ドイツの国旗
| 用途及び属性 | |
|---|---|
| 縦横比 | 3:5 |
| 制定日 | 1949年5月23日 |
| 使用色 | |
現在のドイツ連邦共和国の国旗は、上から順に黒・赤・金の三色で構成されている。国旗の規定はドイツ連邦共和国基本法の第22条に記されている。
この色は1813年のナポレオン戦争時にルートヴィヒ・アドルフ・ヴィルヘルム・フォン・リュッツォウが率いたリュッツォウ義勇軍の軍服(黒地に赤の襟、金のボタン)をシンボルカラーにしたのが由来といわれている。また、神聖ローマ帝国の紋(金地に赤のくちばしとつめをもった黒い鷲)に由来するともされる。黒は勤勉、赤は情熱、金は名誉を表すともされる。1848年革命(ドイツ三月革命)ではドイツ統一を求める自由主義者らが黒赤金の旗をシンボルとした。
目次 |
現在の国旗 [編集]
ドイツ連邦共和国 [編集]
政府旗・軍艦旗を民間で用いることは禁じられているが、政府旗とよく似たデザインの、市民旗に国章をアレンジした旗が民間で用いられることがある。
変遷 [編集]
神聖ローマ帝国 [編集]
ドイツ連邦→北ドイツ連邦 [編集]
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?1848年にフランクフルト国民議会によって制定されたドイツ連邦旗
北ドイツ連邦の国旗は、オーストリア帝国(ハプスブルク家)の色に近い金から、北ドイツ連邦での盟主となったプロイセン王国の色である黒と白を入れたと言われている。黒と白はプロイセンの旗に、白と赤はハンブルク・ブレーメン・リューベックなどの北ドイツのハンザ同盟の旗に由来する。北ドイツ連邦の国旗は、その後身であるドイツ国(ドイツ帝国)に引き継がれる。
ドイツ国(帝政→ヴァイマル共和政→ナチス・ドイツ) [編集]
帝政時代の国旗は、ヴァイマル共和国時代にもドイツ国防軍旗として使用された。1933年3月12日に大統領布告で正式な国旗を制定するまでの暫定的な措置としてナチスの党旗であるハーケンクロイツ旗と共に国旗としての掲揚を義務づけられたが、1935年9月15日にハーケンクロイツ旗のみが国旗とされ、以後は反動的として掲揚を禁じられた。現代ではネオナチなどの極右が、禁止されているナチス時代の旗の代替として用いることがある。
連合国占領時代→東西ドイツ [編集]
関連項目 [編集]
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