スルプスカ共和国

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スルプスカ共和国
Република Српска
セルビアの旗 スルプスカ共和国の国章
地域の旗 国章
地域の標語:なし
地域の歌:Moja Republika
セルビアの位置
公用語 セルビア語クロアチア語ボスニア語
主都 イストチノ・サラエヴォ(公式)
バニャ・ルカ(事実上)
最大の都市 バニャ・ルカ
政府
大統領 ミロラド・ドディク
首相 Željka Cvijanović
面積
総計 24,526km2N/A
水面積率 不明
人口
総計(2013年 1,326,991人(N/A[1]
人口密度 54.1人/km2
独立
ユーゴスラビアから 1992年2月28日
通貨 兌換マルク (BAM)
時間帯 UTC +1(DST:+2)[2]
ISO 3166-1 不明
ccTLD BA
国際電話番号 387

スルプスカ共和国(スルプスカきょうわこく)は、連邦国家であるボスニア・ヘルツェゴビナの構成体の1つ。ボスニア・ヘルツェゴビナの主要3民族のうち、セルビア人を主体とする共和国で、通称はセルビア人共和国。独自の大統領政府立法府を持ち、ボスニア・ヘルツェゴビナの全面積の49%を占める[1]

国名[編集]

セルビア語でРепублика Српска。スルプスカ (Српска) とは、セルビア (Србија) の形容詞形であり、「セルビア人共和国」の意味だが、セルビア共和国とまぎらわしいため、日本の外務省では「スルプスカ共和国」と表記している。

また、英語ではSerb RepublicまたはRepublic of Srpskaであるが、やはりセルビア共和国 (Republic of Serbia) と紛らわしくなるので、混乱回避のためRepublika Srpskaがしばしば用いられる。詳細は英語版を参照。

歴史[編集]

1992年にボスニア・ヘルツェゴビナがユーゴスラビア社会主義連邦共和国からの独立を決めた際、独立に反対したセルビア人はセルビア人共和国(スルプスカ共和国)の樹立とボスニア・ヘルツェゴビナからの分離を主張した。対立は武力衝突に発展し、1995年デイトン合意まで続くボスニア・ヘルツェゴビナ紛争となった。デイトン合意ではボスニア・ヘルツェゴビナを構成する2つの構成体の1つとしてスルプスカ共和国の存在が国際社会から公認された。チェトニックについては歴史上の都合もあり、未だに一部に支持がある。

軍事[編集]

かつてはもうひとつの国家構成主体であるボスニア・ヘルツェゴビナ連邦ともに、独自の国軍を有していたが、2005年に両構成国の軍隊が統合され、ボスニア・ヘルツェゴビナ国軍が創設された。

行政区画[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]