セルビアの国旗

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セルビアの国旗
用途及び属性 政府陸上、政府海上?
縦横比 2:3
制定日
使用色:
ロシア国旗。セルビア国旗制定時に参考とされた。
ロシア国旗。セルビア国旗制定時に参考とされた。

セルビア国旗(セルビアのこっき)は、汎スラブ色の横縞3色を配色した国旗。政府庁舎などに掲揚される公式旗では、旗ざお寄りに国章が配置される。

国章の無い旗の上下を逆にすると、ロシア国旗とほぼ同じものになる。

目次

[編集] 国旗・国章に関する事情

この国旗・国章は、19世紀に展開された民族運動の過程で、セルビア民族主義のシンボルとして定められたものである。それゆえ、セルビア人あるいは、セルビア人と血統が近いとされる民族が主要な地位を占めている複数の国家で、この配色の国旗が用いられている(あるいは過去に用いられていた)。それぞれの国が、この国旗に関して異なった事情を抱えている。

[編集] セルビアの場合

2006年6月5日セルビア・モンテネグロを継承する以前から連邦構成国として現在の国旗・国章を使用していた。ワールドカップ・ドイツ大会では、セルビア・モンテネグロのサポーターがセルビアの旗を掲げて自国代表を応援する光景が見られた。

2006年モンテネグロと分離したことにより、国連各機関本部にはセルビア・モンテネグロの国旗に代わってこの旗が掲揚されるようになった。

1945年から1992年までは縦横比が1:2で、中心に社会主義をあらわす黄色で縁取られた赤い五角星があった。

[編集] モンテネグロの場合

1992年新ユーゴスラビア成立から2004年7月11日までモンテネグロでもほぼ同じ配色の国旗を用いていた。縦横比は1:3で中間の青が若干明るい色だったがモンテネグロ人とセルビア人との違いを強調する世論に同調して2004年7月12日に国旗を改めた。

旧ユーゴスラビア時代の共産党政権下では、セルビアと同じ縦横比1:2の三色旗に赤い星をあしらったものを使用していた。

[編集] クライナ・セルビア人共和国の場合

クライナ・セルビア人共和国は、1991年クロアチア国内でボスニア・ヘルツェゴビナとの国境に比較的近い地域に存在したセルビア人居住区の住民がクロアチアの独立に反対して立ち上げた国家である。国旗はセルビアと同じ配色で縦横比1:2となっていた。クライナ・セルビア人共和国は1995年クロアチアの「嵐作戦」により首都クニンを占領され解体した。

詳しくはクロアチア紛争を参照。

[編集] スルプスカ共和国の場合

スルプスカ共和国の国旗
スルプスカ共和国の国旗

ボスニア・ヘルツェゴビナの一部を構成するスルプスカ共和国でも、セルビアと同じ配色の三色旗が用いられている。以前から国旗の配色はセルビアと同じであったが、国章はセルビアとは若干異なるものである。

以前は縦横比が2:3で、セルビアの国旗から国章を除いたものと同一であった。しかし、後述する事情により、ボスニア・ヘルツェゴビナ憲法裁判所から国旗の意匠を改めるよう通達があったため、2006年10月からは、縦横比が1:2に改まった。

スルプスカ共和国では、セルビア人は人口の約3/4を占める圧倒的多数者であるが、それ以外にもイスラム教徒ボシュニャク人(人口の約10%を占めている)や、クロアチア人(かなり少数)も居住している。しかし、この国旗・国章はともにセルビア人のシンボルのみを掲揚するものであるため、セルビア人以外の住民を無視しているとのことで、憲法裁判所は共和国政府に、2006年3月31日以降6ヶ月以内に国旗・国章を改めるよう通達を出していた。同様の経緯で、共和国政府は国歌も改めることになった。

スルプスカ共和国とは逆に、ボスニア・ヘルツェゴビナの中でセルビア人が少数派のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦では、国旗国章にセルビア人のシンボルだけが掲揚されていない。

[編集] 歴代の国旗

[編集] 関連項目