスの上手さは現役フォワード陣の中でも屈指である。長身に加えて、広いウイングスパンを持ち合わせているため、リバウンド争いに強く毎試合のようにダブル・ダブルを記録することができるなどチームへの貢献度は高い。跳躍力や走力などの能力は平均的だが、強靭な肉体をぶつけ、ハードなディフェンスとオフェンスに対応することができる。バスケットボールIQも高く、知的な戦略をみせることもある。

その他[編集]

  • かつての交際相手との間に2男1女がいる。2006年6月29日、次男が乳幼児突然死症候群により生後6ヶ月で死去。オドムは現在、左胸に息子の名前"Jayden"のタトゥーを入れている。[2]
  • ドラッグ依存症に苦しみ2012年にリハビリ施設に入所するも3週間で退所。妻のクロエに自宅を追い出され行方不明になっていると芸能情報サイトTMZに報じられた[3]

脚注[編集]

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  1. ^ マブスとL・オドムが決別”. nba.co.jp (2012年4月10日). 2012年4月10日閲覧。
  2. ^ Lamar Odom's Son Dies While Sleeping
  3. ^ [1]

外部リンク[編集]