ウィーン会議
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ウィーン会議の様子 Jean-Baptiste Isabey画
ウィーン会議(ウィーンかいぎ、ドイツ語: Wiener Kongress、英語: Congress of Vienna)は、1814年から1815年にかけて、オーストリア帝国の首都ウィーンにおいて開催され、ヨーロッパ諸国が集った会議である。議長は、オーストリアのメッテルニヒ首相兼外相が務めた。
目次 |
[編集] 概要
ウィーン会議は、フランス革命とナポレオン戦争終結後のヨーロッパの秩序再建と領土分割を目的として、1814年9月1日から開催された。1792年より以前の状態に戻す正統主義を原則としたが、各国の利害が衝突して数ヶ月を経ても遅々として進行せず、「会議は踊る、されど進まず」と評された。1815年3月にナポレオンがエルバ島を脱出したとの報が入ると、危機感を抱いた各国の間で妥協が成立し、1815年6月9日にウィーン議定書が締結された。ウィーン会議の結果成立したヨーロッパにおける国際秩序をウィーン体制と呼ぶ。
[編集] 各国代表
- オーストリア - フランツ1世、クレメンス・メッテルニヒ(議長)
- ロシア - アレクサンドル1世、カール・ロベルト・ネッセルローデ、アンドレアス・ラズモフスキー(w:Andreas Razumovsky)
[編集] 議定内容
※強調は神聖同盟(四国同盟)締結国である。
- オーストリア
- ロンバルディアとヴェネツィアを獲得し、オーストリア皇帝が王を兼ねるロンバルド=ヴェネト王国とした。
- ロシア
- プロイセン
- ザクセン王国の北半分、ワルシャワ公国の一部、ラインラント、旧ルクセンブルク公領の一部、オラニエ=ナッサウ家のドイツ内の所領を獲得した。
- スウェーデンから西ポンメルンを獲得した。
- スウェーデン
- デンマークからノルウェーを獲得し、スウェーデンとの同君連合とした(スウェーデン=ノルウェー)。

