陸上自衛隊関西補給処
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陸上自衛隊関西補給処(りくじょうじえいたいかんさいほきゅうしょ、JGSDF Kansai Logistics Depot)は陸上自衛隊の補給処のひとつ。訓練、有事の際の行動を円滑にするための後方支援を担当する。本処は宇治駐屯地。
概要
[編集]中部方面総監の指揮を受ける機関であり、中部方面区内の需品、火器、弾薬、車両、化学器材、施設器材、通信器材及び衛生器材の調達、保管、補給、整備、並びにこれらに関する調査研究や補給統制本部長の指示に基づく、補給統制本部統制品目の調達を行っている[1]。また、海上・航空自衛隊に対する、車両・施設器材の保安検査及び一部の補給整備業務支援も行っている[1]。
本処の他、桂支処(桂駐屯地)、三軒屋弾薬支処(三軒屋駐屯地)、祝園弾薬支処(祝園分屯地)の各支処からなっている。
沿革
[編集]警察予備隊宇治管理補給部隊
警察予備隊宇治管理補給廠
保安隊関西地区補給廠
陸上自衛隊関西地区補給処
- 1954年(昭和29年)7月1日:陸上自衛隊関西地区補給処に改称。
- 1955年(昭和30年)
- 4月14日:三軒屋弾薬支処が三軒屋駐屯地で編成完結。
- 5月14日:舞鶴弾薬支処が舞鶴分屯地において編成完結。
- 1958年(昭和33年)6月26日:武器補給処隷下の西山弾薬支処及び千両弾薬支処を編合。
- 1960年(昭和35年)
- 1月14日:桂支処が桂駐屯地において編成完結。
- 12月9日:部隊改編。
- 祝園弾薬支処が祝園分屯地において編成完結。
- 西山弾薬支処を廃止。
- 千両弾薬支処(千両分屯地)を廃止。
- 1966年(昭和41年)4月1日:舞鶴弾薬支処(舞鶴分屯地)を廃止。
陸上自衛隊関西補給処
- 1998年(平成10年)3月26日:中央補給処の整理統合により陸上自衛隊関西補給処に改称。
- 2004年(平成16年)3月29日:組織改編により、通信部等を廃止し、装備計画部、整備部等を新編。
- 2018年(平成30年)3月27日:電計課を廃止(装備計画部に統合)。
組織編成
[編集]- 陸上自衛隊関西補給処本処(宇治駐屯地)
- 総務部(総務・人事、保全、教育訓練及び輸送等の処業務の他、祝園分屯地を含めた駐屯地司令業務及び業務隊業務を担任。京都地方協力本部に対する後方支援)
- 調達会計部(関西補給処の補給整備に関わる調達業務、駐屯地業務に関わる調達業務、京都地方協力本部への会計支援)
- 装備計画部(関西補給処の運営に関わる企画、組織・定員、防衛・警備、災害派遣及び監理、関西処の補給・整備及び技術業務に関わる統制・調整、補給管理システム等の維持管理や障害受付)
- 補給部(関西補給処の所掌事務のうち需品、通信、化学、衛生器材の保管、補給(出納、回収及び処分)(火器・車両・誘導武器・施設器材は桂支処、弾薬は祝園・三軒屋弾薬支処が担当))
- 整備部(関西補給処の所掌事務のうち需品、通信、化学、衛生器材の整備及び技術検査)
- 桂支処(桂駐屯地)
- 総務部
- 補給部(関西補給処の所掌事務のうち火器・車両・誘導武器・施設器材の保管、補給(出納、回収及び処分))
- 整備部(関西補給処の所掌事務のうち火器・車両・誘導武器・施設器材の整備及び技術検査)
- 三軒屋弾薬支処(三軒屋駐屯地)(関西補給処の所掌事務のうち火器・車両・誘導武器・施設器材の保管、補給(出納、回収及び処分)、関西補給処の所掌事務のうち弾薬の整備及び技術検査、)
- 祝園弾薬支処(祝園分屯地)(関西補給処の所掌事務のうち火器・車両・誘導武器・施設器材の保管、補給(出納、回収及び処分)、関西補給処の所掌事務のうち弾薬の整備及び技術検査)
主要幹部
[編集]官職名 | 階級 | 氏名 | 補職発令日 | 前職 |
---|---|---|---|---|
陸上自衛隊関西補給処長 兼 宇治駐屯地司令 |
陸将補 | 平野邦治 | 2022年 | 8月 1日陸上自衛隊化学学校長 兼 大宮駐屯地司令 |
副処長 | 1等陸佐 | 山根茂樹 | 2024年 | 3月21日東北方面後方支援隊長 |
総務部長 | 1等陸佐 | 篠田光正 | 2022年 | 8月 1日西部方面混成団副団長 |
調達会計部長 | ||||
装備計画部長 | 1等陸佐 | 中島孝太郎 | 2024年 | 8月 1日第7後方支援連隊長 |
補給部長 | 1等陸佐 | 齋藤剛 | 2024年 | 4月25日北部方面総監部付 |
整備部長 | 2等陸佐 | 森重武浩 | 2023年12月22日 | 西部方面システム通信群副群長 |
桂支処長 | 1等陸佐 | 池田幸博 | 2023年12月22日 | 陸上自衛隊東北補給処装備計画部長 |
祝園弾薬支処長 兼 祝園分屯地司令 |
2等陸佐 | 川﨑玲彦 | 2020年 | 3月16日陸上自衛隊補給統制本部 |
三軒屋弾薬支処長 兼 三軒屋駐屯地司令 |
2等陸佐 | 石嶋孝至 |
代 | 氏名 | 在職期間 | 出身校・期 | 前職 | 後職 |
---|---|---|---|---|---|
陸上自衛隊関西地区補給処長 | |||||
1 | 馬場政義 (1等保安正) |
1952.10.15 - 1953.4.7 | 東京帝国大学 | 宇治管理補給しよう長 | 保安隊九州地区補給しよう長 |
2 | 田中盛隆 (1等保安正) |
1953.4.8 - 1954.10.14 | 第8連隊長 | 退職(陸将補昇任) | |
- | 保坂輝明 (1等陸佐) |
1954.10.15 - 1954.11.30 | 早稲田大学 | 補給処長心得(本務:関西地区補給処副処長) | |
3 | 大庭唯市 (1等陸佐) |
1954.12.1 - 1956.4.9 | 京都帝国大学 | 陸上幕僚監部募集課長 | 停年退官(陸将補昇任) |
4 | 松田俊彦 (1等陸佐) |
1956.4.10 - 1957.8.11 | 北海道帝国大学 | 関西地区補給処副処長 | 陸上自衛隊需品補給処長 兼 松戸駐とん地司令 |
5 | 小口光男 | 1957.8.12 - 1961.7.31 | 早稲田大学 | 陸上自衛隊富士学校総務部長 →1959.8.1 陸将補昇任 |
陸上幕僚監部付 →1962.2.1 停年退官 |
6 | 工藤勇助 | 1961.8.1 - 1964.3.15 | 京都帝国大学 | 第3管区副総監 兼 千僧駐とん地司令 |
陸上幕僚監部付 →1964.4.13 退職(陸将昇任) |
7 | 荒武太刀夫 | 1964.3.16 - 1966.3.15 | 東京帝国大学 | 陸上幕僚監部監理部長 →1964.7.6 陸将昇任 |
第8師団長 |
8 | 四戸陸三 | 1966.3.16 - 1968.3.15 | 東北帝国大学 | 東北方面総監部幕僚長 兼 仙台駐とん地司令 →1966.7.1 陸将昇任 |
陸上幕僚監部付 →1968.6.30 退職 |
9 | 口野昌三 (陸将) |
1968.3.16 - 1970.6.30 | 東京帝国大学 | 陸上幕僚監部監理部長 | 第3師団長 |
10 | 生野明 (陸将) |
1970.7.1 - 1971.6.30 | 東京帝国大学 | 陸上自衛隊北海道地区補給処長 兼 島松駐とん地司令 |
東部方面総監部付 →1972.1.1 退職 |
11 | 原壽満夫 (陸将) |
1971.7.1 - 1973.3.15 | 陸士51期 | 第1師団副師団長 兼 練馬駐とん地司令 |
陸上幕僚監部第5部長 |
12 | 西田秀男 (陸将) |
1973.3.16 - 1975.6.30 | 陸経1期 | 自衛隊体育学校長 | 退職 |
13 | 大野敏夫 (陸将) |
1975.7.1 - 1977.3.15 | 陸士55期 | 自衛隊東京地方連絡部長 | 陸上自衛隊武器補給処長 兼 霞ケ浦駐とん地司令 |
14 | 柳幸男 | 1977.3.16 - 1978.6.30 | 陸士56期 | 第3教育団長 兼 相浦駐とん地司令 →1977.4.1 陸将昇任 |
退職 |
15 | 徳久宗治 (陸将) |
1978.7.1 - 1980.3.16 | 陸士57期 | 第1混成団長 兼 那覇駐とん地司令 |
退職 |
16 | 宮崎忠夫 | 1980.3.17 - 1982.6.30 | 陸士59期 | 陸上自衛隊富士学校副校長 →1980.7.1 陸将昇任 |
退職 |
17 | 柴田幸彌 (陸将) |
1982.7.1 - 1983.6.30 | 陸航士60期 | 中部方面総監部幕僚長 兼 伊丹駐屯地司令 |
陸上自衛隊武器補給処長 兼 霞ケ浦駐屯地司令 |
18 | 倉林昭三 (陸将) |
1983.7.1 - 1985.3.15 | 陸士61期 | 第1混成団長 兼 那覇駐屯地司令 |
退職 |
19 | 蒲田孔明 | 1985.3.16 - 1986.7.31 | 学習院大学 昭和29年卒 |
陸上自衛隊化学学校長 | 陸上自衛隊武器補給処長 兼 霞ケ浦駐とん地司令 |
20 | 三井貞男 | 1986.8.1 - 1988.7.6 | 中央大学 昭和31年卒 |
自衛隊宮城地方連絡部長 | 陸上幕僚監部付 →1988.8.1 退職 |
21 | 柚木文夫 | 1988.7.7 - 1990.7.8 | 防大2期 | 西部方面総監部幕僚長 兼 健軍駐屯地司令 |
陸上幕僚監部付 →1990.8.1 退職 |
22 | 藤本義人 | 1990.7.9 - 1993.3.23 | 防大4期 | 警務隊長 兼 芝浦分屯地司令 |
陸上自衛隊業務学校長 兼 小平駐屯地司令 |
23 | 北井上一則 | 1993.3.24 - 1995.6.29 | 防大5期 | 陸上自衛隊高射学校長 兼 下志津駐屯地司令 |
退職 |
24 | 上杉俊二 | 1995.6.30 - 1996.6.30 | 防大8期 | 警務隊長 兼 芝浦分屯地司令 |
退職 |
25 | 市川淳 | 1996.7.1 - 1997.12.7 | 防大8期 | 第5施設団長 兼 小郡駐屯地司令 |
退職 |
末 | 高橋義洋 | 1997.12.8 - 1998.3.25 | 防大9期 | 陸上自衛隊調査学校長 | 陸上自衛隊関西補給処長 兼 宇治駐屯地司令 |
陸上自衛隊関西補給処長 | |||||
1 | 高橋義洋 | 1998.3.26 - 1999.3.28 | 防大9期 | 陸上自衛隊関西地区補給処長 兼 宇治駐屯地司令 |
退職 |
2 | 重松英夫 | 1999.3.29 - 2001.1.10 | 防大10期 | 陸上自衛隊富士学校機甲科部長 | 退職 |
3 | 衣笠陽雄 | 2001.1.11 - 2002.3.21 | 防大13期 | 第1空挺団長 兼 習志野駐屯地司令 |
第4師団長 |
4 | 中原勇 | 2002.3.22 - 2004.8.29 | 防大14期 | 第5師団副師団長 兼 帯広駐屯地司令 |
退職 |
5 | 瓦谷育夫 | 2004.8.30 - 2006.3.26 | 防大15期 | 第10師団副師団長 兼 守山駐屯地司令 | |
6 | 廣田義則 | 2006.3.27 - 2007.7.3 | 防大17期 | 補給統制本部副本部長 | |
7 | 菊川俊広 | 2007.7.3 - 2009.7.20 | 防大19期 | 陸上自衛隊化学学校長 兼 大宮駐屯地司令 | |
8 | 鎌田正広 | 2009.7.21 - 2011.4.26 | 防大21期 | 航空学校長 兼 明野駐屯地司令 | |
9 | 福盛裕一 | 2011.4.27 - 2012.7.25 | 防大22期 | ||
10 | 今浦勇紀 | 2012.7.26 - 2013.8.22 | 愛媛大学[2] | 第8師団副師団長 兼 北熊本駐屯地司令 |
陸上自衛隊化学学校長 兼 大宮駐屯地司令 |
11 | 山岡建男 | 2013.8.23 - 2015.1.22 | 防大27期 | 自衛隊大阪地方協力本部長 | 死亡 |
12 | 田原計 | 2015.2.3 - 2016.6.30 | 防大26期 | 陸上自衛隊補給統制本部副本部長 | 退職 |
13 | 福田和彦 | 2016.7.1 - 2018.7.31 | 防大30期 | 統合幕僚監部報道官 | 陸上自衛隊補給統制本部副本部長 |
14 | 秋葉瑞穂 | 2018.8.1 - 2020.3.17 | 防大30期 | 第5施設団長 兼 小郡駐屯地司令 |
退職 |
15 | 小谷琢磨 | 2020.3.18 - 2022.7.31 | 防大32期 | 第4施設団長 兼 大久保駐屯地司令 |
退職 |
16 | 平野邦治 | 2022.8.1 - | 防大34期 | 陸上自衛隊化学学校長 兼 大宮駐屯地司令 |
脚注
[編集]- ^ a b 宇治駐屯地HP 関西補給処の任務
- ^ 昭和56年卒(防大25期相当)