トゥット
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| トゥット | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 本名 | リボニール・ルッシェル | |
| カタカナ | トゥット | |
| ラテン文字 | Tuto | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1978年7月2日(31歳) | |
| 出身地 | サンタカタリナ州ジオニーゼオセルケーラ | |
| 身長 | 182cm | |
| 体重 | 75kg | |
| 血液型 | A型 | |
| 選手情報 | ||
| ポジション | FW | |
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||
トゥット(Tuto、本名:リボニール・ルッシェル:Livonir Ruschel、1978年7月2日 - )は、ブラジル出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード。
川崎フロンターレ、FC東京時代の登録名はツゥット。縦への突破や切り返しての強烈なシュートに定評があるフォワードである。
目次 |
[編集] 来歴
ブラジルのGEグロリアでサッカー選手としてのキャリアをスタートさせると、1998年に当時ジャパンフットボールリーグ(旧JFL)の川崎フロンターレに移籍し、来日。翌年のJ1昇格に貢献した。しかし、選手の大幅入れ替えを行った川崎の戦力構想外になり、2000年は同時にJ1昇格を果たしたFC東京に期限付き移籍することになった。
FC東京では、チーム最多の17得点を記録する大活躍を見せ、上位進出に貢献し、2000年シーズンのJリーグベストイレブンにも選ばれた。
2001年は、この年にJ1復帰した浦和レッドダイヤモンズに完全移籍した。しかし、このころから怪我が多くなり、浦和に2年在籍した後清水エスパルスに移籍。2003年限りでJ1から去ることになった。
2004年に大宮アルディージャに入団すると、再びクラブのJ1昇格に貢献し、2005年まで在籍。この年をもって日本でのキャリアを一旦終えた。
2006年はブラジルに帰国しポンチ・プレッタでプレー。2007年には自身初の欧州移籍となるベイタル・エルサレム(イスラエル)などを経て、2008年8月にJ2・湘南ベルマーレのオファーを受けて再来日。遅い時期の加入に加え怪我がちだったため、出場は7試合にとどまったものの、その7試合で5得点を決め、90分当たりの得点率は2を越えるなど、衰えぬ実力を見せた。翌2009年も半年契約で湘南に在籍したが、やはり細かい怪我が多く、新加入の田原豊、若手の中村祐也らにポジションを奪われて徐々に出場機会が減少。結局7月限りで契約満了となり退団した。
[編集] 所属クラブ
- 1996年 - 1997年
GEグロリアジュニオール - 1997年 - 1998年
GEグロリア - 1998年 - 1999年
川崎フロンターレ - 2000年
FC東京 - 2001年 - 2002年
浦和レッドダイヤモンズ - 2003年
清水エスパルス - 2004年 - 2005年
大宮アルディージャ - 2006年
ポンチプレッタ - 2007年
ベイタル・エルサレム - 2007年
サンカエターノ - 2008年 - 2008年5月
セルトンジーニョ - 2008年8月 - 2009年7月
湘南ベルマーレ
[編集] 補足
- 川崎フロンターレ・大宮アルディージャのJ1昇格に貢献したことから、一部では「昇格請負人」とも呼ばれている。
- 川崎フロンターレからFC東京に移籍する際、川崎サポーターの1人が自身のHP上で『ツゥット取扱説明書』を発行したことでも知られる。
- FC東京時代のニックネームは、ゴールへ向かって突進するその姿から『アニマウ・ツゥット』。
- 浦和所属時の応援歌の原曲は『ミッキーマウスのマーチ』であった。
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| ブラジル | リーグ戦 | ブラジル杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 1997 | グロリア | ||||||||||
| 1998 | グロリア | ||||||||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1998 | 川崎 | 32 | 旧JFL | 15 | 10 | - | 3 | 4 | 18 | 14 | |
| 1999 | 川崎 | 9 | J2 | 30 | 17 | 2 | 1 | 2 | 1 | 34 | 19 |
| 2000 | FC東京 | 9 | J1 | 29 | 17 | 2 | 1 | 1 | 0 | 32 | 18 |
| 2001 | 浦和 | 11 | J1 | 24 | 8 | 4 | 4 | 4 | 2 | 32 | 14 |
| 2002 | 浦和 | 11 | J1 | 23 | 9 | 8 | 5 | 1 | 0 | 32 | 14 |
| 2003 | 清水 | 9 | J1 | 20 | 6 | 3 | 1 | 4 | 2 | 27 | 9 |
| 2004 | 大宮 | 10 | J2 | 24 | 8 | - | 1 | 0 | 25 | 8 | |
| 2005 | 大宮 | 10 | J1 | 25 | 7 | 7 | 1 | 1 | 0 | 33 | 8 |
| ブラジル | リーグ戦 | ブラジル杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2006 | ポンチプレッタ | 31 | 11 | ||||||||
| イスラエル | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2006-07 | エルサレム | 8 | 1 | ||||||||
| ブラジル | リーグ戦 | ブラジル杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2007 | サンカエターノ | ||||||||||
| 2008 | セルトンジーニョ | ||||||||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2008 | 湘南 | 37 | J2 | 7 | 5 | - | 0 | 0 | 7 | 5 | |
| 2009 | 湘南 | 9 | J2 | 15 | 3 | - | - | 15 | 3 | ||
| 通算 | ブラジル | ||||||||||
| 日本 | J1 | 121 | 47 | 24 | 12 | 11 | 4 | 156 | 63 | ||
| 日本 | J2 | 76 | 33 | 2 | 1 | 3 | 1 | 81 | 35 | ||
| 日本 | 旧JFL | 15 | 10 | - | 3 | 4 | 18 | 14 | |||
| イスラエル | イスラエルリーグ | 8 | 1 | ||||||||
| 総通算 | |||||||||||
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2002-03 | 清水 | 9 | 2 | 0 |
| 通算 | AFC | 2 | 0 | |
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