ウィリス・リード

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ウィリス・リード
Willis Reed
殿堂  No.19永久欠番
Willis Reed 1972 publicity photo.jpg
名前
本名 Willis Reed, Jr.
ラテン文字 Willis Reed
基本情報
誕生日 1942年6月25日(72歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ルイジアナ州リンカーンパリッシュ
出身 グランブリング州立大学
身長 208cm  (6 ft 10 in)
体重 109kg (240 lb)
選手情報
ポジション Center
背番号 19永久欠番
ドラフト 1964年NBAドラフト2巡目8位 ニックス
選手経歴
1964-1974
ニューヨーク・ニックス
指導者経歴
1977-1978
1981-1985
1987-1989
ニューヨーク・ニックス
クレイトン大学
ニュージャージー・ネッツ
受賞歴
キャリアスタッツ
  • Points:12,183 (18.7 ppg)
  • Rebounds:8,414 (12.9 rpg)
  • Assists:1,186 (1.8 apg)

ウィリス・リードWillis Reed Jr., 1942年6月25日 - )は、ルイジアナ州バーニス出身のバスケットボール選手、バスケットボール指導者。身長206センチ、体重106キロ。ニューヨーク・ニックスで10シーズン、NBAを代表するセンタープレイヤーの一人として現役時代を過ごした。1996年にはNBA50周年を記念した「50人の偉大な選手」に選ばれた。

経歴[編集]

選手時代[編集]

グランブリング州立大学卒業後、1964年NBAドラフト2巡目全体10位でニューヨーク・ニックスに指名された。最初のシーズンから活躍し平均19.5得点、14.7リバウンドを挙げルーキー・オブ・ザ・イヤー(新人王)を受賞、オールルーキーチームに選出され、オールスターにも初出場した。2年目に平均15.5得点、11.6リバウンドとやや数字を落としたものの、翌1966-67シーズンから1970-71シーズンまで平均20得点13リバウンド以上を記録し続け、後に殿堂入りするウォルト・フレイジャーデイブ・ディバッシャーらの加入もありチームの成績も年々向上していった。

名将レッド・ホルツマンに率いられたニックスは、1969-70シーズンにはフランチャイズ最高の60勝まで勝ち星を伸ばしリードはMVPを受賞、プレイオフではついにNBAファイナルに進出した。リードは足を痛めていたが怪我を押して出場、ウィルト・チェンバレン擁するロサンゼルス・レイカーズとの死闘を制しチャンピオンとなった。そして、リードはファイナルMVPを受賞した。

その後、リードは次第に衰えていったが、チームは1972年1973年にもファイナルに進出しレイカーズと対戦した。1973年に再び優勝を果たし、リードは再びファイナルMVPを受賞した。

そして、翌1973-74シーズン終了後ニックスの選手のまま引退し、10年の選手生活を終えた。

選手引退後[編集]

引退後は、ニックス、クレイトン大学でヘッドコーチを務めた後、ニュージャージー・ネッツのジェネラルマネージャー、副社長に就任。1987-88シーズン途中から1988-89シーズンまで自ら指揮を執った後、ドラフトでデリック・コールマンケニー・アンダーソンらを指名、さらには名将チャック・デイリーを招聘し、80年代のプレイオフ進出に大きな役割を果たした。現在はニューオーリンズ・ホーネッツの副社長を務めている。

業績[編集]

オールNBAには1967年から5年連続で、オールスターには1965年から1971年まで7年連続で選出された。生涯通算得点は12,183点、リバウンドは84,14本だった。

リードの背番号19はニックスの永久欠番になっている。

外部リンク[編集]