ハインリヒ・フリードリヒ・フォン・シュタイン

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シュタイン

ハインリヒ・フリードリヒ・フォン・シュタインHeinrich Friedrich Karl vom Stein1757年10月25日-1831年6月29日)はプロイセン王国の政治家。開明派官僚

略歴[編集]

1757年ラインラント=プファルツ州ナッサウ県に生まれる。ティルジットの和約以後、ナポレオン・ボナパルトのフランスにより、領土・人民ともに半減したプロイセン王国の首相(任期1807年10月-1808年11月)となる。徹底的改革なしに救国の途はないとして、1807年10月、農奴制(世襲隷農制)を廃止して農民を領主への人格的隷属から解放し、土地売買の自由、職業選択の自由を認める勅令(10月勅令)を発表した。

1808年、都市条例による市民自治の導入、営業の自由、軍制改革、行政機構の改革、教育改革など「上からの近代化」を断行し、国土の復興と近代化に努めたが、ナポレオンににらまれて同年11月に失脚した。シュタインの方針は、こののちカール・アウグスト・フォン・ハルデンベルクに引き継がれることとなる。

1831年、ヴェストファーレンにて死去。

関連項目[編集]