DABO

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DABO
出生名 芦田 大介
別名 Mr.Fudatzkee, 原万太郎, MANTAROU F. HOLLA aka DABO / FUDATZKEE
生誕 (1975-01-06) 1975年1月6日(42歳)
出身地 日本の旗 日本 千葉県
学歴 本郷中学校・高等学校
ジャンル ヒップホップ
職業 MC
活動期間 1998年 - 現在
レーベル Def Jam Japan
Baby Mario Production
EMIミュージック・ジャパン
FEEL NO PAIN
共同作業者 NITRO MICROPHONE UNDERGROUND
DJ WATARAI
DJ HAZIME
DJ KEN WATANABE
DJ SAAT
YAKKO AKA JHETTO

DABO(ダボ、本名:芦田 大介〈あしだ だいすけ〉、1975年1月6日 - )は、日本のヒップホップMCNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのMCとしても知られる。千葉県出身。

来歴[編集]

学生時代にアメリカヒップホップに夢中になり、17歳からラップを始める[1]1995年頃、DJ HAZIMESUIKENKEI-BOMBらと「CHANNEL5」というグループを結成。1997年SHAKKAZOMBIEの楽曲「共に行こう -version pure-」に、 GORE-TEX、SUIKEN、MACKA-CHINと共に客演。1999年、初のソロ名義の12'inchシングル「MR.FUDATZKEE」 をインディーズレーベルRealty Recordsから発売。

NITRO MICROPHONE UNDERGROUND〜Def Jam Japan[編集]

2000年10月7日、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのメンバーとしてアルバム『NITRO MICROPHONE UNDERGROUND』をReality Recordsより発売。同年12月27日には同アルバムがDef Jam Japan設立後初の作品として再発売される。その後、第1号アーティストとしてDef Jam Japanと契約。

2001年6月13日、ファーストアルバム『PLATINUM TONGUE』発売。同アルバム収録曲の「レクサスグッチ」が映画『ワイルド・スピード』日本公開版のエンディングテーマに採用される。その後全国20都市ライブツアーを開催。また、CHEMISTRY川畑要と、KAWABATA and DABO名義でアナログ盤「BROTHERHOOD」を発表。CHEMISTRYのファーストアルバム『The Way We Are』にも収録された。

2002年9月25日、2ndアルバム『HITMAN』を発売。全国31都市ライブツアーを開催。同時期にBoASUITE CHICLISAなど多くのメジャーアーティストの作品に客演。2003年12月24日、3rdアルバム『Diamond』を発売。エミネムを手がけたサウンドプロデューサーTOMMY COSTERからなるプロデュースチーム327、BL餓鬼レンジャーのGPらがプロデューサーとして参加。その後、3度目の全国ツアーを開催。

BABY MARIO PRODUCTION〜EMIミュージック・ジャパン[編集]

2004年にレーベル「BABY MARIO PRODUCTION」を設立し、11月10日に同レーベルからミニアルバム『6Bullets』を発売。2005年6月8日にはMACKA-CHINとのユニットMABOのアルバム『デラコスタ』を発売。2006年EMIミュージック・ジャパン傘下のレーベルCapitol Musicと契約し、2月15日に4枚目のアルバム『THE FORCE』を発売。客演が一切無しの作品となった。また、社会や若者へのメッセージを含んだ内容の歌詞が多くなった。

2007年2月21日、全曲客演のコンピレーションアルバム『DABO PRESENTS B.M.W.vol.1 BABY MARIO WORLD』を発売。KREVAZEEBRAMUROPUSHIMANARCHY、SIMON、COMA-CHITARO SOULなどが客演。2008年2月1日、ブログ『PAPER MOON MAN』をアメーバブログより開始。2009年1月28日、ベストアルバム『I'm The Best』を発売。自身の楽曲以外にも、他のアーティストに客演した楽曲も含んだベスト盤となった。

2010年11月3日、4年ぶり・5枚目となるオリジナルアルバム『HI-FIVE』を発売。

FEEL NO PAIN[編集]

2012年12月、第46回衆議院議員総選挙に出馬した山本太郎高円寺での街頭演説にDELIらと共に登場し、自身の楽曲「拍手喝采」、「デッパツ進行」などを披露[2]

2014年7月13日Dabo & Macka-chin & Suiken & S-word名義でシングル「東京弐拾伍時」をManhattan Recordingsより発売[3][4]。同年10月1日には、レーベル「FEEL NO PAIN」をDJ YAKKO、DJ SAATと共に設立。2015年5月に2000年代初頭のアメリカのヒット曲を日本語でカバーしたアルバム『DEEP COVER - Mixed by DJ SAAT』を発売[5]。同年、MACKA-CHIN、SUIKEN、S-WORDと共にユニット東京弐拾伍時を結成[6]

人物[編集]

身長は171cm[7]。姉がいる。学生時代は、現代文英語が得意であった。家族からの呼称「ダイ坊」を縮めて「ダボ」としたのがMC名の由来。DABO以前には、Q-TIPが好きだった事からQ太というMC名であった。 別称(a.k.a)はMr. Fudatzkee(フダツキー)、札月、DABO DA MARIO[要出典]など。兎年生まれである事をしばしば歌詞でアピールしている。イラストを描くことを好み、スペースシャワーTVで放送されている第三会議室にゲスト出演した際にはホワイトボードに絵を描いていた。2012年から、高円寺の洋服屋「RUGGED」でアルバイトをしていたが、2014年10月を以って卒業となった[8]

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

発売日 タイトル レーベル 最高順位
1999年11月30日 Realty Records
2000年5月26日
2001年2月15日 Def Jam Japan 57位
2001年5月30日 68位
2001年7月25日
2001年10月17日 40位
2002年6月26日 37位
2002年8月28日 34位
2002年11月27日 147位
2003年9月24日 Baby Mario Production 48位
2003年11月28日
2005年9月17日 Victor
2006年1月18日 東芝EMI 65位

アルバム[編集]

発売日 タイトル レーベル 最高順位
2001年6月13日 Def Jam Japan 15位
2002年9月25日 20位
2003年12月24日 Baby Mario Production 45位
2006年2月15日 東芝EMI 47位
2010年11月3日 42位

ミニアルバム[編集]

発売日 タイトル レーベル 最高順位
2004年11月10日 Baby Mario Production 41位

コンピレーションアルバム[編集]

発売日 タイトル レーベル
2007年2月21日 EMI
2015年5月 FEEL NO PAIN

ベストアルバム[編集]

発売日 タイトル レーベル
2009年1月28日 EMI

DVD[編集]

発売日 タイトル レーベル 最高順位
2004年3月17日 ユニバーサル シグマ 44位

客演作品[編集]

タイアップ[編集]

楽曲 タイアップ 収録作品
レクサスグッチ feat.FAT MAN SCOOP MIX ワイルド・スピード』日本公開版エンディングテーマ レクサスグッチ
D.A.B.O. サイバード「Cool Sound」CMソング D.A.B.O.
NTV系「『AX MUSIC-TV』AX POWER PLAY #008」テーマソング
恋はオートマ feat.HI-D TX系「JAPAN COUNTDOWN」オープニングテーマ 恋はオートマ feat.HI-D
ANB系「Future Tracks」オープニングテーマ

脚注[編集]

出典[編集]

外部リンク[編集]