ウィリス・リード

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ウィリス・リードWillis Reed Jr., 1942年6月25日 - )は、ルイジアナ州バーニス出身のバスケットボール選手、バスケットボール指導者。身長206センチ、体重106キロ。ニューヨーク・ニックスで10シーズン、NBAを代表するセンタープレイヤーの一人として現役時代を過ごした。1996年にはNBA50周年を記念した「50人の偉大な選手」に選ばれた。

経歴[編集]

選手時代[編集]

グランブリング州立大学卒業後、1964年NBAドラフト2巡目全体10位でニューヨーク・ニックスに指名された。最初のシーズンから活躍し平均19.5得点、14.7リバウンドを挙げルーキー・オブ・ザ・イヤー(新人王)を受賞、オールルーキーチームに選出され、オールスターにも初出場した。2年目に平均15.5得点、11.6リバウンドとやや数字を落としたものの、翌1966-67シーズンから1970-71シーズンまで平均20得点13リバウンド以上を記録し続け、後に殿堂入りするウォルト・フレイジャーデイブ・ディバッシャーらの加入もありチームの成績も年々向上していった。

名将レッド・ホルツマンに率いられたニックスは、1969-70シーズンにはフランチャイズ最高の60勝まで勝ち星を伸ばしリードはMVPを受賞、プレイオフではついにNBAファイナルに進出した。リードは足を痛めていたが怪我を押して出場、ウィルト・チェンバレン擁するロサンゼルス・レイカーズとの死闘を制しチャンピオンとなった。そして、リードはファイナルMVPを受賞した。

その後、リードは次第に衰えていったが、チームは1972年1973年にもファイナルに進出しレイカーズと対戦した。1973年に再び優勝を果たし、リードは再びファイナルMVPを受賞した。

そして、翌1973-74シーズン終了後ニックスの選手のまま引退し、10年の選手生活を終えた。

選手引退後[編集]

引退後は、ニックス、クレイトン大学でヘッドコーチを務めた後、ニュージャージー・ネッツのジェネラルマネージャー、副社長に就任。1987-88シーズン途中から1988-89シーズンまで自ら指揮を執った後、ドラフトでデリック・コールマンケニー・アンダーソンらを指名、さらには名将チャック・デイリーを招聘し、80年代のプレイオフ進出に大きな役割を果たした。現在はニューオリンズ・ホーネッツの副社長を務めている。

業績[編集]

オールNBAには1967年から5年連続で、オールスターには1965年から1971年まで7年連続で選出された。生涯通算得点は12,183点、リバウンドは84,14本だった。

リードの背番号19はニックスの永久欠番になっている。

外部リンク[編集]