鳥取大丸

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株式会社鳥取大丸[1]
The Tottori Daimaru, Inc.
種類 株式会社
市場情報 非上場[2]
本社所在地 日本の旗 日本
680-8601[3]
鳥取県鳥取市今町2丁目151番地[1]
設立 2018年平成30年)6月
(株式会社ティー・エイ・オー)[4]
業種 小売業
法人番号 4270001007534
事業内容 百貨店
代表者 代表取締役社長 米原正明[3]
資本金 1.8億円[3]
売上高 72.6億円(2010年(平成22年)2月期)[3]
純利益 ▲7905万2000円(2018年02月28日時点)[5]
純資産 1302万6000円(2018年02月28日時点)[5]
総資産 32億5734万9000円(2018年02月28日時点)[5]
主要株主 J.フロント リテイリング14%[6]
主要子会社 鳥取大丸友の会株式会社
関係する人物 由谷正太郎米原章三[7] 米原正博
外部リンク http://www.daimaru-tottori.co.jp/
特記事項:旧社設立:1937年昭和12年)2月17日
(株式会社丸由百貨店)[1]
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鳥取大丸
Daimaru Tottori
Tottori daimaru01 1920.jpg
地図
店舗概要
所在地 680-8601
鳥取県鳥取市今町2丁目151番地[3]
座標 北緯35度29分43.3秒 東経134度13分32.8秒 / 北緯35.495361度 東経134.225778度 / 35.495361; 134.225778座標: 北緯35度29分43.3秒 東経134度13分32.8秒 / 北緯35.495361度 東経134.225778度 / 35.495361; 134.225778
開業日 1937年(昭和12年)12月
(丸由百貨店)[8]
商業施設面積 11,973[9]
商圏人口 約30万人
最寄駅 JR鳥取駅
DAIMARU
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北緯35度29分43.3秒
東経134度13分32.8秒

株式会社鳥取大丸(とっとりだいまる, 英文:The Tottori Daimaru, Inc.)は、鳥取県に地盤を置く日本の百貨店である。

歴史・概要[編集]

智頭街道沿いにあって当時山陰一といわれた[10]江戸時代から続く老舗由谷呉服店を経営していた由谷正太郎[11]が、米原章三[7]らと共に、1937年昭和12年)2月17日に資本金30万円で株式会社丸由百貨店を設立し[1]鳥取駅前に鉄筋コンクリート4階建の店舗を建設[10]して同年12月に丸由百貨店(まるゆうひゃっかてん, Maruyu Department Store)を開いた[8]のが始まりである。

丸由百貨店は米原章三の意見で当時繁華街ではなかった鳥取駅前に店を構え[7]、社長にも米原章三が就任[12]するなど由谷呉服店が母体だったにもかかわらず創業時から米原章三が大きな力を持っていた。

第2次世界大戦丸由百貨店として1階のみで営業を再開させ、1949年(昭和24年)12月3日に[3]大丸(現:大丸松坂屋百貨店J.フロント リテイリング傘下))と資本・業務提携して株式会社鳥取大丸(とっとりだいまる, Tottori Daimaru)[6]として本格的に営業を再開した。

市の全世帯の半数に近い5,228戸が焼失した1952年(昭和27年)の鳥取大火災の後からは、徐々に店舗のある鳥取駅前周辺に商店街が移り[10]1970年(昭和45年)に若桜街道の商店街にアーケードが設置[13]され、同商店街に1972年(昭和47年)にダイエー鳥取店が進出[10]するなどして商業の中心地になって行ったことも相俟って、鳥取を代表する百貨店に成長し、区画整理と幹線道路の拡幅等が行われた市街地再開発事業にのって1975年(昭和50年)[13]に同じく米原家が経営するホテルニューオータニ鳥取[14]と一体的に建設された現在の店舗に移転・増床した[13]

その後も1979年(昭和54年)に鳥取駅高架化に伴って駅内にショッピングセンター「シャミネ」の開店[13]、1989年(平成元年)に鳥取駅南口側にジャスコ鳥取店を核とする「新日本海ショッピングタウン」(後の鳥取ショッピングシティ[15]ダイエー鳥取駅南店(現在の鳥取市役所駅南庁舎)[13]の進出などで、鳥取駅周辺が中心市街地における大型店の集積地になっていった。

しかし、1966年(昭和41年)の鳥取大学農学部・教育学部が郊外移転して教職員や学生を中心街から遠ざけ[10]2000年(平成12年)に鳥取駅から北西約5キロの郊外にジャスコ(現在のイオンモール鳥取北)が開業し[10]、その隣に2005年(平成17年)にトイザらスなどが入るショッピングセンター「トリニティモール」が開業し[10]2007年(平成19年)10月にジャスコ鳥取北店が大幅に増床して「イオン鳥取北ショッピングセンター」(32,272m2)として開業する(認可は2006年(平成18年))[10]など、2007年(平成19年)に鳥取市が郊外型の大型ショッピングセンターの出店を規制する方針を打ち出す[10]までに急速に進んだ郊外への大型店進出が、1960年(昭和35年)に1,608台から1975年(昭和50年)には2万4,000台に自動車保有台数が急増したモータリゼーションの進行[10]と合わさって中心市街地の商店街への来街者を奪うなどしたため、2001年(平成13年)2月にダイエー鳥取駅南店が撤退する[16]などして、サンロード入り口で1999年(平成11年)の3,692人が2006年(平成18年)1,525人と半分以下に、本町通りで1999年(平成11年)の2,452人が2006年(平成18年)1,725人で休日はもっと少なくなる[10]ほど集客力が低下した近隣商店街と共に、低迷に苦しんでいる。

その為、1995年(平成7年)から本格的に鳥取市周辺だけでなく鳥取県西部、島根県、兵庫県を対象に通信販売に乗り出し、1999年(平成11年)4月1日に日本電信電話と組んで通信販売としては西日本ではじめてのナンバー・ディスプレイとCTIを組み込んだシステムが導入するなど、通信販売の強化に取り組んだ[17]ものの、1997年(平成9年)2月期に140.04億円だった売上高が2000年(平成12年)2月期に約120.69億円と13.8%の減少し[2]、そこにいわゆるリーマンショック以降の消費低迷[18]が重なって2010年(平成22年)2月期で売上高が72.6億円[3]とピークの約半分に落ち込んだ為、2009年(平成21年)6月中旬から希望退職者を募集し、8月末に正社員の約3割に当たる36人が退職する[18]など経営体制の見直しを行っている。

また、2012年(平成24年)夏に着工予定の鳥取市道駅前太平線を覆う大屋根設置による商店街との連携の強化、店舗前に開設が予定されている芝生広場(約300 m2)でのイベントやオープンカフェなど[19]、鳥取駅周辺の再開発による中心市街地活性化策による、集客力強化[15]も狙っている。

現在の経営体制[編集]

2006年(平成18年)1月以降、創業家の米原家からは、米原正明が代表取締役社長[20]に入り、J.フロント リテイリング(JFR)から派遣された久保真人[3](元松坂屋上野店営業推進部長[21])が専務取締役を務めていた。

鳥取大丸は、非連結の関連会社ながらJFRグループの一員である[6]と同時に、米原が代表取締役社長を兼任している日ノ丸総本社や取締役を務める日ノ丸自動車[20]などと共に構成する佳友倶楽部にも加盟し、日ノ丸グループの一員でもあったが[22]、それでも赤字は膨らみ、2018年2月期決算は最終赤字に陥るなど債務超過転落寸前にまで至った。

このため2018年、JFRと日ノ丸グループとで再建策を検討した結果、日ノ丸グループと地元金融機関などが設立した地方再生ファンド「山陰中小企業支援4号投資事業有限責任組合」の2者により設立された新会社・株式会社ティー・エー・オーに百貨店の経営を移し、旧社を清算する「新旧分離」を実施することを決め、同年9月1日付で株式会社ティー・エー・オーから社名変更した株式会社鳥取大丸(2代目)による運営を開始[23][4]。これにより、JFRとの資本関係は無くなった。

(旧)株式会社鳥取大丸は2018年9月1日に株式会社ティー・ディーへ商号変更し、本店所在地を東京都千代田区にある北浜法律事務所東京事務所内へ移転[24]。2018年12月25日に東京地方裁判所から特別清算開始命令を受けた[25]。2019年7月19日に法人格が消滅した。

カードについて[編集]

鳥取大丸独自のクレジットカードとして「鳥取大丸デイリーカード」を、地場クレジットカード会社である株式会社エヌケーシーと提携し発行している。国際ブランドはVISAとJCBより選択が可能。 以上のことから、大丸松坂屋百貨店直営店舗で発行されるポイントカード(「大丸Dカード」「マツザカヤMカード」「大丸松坂屋ポイントカード」「うふふガールズカード」「JOYCLASS(友の会カード)」)は使用できず(ただし、楽天ポイントカードは直営店舗と同様に利用できる)、クレジットカード(「DAIMARU CARD」「マツザカヤカード」「大丸松坂屋カード」「さくらパンダカード」)へのポイント付与率も他店扱いと同等となっている。

沿革[編集]

  • 1937年(昭和12年)
    • 2月17日 - 資本金30万円で株式会社丸由百貨店を設立[1]
    • 12月 - 丸由百貨店を開業。(鉄筋コンクリート4階建)[8]
  • 1949年(昭和24年)12月3日 - 大丸と資本・業務提携して株式会社鳥取大丸を開業[3]
  • 1975年(昭和50年) - 現在の店舗に移転・増床(ホテルニューオータニ鳥取と隣接)[13]
  • 1995年(平成7年) - 通信販売に本格的に参入[17]
  • 2018年(平成30年)9月1日 - 新旧分離を実施し新会社による運営開始

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 流通会社年鑑 2003年版, 日本経済新聞社, (2002-12-20), pp. 62 
  2. ^ a b 未上場百貨店の売上高、3年前に比べ8割がダウン 〜57社中、48社の売上高が減収〜 (Report). 帝国データバンク. (2001). 
  3. ^ a b c d e f g h i 鳥取大丸”. 鳥取大丸. 2012年4月29日閲覧。
  4. ^ a b 鳥取大丸 百貨店事業、新会社で継続 経営不振で会社分割”. 産經WEST. 産業経済新聞社 (2018年7月14日). 2018年9月5日閲覧。
  5. ^ a b c 株式会社鳥取大丸 第121期決算公告
  6. ^ a b c J.フロント リテイリング Annual Review 2011 (Report). J.フロント リテイリング. (2011-7-9). 
  7. ^ a b c 『鳥取県郷土が誇る人物誌』鳥取県教育委員会、1990年3月。
  8. ^ a b c 鳥取県略年表 明治元年-平成22年 (Report). 鳥取県立公文書館. (2010). 
  9. ^ 国土審議会調査改革部会 第4回国際連携・持続的発展基盤小委員会配付資料 人口減少下での活力ある地域社会と二層の広域圏形成に資する国土基盤の現状と課題(資料編) (Report). (2000). 
  10. ^ a b c d e f g h i j k 衣川恵. “地域情報 さびれゆく地方都市の中心商店街―鳥取市の事例―”. 地域総合研究第36巻第1・2号合併号 (鹿児島国際大学地域総合研究所) (2009-2). 
  11. ^ 『鳥取県大百科事典』新日本海新聞社、1984年。
  12. ^ 『講談社 日本人名大辞典』講談社、2001年12月6日。ISBN 4-06-210800-3
  13. ^ a b c d e f 倉持裕彌. “調査研究報告 地域生活空間 鳥取市の中心市街地商店街活性化に関する考察―社会構造の変化を踏まえて―”. TORCレポート No.26 (とっとり地域連携・総合研究センター) (2005). 
  14. ^ 日ノ丸自動車株式会社 第115期有価証券報告書 (Report). 日ノ丸自動車. (2005-6-28). 
  15. ^ a b “鳥取駅周辺ににぎわいを…連携協議がスタート”. 日本海新聞 (新日本海新聞社). (2009年7月27日) 
  16. ^ “ダイエー鳥取閉鎖。来年2月 黒字化めど立たず 従業員136人は解雇へ。”. 日本海新聞 (新日本海新聞社). (2000年12月19日) 
  17. ^ a b “テレコム・アイ ナンバー・ディスプレイ+CTI 通販コールセンターシステム 株式会社鳥取大丸(鳥取県)”. テレコムニュース中国1999.7月号 No.143 (日本電信電話ユーザ協会 中国地方本部) (1999-7). 
  18. ^ a b “希望退職で正社員3割減/鳥取大丸、業績悪化で”. 四国新聞 (四国新聞社). (2009年9月18日) 
  19. ^ “今夏 大屋根を着工 鳥取駅前の太平線通り”. 日本海新聞 (新日本海新聞社). (2012年2月21日) 
  20. ^ a b 日ノ丸自動車株式会社 第121期有価証券報告書 (Report). 日ノ丸自動車. (2011-6-28). 
  21. ^ 大丸、松坂屋の組織の一部改正と部長級の異動について (Report). J.フロント リテイリング. (2009-7-31). 
  22. ^ 日ノ丸自動車株式会社 佳友倶楽部”. 日ノ丸自動車. 2013年3月17日閲覧。
  23. ^ “会社分割に関するお知らせ” (プレスリリース), 株式会社鳥取大丸(旧社), (2018年7月13日), http://www.daimaru-tottori.co.jp/notice.html 2018年9月5日閲覧。 
  24. ^ 株式会社ティー・ディー国税庁法人番号公表サイト
  25. ^ (株)ティー・ディー(東京)/特別清算開始命令JC.net 2019年1月9日

関連項目[編集]