シェーンブルン宮殿
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シェーンブルン宮殿
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| (英名) | Palace and Gardens of Schönbrunn | ||
| (仏名) | Palais et jardins de Schönbrunn | ||
| 登録区分 | 文化遺産 | ||
| 登録基準 | 文化遺産(i) (iv) | ||
| 登録年 | 1996年 | ||
| 拡張年 | |||
| 備考 | |||
| 公式サイト | ユネスコ本部(英語) | ||
| 地図 | |||
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| 世界遺産テンプレートを使用しています | |||
シェーンブルン宮殿(~きゅうでん、Schloss Schönbrunn)は、オーストリアの首都ウィーンにある宮殿。ハプスブルク王朝の歴代君主が主に離宮として使用した。
目次 |
[編集] 位置と概要
シェーンブルン宮殿は、ウィーンの中心部シュテファン大聖堂から西に直線で約5kmの位置にある。 市内からは地下鉄U4号線に乗りシェーンブルン駅下車。 庭園は東西約1.2km、南北約1kmの規模で、1779年頃から公開されている。
建物は、あらゆる部屋を合計すると1,441室あり、両翼の端から端まで180mあり、正面右側翼には宮廷劇場がある。 また、広いフランス式庭園を挟んで宮殿に向かい合う丘の上にはグロリエッテという見晴台のような建物があり、ここからは周囲が一望できる(写真はこの丘からの 眺望)。 オーストリアで一番重要な観光資源で、年間入場数150万人。更に公園と動物園や行事での集客数520万人を合計すると年間には670万人が訪れる。 外壁は金を塗ろうとしたところ、マリア・テレジアが財政の状況を考慮し黄金に近い黄色にした、これをテレジアイエローと云うが彼女が好んでいた色というわけではない。
[編集] 宮殿の名称
マティアス帝(在位1612年 - 1619年)が狩猟時にシェーン(美しい)ブルン(泉)を発見した為にシェーンブルンと命名したと伝えられている。
[編集] 沿革
- 14世紀から1642年頃までこの場所はカッターブルクと言われ、荘園と製粉場があった。
- 1565年 神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン2世(在位1564年 - 1576年)がこの土地を買い雉の繁殖場をつくり、七面鳥や孔雀などのめずらしい動物類も集めた。
- 1683年 オスマン帝国軍により破壊される。
- 1693年 レオポルト1世(在位1658年 - 1705年)が狩猟用の別荘をつくり、歴代の皇帝らが増築・造作を行い、マリア・テレジア(在位1740年 - 1780年)の時代に完成された。ウィーン風ロココ様式といわれている。
- 1752年 フランツ1世(在位1745年 - 1765年)が宮殿脇にシェーンブルン動物園を設置。
- 1762年 マリア・テレジアの娘マリー・アントワネットがここに滞在している時、6歳の神童モーツァルトが招待され訪れる。
- この時宮殿内で転んだモーツァルトをマリー・アントワネットが助け起こしたところ、モーツァルトが「僕と結婚して」とプロポーズした、という伝説がある。
- 1805年及び1809年 ナポレオンが司令部として使い、軍隊と共に滞在。
- 1815年 ウィーン会議がここで開催される。
- 1916年 皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(在位1848年 - 1916年)がここで死去。
- 1918年 オーストリア=ハンガリー帝国の崩壊に伴い、政府の所有となり、改装され博物館にも利用。
- 1961年 ケネディ大統領とフルシチョフ閣僚会議議長との会談の場所となる。
- 1996年 ユネスコの世界遺産に登録。
[編集] 世界遺産
[編集] 登録基準
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
- (i) 人類の創造的天才の傑作を表現するもの。
- (iv) 人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。
[編集] 見学
- 見学できる場所は居室1,200室のうち40室である
- 4月1日 から 6月30日 8:30-17:00
- 7月1日 から 8月31日 8:30-18:00
- 9月1日 から 10月31日 8:30-17:00
- 11月1日 から 3月31日 8:30-16:30
庭園のツアーは時間があればロング・ツアー、なければショート・ツアーを勧めている。
[編集] 建物の見学料金
- インペリアル・ツアーは22室 音声ガイド付き 9.5ユーロ
- グランド・ツアー は40室 音声ガイド付き 12.9ユーロ
尚、音声ガイドはトランシーバー型の端末で日本語でのガイダンスも聞ける。
[編集] 賃貸住宅になった宮殿
シェーンブルン宮殿は観光客に公開されている2階部分をのぞいた、居室が文化財管理公社によって賃貸住宅として、一般に貸し出さされており、住民がいる。これは1960年代にウィーンの住宅問題を解決するために考え出されたものである。居住者は建物の性質を変えない程度のリフォームは許されている。現在では居住に不便な部分も多数あるといわれ、ウイーン市民にとっての住宅物件としての人気は低い。官舎であるため公務員であることが入居の条件である。2LDKで100m²、家賃は日本円で四万七千円。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- シェーンブルン宮殿公式サイト (ドイツ語)(英語)(イタリア語)
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