コソボ地位問題

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コソボ地位問題(又はコソボ地位プロセス)とは、国連暫定統治下にあるセルビア共和国コソボ地域の最終的な国際法上の地位を確定する問題。

目次

[編集] 概要

コソボは1991年にユーゴスラビア連邦共和国(当時)からの分離独立を宣言した。これを国際的に承認したのはコソボと同様にアルバニア人が多数派を占めている国家であるアルバニアのみで、国際社会および国連の合意というプロセスにおいてコソボは独立国と見なされず、国際的にはあくまでもユーゴスラビア(その後、セルビア・モンテネグロ、次いでセルビア)の一自治州と見なされていた。 一方1999年のコソボ紛争後に採択された国連安全保障理事会第1244号にもとづきセルビア人部隊が一斉にセルビアに引き上げ、これに代わって国連コソボ暫定行政ミッション(United Nations Interim Administration Mission in Kosovo: UNMIK)の暫定統治下に入った。全保障理事会第1244号は前文の中でユーゴスラビア連邦共和国の領土的一体性が明確に記述されているがためコソボは名目上はセルビアの一領土ではあるが事実上セルビアの実効支配下から完全に脱する事になった[1]。ただし国連安全保障理事会決議第1244号にもとづくコソボの地位はあくまで暫定的なものでコソボの最終的な地位の決定は先送りとなる。よって以前の「コソボの地位問題」とは、究極的にはこの国連統治の状態を脱しセルビア内の「自治領」とするのかあるいは「独立国」とするのかであった。

[編集] ロシアとの関係

コソボ紛争当時(1999年)のロシアは1998年後期に起こった財政および通貨危機の真っ只中にあり経済的には西側諸国(特にIMF)に依存する状態でセルビアを外交的に援助する余裕が無かった。ところがロシアはその後のプーチン政権において国力が急速に回復、国際収支も黒字化し外国債務を即急に返済し、欧米からの通貨・経済援助に対する依存状態から完全に脱却する。コソボの条件付独立承認を支持するアハティサーリ包括的解決案が正式に安保理に提出される直前にロシアはセルビアの合意を得ない形での解決策を支持しないと宣言。結果としてアハティサーリ包括的解決案にもとづく安保理決議は不可能となり、結局アメリカとEUは決議案の提出自体を断念した。

[編集] 独立宣言後

このまま新たな決議が採択されずに国連統治の状態が続けば、コソボの独立を切望する多数派のアルバニア人の意に反して、長期間にわたってコソボが不安定な地位に置かれる状態が続くことに対して、アルバニア人による暴動など地域の不安定化が懸念されていた。2007年11月に行われたコソボの議会選挙において、コソボ独立志向ながらも穏健派の、コソボ大統領ファトミル・セイディウ率いるコソボ民主同盟に替わって、コソボ民主党が第一党となった。コソボ民主党ハシム・サチを指導者としコソボの即時独立を主張する「強硬派」であり、解体されたコソボ解放軍の政治部門であった。

独立を認めないことによる地域の不安定化を懸念したアメリカ合衆国はじめとする主要西側諸国は、コソボの独立を容認する姿勢を示した。これをうけて2008年2月17日、コソボ議会は独立宣言を採択した。このため現在の「コソボの地位問題」とは「セルビア領の国連暫定統治地域コソボ自治州」という地位と、「独立国のコソボ共和国」という地位の対立となっている。セルビア領コソボの国連暫定統治は、コソボ紛争終結当時のユーゴスラビアの領土的一体性を認めた国連安全保障理事会決議第1244号に基づいたものであり、国際法上の合法性が明確である。他方、コソボの独立はこの決議には含まれておらず、国連による暫定統治下に置かれているセルビアの領土を、当事国であるセルビアの許諾なしに独立させることに関して国際法上の疑義がある。そのため、地域の安定のためにはコソボの独立をやむなしとする立場と、このような国際法上の疑義からこれに反対する立場がある。

[編集] 経緯

[編集] 「地位の前に水準」政策

UNMIK統治下のコソボの最終的な地位は未定とされたが、国際社会は、地位の確定よりもコソボ域内における民主的諸制度の整備(「コソボ水準」)を先行させるべきとする「地位の前に水準」政策をとった。

[編集] アハティサーリ特使による仲介

しかし、2004年、遅々として進まない水準履行に不満を持ったアルバニア系住民による大暴動が発生。治安維持軍を派遣している西側諸国は地位の早期確定、つまり独立の承認の必要性を認識し、地位問題が加速した。2005年アハティサーリフィンランド大統領が国連特使に任命され、同特使は、ウィーンに事務所(UNOSEK)を設置し、2006年中の地位確定(条件的独立承認)を目指して、米露英独仏伊6ヶ国からなるコンタクト・グループ(CG)の下、包括的解決案の取りまとめを開始した。その後、セルビアの憲法改正、議会選挙の影響で包括的解決案の提示は2007年にずれこんだ。

2007年2月2日、アハティサーリ国連特使は、セルビアの首都ベオグラードタディッチ大統領に包括的解決案を提示した。同案では、「民主的に自由統治」し、独自憲法、治安部隊(コソボ治安軍)を持ち、国際条約を締結できるほか、国際機関への加盟も認めるという、名目上は独立承認ではないが事実上は国際社会の監督下での事実上の独立を示す内容のものであった。しかし、タディッチ・セルビア大統領は仲介案を拒否。コソボ地位交渉は国連安全保障理事会に場を移すこととなった。[2]

[編集] 国連安保理での議論

国連安全保障理事会では、アメリカとEUが共同でアハティサーリ包括的解決案を支持するよう取り纏めを行おうとした。しかし常任理事国として拒否権を持つロシアは、この案では理解出来ないと提案を拒否する姿勢を見せた。そのため新決議は採択のめどが立たず、結局アメリカとEUは決議案の提出自体を断念した。

[編集] トロイカ仲介プロセス

国連安全保障理事会での決議採択断念を受けて、コンタクト・グループは、当事者間に直接交渉の機会を与えるとして、アメリカ、EU、ロシアからそれぞれ1名の特使を任命。三特使(ウィズナー米特使、イシンガーEU特使(駐英ドイツ大使)、ボツァン・ハルチェンコ露特使)が仲介するトロイカ仲介プロセスが開始された。 三特使は精力的に両当事者の仲介を行い、その過程で14項目の提案を行った。また、イシンガーEU特使は、コソボの法的地位に直接触れない合意案を非公式に提示した。しかし、これに対してセルビア側が高度な自治案を提示したのに対し、アルバニア系住民側は独立を前提とした友好善隣条約案を提示。ブリュッセルとウィーンで合計6回の直接交渉は議論が平行線のまま終了した。これを受けて三特使は2007年12月14日、こうした経緯をまとめた報告書を国連に提出。トロイカ仲介プロセスは終了した(ロシア、セルビアは仲介継続を主張)。

[編集] EUによる対応表明と独立宣言

コソボ議会は2008年2月17日に独立を宣言した。これに対してセルビア側は交渉継続と独立反対を主張しており、一方的独立宣言(UDI)が行われた場合の対応措置を閣議決定するとともに、2月17日、独立宣言を無効と宣言した。 2007年12月欧州理事会においてコソボへのESDP「法の支配」ミッション「EULEXコソボ」の派遣及び国際文民事務所(ICO)の設置を決定した。その後のロシアの反対により安保理によるコソボの独立の承認が頓挫したため、「EULEXコソボ」がいかなる法的根拠および地位があるのかも問題になっている。セルビアおよびロシアはEULEXコソボに国連安全保障理事会決議第1244号に基づく地位および根拠がないとして派遣自体に反対である。現状の暫定国連統治および国連による治安維持軍の維持を主張している。

[編集] 独立宣言後

独立宣言後、欧米を中心に徐々にコソボを国家承認する国は増加している。しかしながら他方では、こうした国際法上の疑義のある独立宣言を有効と認めることが各国が抱える分離・独立運動の前例となるとして、国家承認に反対の立場を表明した国も少なくなく、世界中に約200ある主権国家のうち、何ヶ国が承認に踏み切るのかが今後の焦点となる。他方、セルビア国内では、独立問題への対応から連立与党が分裂し、5月11日に議会総選挙が行われることとなり、親欧米派と目されるボリス・タディッチ率いる民主党が勝利した。セルビアでは、自由民主党を除くほぼすべての主要政党はコソボの独立には反対の立場で一致しているものの、コソボの独立に対する対処法を巡って対立がある。

コソボ独立に対する各国の立場。濃い橙色は反対、薄い橙色は交渉の進展に期待する立場。濃い青は独立承認済み、薄い青は独立承認の意思を明らかにした国。黄色の国では議論が分かれている。
コソボ独立に対する各国の立場。濃い橙色は反対、薄い橙色は交渉の進展に期待する立場。濃い青は独立承認済み、薄い青は独立承認の意思を明らかにした国。黄色の国では議論が分かれている。

国境線の不変更の原則を侵してのコソボの独立は、その他の独立運動のある地域の問題を先鋭化させる可能性も危惧されている。ボスニア・ヘルツェゴビナスルプスカ共和国の議会は、「国際社会の求めに応じ、平和を維持するために、今すぐの権利行使はしない」との保留つきながら、「コソボの独立が認められるならば、スルプスカ共和国も独立の権利を有する」との決議をした。また、カフカースグルジアで同国から事実上独立しているアブハジアは国際社会に対してアブハジアの独立を今後求めていくとし、同じくグルジアから事実上独立している南オセチアや、モルドバから事実上独立している沿ドニエストル共和国も同様の立場を示している。

2008年8月の時点で、西側諸国を中心におよそ50の国がコソボの独立を承認している。他方で、国際法上の疑義や、他地域での独立運動の前例となることへの懸念などから、コソボの独立に反対の立場を表明した国も少なくない。国連安保理で拒否権を持つロシアはコソボの独立に反対の立場であり、また中国も更なる交渉の進展を期待するとして現状での独立は時期尚早であると考えている。このため、コソボ独立の国連安保理での採択は、近いうちにはありえないと予測されている。

[編集] 見解の相違

[編集] 国際法上の見解

コソボ紛争の条件となった国連安全保障理事会決議第1244号では、セルビア領コソボ自治州の国際連合による暫定統治を認めさせる一方、当時のユーゴスラビアの領土の一体性について明確に言及されていた。また、この中にコソボの独立を認める条文は存在していない。国際法上コソボはセルビアの領土であり、コソボの独立権は認められていない。このため、こうした国際法上の疑義によって、コソボ独立に反対する立場がある。アルゼンチンなどはこのような立場からコソボの独立に反対の立場をとっている。これに対して、コソボ独立を支持する側は、この決議にはコソボ独立を禁止する条文もないとしている。この決議案はコソボにおける国際の統治ついて言及したものであり、ICO及びKFORはこれに基づいて引き続きコソボに留まるとしている。

[編集] 地域の安定化と紛争解決の手法として

コソボ独立を支持する立場からは、コソボで多数派を占めるアルバニア人はコソボの独立を希求しているのに反してコソボが紛争以降8年にもわたって不安定な立場におかれていたことを重視し、これ以上この状態が長引けば大規模な反乱も予想されるため、コソボの独立を是認せざるを得ないと考えられている。また、コソボにおいては、セルビアの統治は8年間にもわたって停止されており、再びコソボをセルビアの統治下におくことはもはや不可能であるとも考えれられている。これに対して、国境線不変更の原則に反して分離主義の動きを認めることにより、他地域での独立運動の先鋭化や、他の事実上独立している国々に対する前提となるという危惧がある。スペインやグルジアなど、国内に少数民族問題を抱える国々の多くが、同様の立場からコソボの独立に反対している。独立支持の立場からは、コソボの独立はコソボ紛争を背景とする特異な(sui generis)ケースであり、他地域における独立問題の前例とはならないと説明されている。

[編集] 民族的・文化的権利、人権に関して

コソボ独立に賛成の立場からは、包括的解決案はセルビアの立場を十分反映していると主張されている。同案の下では、セルビア系住民の安全や人権、セルビア文化遺産は保護され、またコソボは国際的監督下に留まるとされる。独立宣言をしたコソボの政府も、包括的解決案に基づく憲法を準備し、また引き続き国際的監督を受け入れる意思を表明している。 そのため、コソボ独立によってセルビア人の権利が侵害されることはないとしている。

これに対して、独立に反対の立場からは、コソボのセルビア人に対する保護は十分ではないと主張されている。コソボを脱出したセルビア系難民の帰還は進んでいない。また、コソボに留まったセルビア人に対する脅迫や嫌がらせは相次いでおり、セルビア人の身辺に対する爆発物の設置や殺人、拉致事件も少なからず発生している。また、こうした状況に対するコソボ当局の対応は十分とはいえないと批判されている。そのため、セルビア系住民の人権保護を定めた国連安全保障理事会決議第1244号は、完全に履行されているとは言えないとしている。

他方で、アルバニア人の人権および文化的権利はすでに国連決議第1244号に基づくコソボの暫定国連統治によって守られている。さらに、セルビア政府もコソボに「自治以上、独立未満」を与える用意があるとしている。また、民族自決権は、国連で認められた権利ではない。そのため、独立反対派からは、このような立場からコソボの独立の正当性を主張することはできないとしている。

[編集] 大アルバニア主義への懸念

大アルバニア主義は、コソボをはじめとするアルバニア国外でアルバニア人の居住する地域をアルバニアへと統合することを目指す民族統一主義であり、アルバニア人が多く住む地域を有する国々、特にマケドニア共和国において国の分裂を招きかねない大きな脅威となっている。

コソボ政府は、アルバニアを含むいかなる国との連合にも否定的であり、また、コソボよりも経済発展の遅れた国と考えられるアルバニアとの合併にはメリットが少ない。また、アルバニア政府もコソボとの統合には否定的である。コソボはアルバニア人のみのものではなく多民族国家であり、コソボ憲法ではコソボは民族などの別によらない自由平等の多民族国家であると規定されている。こうした点から、コソボ独立を支持する立場は、コソボの独立を大アルバニア主義の実現とする批判は当たらないとしている。

他方で、コソボの独立運動は、コソボで多数派を占めるアルバニア人による民族統一主義の一端にすぎないという見方もある。コソボのアルバニア人はアルバニア国旗および国章である鷲を独立運動のシンボルとして掲げている。コソボ独立に刺激を受け、マケドニア共和国、モンテネグロセルビア本国、ギリシャのアルバニア人地域を巻き込んでの大アルバニア主義の台頭が懸念されている。2008年前半、マケドニア共和国において、隣接するコソボの国家承認の是非は国論を二分する議論となった。即時の独立承認を主張するアルバニア系政党アルバニア人民主党が、連立与党を組む内部マケドニア革命組織・マケドニア国家統一民主党と対立して連立与党が解体され、2008年5月には総選挙が行われた。モンテネグロは、コソボの独立承認に肯定的な立場を表明しつつも、政治的・経済的に結びつきの深い隣国であるセルビアとの関係にも配慮し、慎重に対処するとしている。

[編集] 注釈

  1. ^ セルビア人居住地にはセルビアの一部出先機関が存在し、セルビア系自治体に対する支援を行っている。これは極めて限定された範囲であるが、コソボ独立に際してセルビアがコソボの主権を放棄していないという主張を成立させるためにも必要な措置である。また、セルビアは「コソボは自国領」との立場から、第三国からコソボ経由でのセルビア入国を、適法なセルビア入国検査を受けていないものとして不法入国扱いしている。
  2. ^ EUの中でも、国内にマイノリティの分離運動が存在する、スペインキプロスギリシャスロバキアはコソボの独立が自国の分離運動に影響する可能性があるとして危惧している。従ってEU全体としてコソボの独立支持を打ち出す条件として安保理での決議を強く求めている。

[編集] 関連項目