ジャック・オッフェンバック

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ジャック・オッフェンバック
Jacques Offenbach
Jacques Offenbach 01.jpg
基本情報
出生名 ヤーコプ・レヴィ・エーベルスト
Jakob Levy Eberst
出生 1819年6月20日
War ensign of the German Empire Navy 1848-1852.svg ドイツ連邦
プロイセン王国の旗 プロイセン王国 ラインラント州 ケルン
死没 1880年10月5日(満61歳没)
フランスの旗 フランス パリ
ジャンル クラシック音楽
オペレッタ
職業 作曲家
チェリスト
担当楽器 チェロ

ジャック・オッフェンバックJacques Offenbach, 1819年6月20日 - 1880年10月5日)は、ドイツ生まれでフランスで活躍(後に帰化)した作曲家チェリストである。ジャック・オッフェンバックは父親の出身地(ドイツ・フランクフルト近郊のオッフェンバッハ・アム・マイン)からとったペンネームで、本名はヤーコプ・レヴィ・エーベルストJakob Levy Eberst)。オペレッタの原型を作ったともいわれ、音楽と喜劇との融合を果たした作曲家である。なお、ドイツ語読みでオッフェンバッハと呼ばれることもある。

生涯[編集]

ジャック・オッフェンバックは1819年プロイセン王国ラインラント州ケルンに生まれる。1833年に、チェロの勉強をしに、フランスのパリへ。1848年三月革命を避けドイツに一時帰国するが、まもなく戻り、その後は終生パリに住んでいる。演奏の傍ら、作曲活動を続け、1850年にテアトル・フランセの指揮者になる。後の1855年には自らブフ・パリジャンという劇場を作成。いくつものオペレッタを上演、人気を博す。1880年に没するまでに幾度もの演奏が行われた。爆発的な人気と反比例するかのように、痛烈な風刺、退廃的な快楽主義は知識人からの批判も多かった。エミール・ゾラは「オペレッタとは、邪悪な獣のように駆逐されるべき存在」とまで書いているが、今日では第二帝政期フランスを代表する文化のひとつとして歴史的評価も作品的評価も高い。

晩年はフランスでは一時の人気を失い、オペラ「ホフマン物語」に新生を賭けていた。死後には、各作品は彼自身が監修したウィーン版に源を発するドイツ語上演がフランスに代わって主流を占める(有名なオペレッタ「天国と地獄」序曲はウィーン版のためのオリジナルである)。特に戦後は東ベルリンでのフェルゼンシュタイン演出による「青ひげ」や「ホフマン物語」が歴史的な成功を収めた。近年は、マルク・ミンコフスキらによるオーセンティックなフランス語上演も急速に盛り返し、もともと上演の盛んだったドイツ圏とあわせ活況を呈している。目下はフランスのリヨン歌劇場などが上演に意欲的である。[1]

作品[編集]

オペレッタ[編集]

  • オペラ・ブッフ地獄のオルフェ(天国と地獄)」(1858年)
  • 「ダフニスとクロエ」(1860年)
  • オペラ・ブッフ「美しきエレーヌ」(1864年)
  • オペラ・ブッフ「青ひげ」(1866年)
  • オペラ・ブッフ「パリの生活(ラ・ヴィー・パリジェンヌ)」(1866年) - 主要作では数少ない、現代(当時の)パリを舞台にした洒脱な恋愛コメディ。ドイツ人ながら誰よりもパリを熱愛したオッフェンバックが憧れ視点で謳ったパリ賛歌であり、準主役のスウェーデン人旅行者(明らかな風刺の対象であるドイツ人にそのまま置き換えた上演も多い)が、おのぼりさんとして散々コケにされながらも愛情をもって描かれている。今日もドイツ圏で人気が高く、フランスではパリっ子にはやや照れくさいのかリヨンやトゥールーズなど地方での制作が多い。
  • オペラ・コミック「ロビンソン・クルーソ」(1867年)
  • オペラ・ブッフ「ラ・ペリコール」(1868年)
  • 童話オペラ「月世界旅行」(1875年)
  • オペラ・コミーク「鼓手長の娘」(1879年)
  • 「トトの城」
  • 「羊飼い」
  • 「フォルトゥニオ」
  • 「ブラバンドのジュヌヴィエーヴ」
  • 「小さなりんご(ポムダピ)」
  • 「ジェロルスティン大公妃殿下」(ブン大将)」

架空の小国を舞台にした軍隊コメディで、これもドイツ風刺である。このプロイセン軍国主義をおちょくったオペレッタに大笑いした直後、フランスは当の相手に惨敗の屈辱をなめたが、その後やり返したりやり返されたりを経て、作品自体はフランスでもドイツでも百五十年の命脈を保っている。軍隊風刺が庶民にアピールしたのか戦前の浅草オペラでも大ヒットし、「ブン大将の唄」はエノケンソングとしても残っている。

  • 「盗賊」
  • 「可愛い香水屋」
  • 「ため息橋」
  • 「西インド諸島の女」
  • 「10時間の外出」
  • 「二人の漁師」
  • 「ドニ夫妻」
  • 「美しいリュレット」
  • 「歌姫」
  • 「サンフルールの薔薇」
  • 「チュリパタン島」
  • 「雪玉」
  • 「パン屋の女将はお金持ち」
  • 「白夜」
  • 「ファゴット氏」
  • 「ペロニラ先生」
  • 「魔法使いの兵士」
  • 「ニンジンの王」
  • 「密告者」
  • 「カカドゥ」
  • 「ラインの妖精」

ウィーン国立歌劇場の依頼により、最初からドイツ語の台本に作曲された唯一の作品。このうちの一曲が、のち「ホフマンの舟歌」として転用された。

  • 「66」
  • 「コスコレット」

オペラ[編集]

  • 歌劇「ホフマン物語」(1880年。未完) - オペレッタを多数残した彼の唯一のオペラ。「ホフマンの舟歌」が有名。

バレエ音楽[編集]

  • パリの喜び」 - マニュエル・ロザンタールがオッフェンバックの代表作から選りすぐったメロディーをまとめたもの。1938年4月5日バレエ・リュッス・ド・モンテカルロによってモンテカルロ劇場で初演。上演はそう多くないが、レコードやCDではバレエ音楽でも屈指の人気を誇り、編曲者自身のほか、カラヤン、ミュンシュ、マゼール、ショルティ、デュトワ、プレヴィン、フィードラー、カンゼル、小澤征爾といった指揮者がレコーディングしている。このうちフランスのオーケストラによる録音はマゼール盤のみ、生まれ育ちともフランスの指揮者による録音は編曲者の盤のみである。

脚注[編集]

  1. ^ 季刊誌「OPERA」の欧州歌劇場上演スケジュール、雑誌「音楽の友」の海外ニュースなど

外部リンク[編集]

  • IMSLP - 国際楽譜ライブラリープロジェクト内のジャック・オッフェンバックのページ。無料で楽譜PDFが入手可能。
  • オペラ・ブッフ「パリの生活 演劇のパフォーマンスの断片、"モスクワオペレッタ"(モスクワ - ロシア)ペレッティ"(モスクワ - ロシア)[1]