デニス・ジョンソン

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デニス・ジョンソン
Dennis Johnson
殿堂  No.3
Dennis Johnson Lipofsky.jpg
名前
本名 Dennis Wayne Johnson
愛称 D.J.
ラテン文字 Dennis Johnson
基本情報
誕生日 1954年9月18日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンペドロ
出身 ペパーダイン大学
身長 193cm  (6 ft 4 in)
体重 90kg (198 lb)
選手情報
ポジション ガード
背番号 3
ドラフト 1976年 29位
選手経歴
1977-1980
1980-1983
1983-1990
シアトル・スーパーソニックス
フェニックス・サンズ
ボストン・セルティックス
受賞歴

NBAチャンピオン : 1979, 1984, 1986

デニス・ジョンソンDennis Wayne Johnson1954年9月18日-2007年2月22日)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンペドロ出身でNBAで活躍した選手。ディフェンスの名手として知られNBAオールディフェンシブチームに6度選ばれて80年代のボストン・セルティックスの黄金期を支えた。

NBAキャリア[編集]

シアトル・スーパーソニックス(1976-80)

ペパーダイン大学出身。1976年のNBAドラフト2順目29位指名と下位指名でシアトル・スーパーソニックスに入団した。入団3年目の1978年のプレーオフで1977年優勝のポートランド・トレイルブレイザーズデンバー・ナゲッツを破りNBAファイナルに進出した。ファイナルの対戦相手であるワシントン・ブレッツウェス・アンセルドエルビン・ヘイズを擁したベテランチームでソニックスは3勝4敗で惜しくも敗れた。翌年の1978-79年もNBAファイナルに進み再びブレッツと対戦して4勝1敗で優勝しジョンソンはファイナルMVPを受賞した。しかし、チームにおけるジョンソンの評判は悪化し、自己中心的なプレーヤーとして監督のレニー・ウィルキンスからも"ジョンソンはチームのガンだ"と言われた。

フェニックス・サンズ(1980-83)

1980年にフェニックス・サンズに移籍した。ジョンソンは、選手として更なる名声を高めて主にシューティングガードとして活躍しソニックスでは2番手か3番手の選手だったがフェニックスではチームの主な得点源になった。

ボストン・セルティックス(1983-90)

ボストン・セルティックスは、プレイオフで何度かフィラデルフィア・セブンティシクサーズに敗れていた。セルティックスのゼネラルマネージャーのレッド・アワーバックは、ジョンソンのデフェンス能力を高く評価しており、サンズから獲得した。ジョンソンの獲得は成功してセルティックスは、ラリー・バードケビン・マクヘイルロバート・パリッシュダニー・エインジを要し黄金期を作り1984年と1986年に優勝した。 バードは常々"DJは一緒にプレーした中で最高の選手だ"と語っており、2人のコンビプレーは見る者を楽しませた。特に1987年のプレイオフ、対ピストンズ戦でみせた残り5秒からの奇跡の逆転劇は伝説となっている。また、1984年のNBAファイナルでは前半こそ調子をおとしていたが、4戦以降目覚ましい活躍をみせ、得点はもちろんディフェンスでマジック・ジョンションを苦しめ、優勝に大きく貢献した。

引退後[編集]

セルティックスのスカウトやアシスタントコーチを務めた。その後NBAデベロップメント・リーグオースティン・トロスヘッドコーチとなったが、2007年2月22日に練習後、駐車場へ向かう最中に突然倒れ亡くなった。死因は心臓発作であった[1]

プレースタイル[編集]

ジョンソンは非常にディフェンスに優れた選手だった。スティールがうまく、相手がスティールされたことに気づかないこともしばしばあった。またガードにしては背が高く、腕が長かったためリバウンドも得意とした。攻撃においては、初期は無理にペネトレートしたり、あまり得意ではないジャンプシュートを撃つこともあったが、ボストンに移ったころには攻撃の起点として見事なアシストをみせ、チームププレーに徹していた。また決して足は速くなかったが、独特なステップ(相手からウサギのダンスのようだと言われた)でペネトレートし得点、あるいは相手のファールを誘った。接戦に強いことでも知られ、それまで不調でも4クォーターになると多くのシュートを成功させた。大学ではフォワードであったこともあり、ポストプレーもうまかった。また競争心が強いことで知られるラリー・バードをして"DJは俺より競争心が強い"言われるほどの負けず嫌いだった。


主な受賞[編集]

  • ファイナルMVP(1979)
  • オールNBAファーストチーム(1981)
  • オールディフェンシブファーストチーム(1979-1983、1987)
  • オールディフェンシブセカンドチーム(1984-1986)
  • 15535得点
  • 4249リバウンド
  • 5499アシスト
  • 1477スティール

外部リンク[編集]


脚注[編集]

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  1. ^ Dennis Johnson, ex-Celtic star, dead at age 52”. ボストン・グローブ (2007年2月23日). 2009年1月12日閲覧。