リア・ディゾン

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リア・ディゾン
Leah Donna Dizon
Leah Dizon cropped.jpg
基本情報
出生名 Leah Donna Dizon
別名 リア
生誕 (1986-09-24) 1986年9月24日(32歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガス
ジャンル J-POPR&B
職業 歌手レースクイーン
活動期間 2007年2月- 2013年6月, 2019年-
レーベル ビクターエンタテインメント, TOKYO RABBIT RECORDS (2019-)
事務所 スカイコーポレーション
公式サイト Leah Dizon OFFICIAL SITE
Leah Donna Dizon
リア・ディゾン
プロフィール
愛称 リア(Leah)、リー(Lee)
生年月日 1986年9月24日
現年齢 32歳
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガス
公称サイズ(時期不明)
身長 / 体重 167 cm / 52 kg
BMI 18.6
スリーサイズ 86 - 60 - 89 cm
カップサイズ C
靴のサイズ 24 cm
備考 近視
活動
ジャンル ファッショングラビア広告
モデル内容 一般、下着、水着、宝石
他の活動 レースクイーン
外部リンク
データベース IMDb
モデル: テンプレート - カテゴリ

リア・ドナ・ディゾン(Leah Donna Dizon, 1986年9月24日 - )は、アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガス出身の外国人タレント歌手レースクイーングラマーモデル(米国在住時)。一女の母。

経歴[編集]

ラスベガス時代[編集]

1986年9月24日生まれ。父親が中国系フィリピン人(牧師)で母親がフランス系アメリカ人(カジノディーラー)のハーフ。父親が動物好きであったため乗馬で遊んだり、バレエを習ったりして幼少時を過ごす。初恋の相手は幼稚園で出会ったブランドンという男の子だったが、物陰から隠れて見ているだけだった。弟のブラッドと喧嘩になった際、枕で殴られたリアは2m近く飛ばされてしまったことがある。母親はお金の使い方に厳しく、同年代の女の子が携帯電話を持ち、好きなものを買って遊んでいるのを傍から見ているだけだった。14歳の頃、友人と一緒に衣料品店でアルバイトを始め、中学ではチアリーディングで活動したり、ギターのストラップを長めにし、腰より低い位置でギターを弾くグランジの真似ごとをしていたが、徐々にギターよりもダンスの方に傾倒。この頃日本へ単身渡航して遊びに来たことがある。高校は当初、私立高校に入学したが、途中で公立の高校へ転入。どちらでも校風が合わなかった上、生来の内向的な性格が災いし友人が少なく、廊下を歩いていると悪ふざけでロッカーに閉じ込められたり、トイレで一人でスナック菓子を食べて昼食の代わりにしたこともあった等、陰のある高校生活を送る。学校での得意科目は国語。

なお、幼少期からテレビゲーム好きだったことや、テレビアニメ美少女戦士セーラームーン』および『ドラゴンボールZ』のファンだったこと、父がアジア系だったことなどから日本やアジアに対しての関心は高く、高校時代の外国語授業では日本語を選択したり、カラオケJ-POPを歌うなど日本語の単語の知識は多少持っていた。学業以外では演劇やミュージカルの活動に興じる。デートはインターネットカフェで、シューティングゲームをして遊ぶ。

ロサンゼルス時代[編集]

高校卒業後は大学進学も視野に入れていたが、経済的な理由で断念。ショービジネス(と大学進学)を目指すべく、ラスベガスからロサンゼルスへと生活拠点を移した。そこではゴーゴーバーでのポールダンサーや、ランジェリー販売のカタログモデル、車用品雑誌のグラビア、レースクィーン、イベントコンパニオン、レンタルビデオ店の店員、郵便局のアルバイト、自身で運営する有料会員制ウェブサイトでのグラビア写真の公開で生計を立てる。その一方で、ダンススクールに通ったりアジア系インディペンデント映画サークルのプロモーション映画に出演するなど、多種多様なアプローチで自らの生き方を模索していた。日本向けのメディアデビューもこの時期に果たしており、2005年1月26日に発売された自動車雑誌「オプション」のセルビデオ「ビデオオプション」[1]に収録された、カリフォルニア州にあるNASCARレーストラックで行われたエキシビジョンレース「D1GP AllStar」のプレゼント企画で、各ブースをレポートするD1USAキャンペーンガールの一人として出演していた。この頃、後に話題となる自身のウェブサイトを作成する。しかし、自身のアルバイト先まで掲載されている雑誌を持参し「これは君なの?」と訊ねる男性が現れたり、各種撮影で肌の露出要求がエスカレートするなど、仕事に嫌気がさすことも多くなっていた。

来日までの経緯[編集]

運営していた自身のウェブサイトに自分の写真を掲載したところ、1年弱で検索エンジンGoogle」のヒット数が200万件に上昇。中でも「ルーズソックスセーラー服」という日本の女子高校生風の画像が日本・韓国・台湾のインターネット上で大きな話題となる。この画像が誰なのかを問い合わせる者が後を絶たず、日本(や韓国・台湾)での活動を勧めるメールがファンから多数寄せられるようになる。それが後押しとなり、自らプロモーション用のデモビデオを撮影・作成し、日本の芸能事務所にメールを送った。このとき日本語は殆ど話せなかったが、それが契約の支障となるのではないかと危惧し、日本語が少なからず理解出来る旨をアピールするために事務所宛のデモビデオでは安室奈美恵の『I WILL』を日本語で歌っている。芸能事務所「スカイコーポレーション」からのオファーでエージェントを通じて2006年春に来日。このときは「どうせすぐに帰されるのだろう」と思い、持ってきたお金はわずか200ドルだった。これらの経緯を経て「グラビア界の黒船」のキャッチフレーズとともに日本で芸能活動することとなった。

デビュー後[編集]

2006年初夏、日本での活動開始。雑誌(集英社ヤングジャンプ」・「週刊プレイボーイ」等)のグラビアページや表紙に登場し、男性を中心に人気を得る。ほどなく女性向けファッション誌でもモデルとして活動、同年後半から様々なジャンルの雑誌媒体で多数の表紙を飾り、10月には最初の写真集「petit Amie」を発売。2007年2月には2番目の写真集「ハロリア!」も発売され、それぞれ10万部を超える売上と発表された。以後、テレビや雑誌などの出演も増え、自身が最も望んでいた歌手活動も開始。日本語で歌うシングル4作とアルバムがリリースされ、2007年度のNHK紅白歌合戦へ出場するに至った。テレビでは、日本語でのアドリブ性の高い会話はまだ拙いが、台本があれば上達した発音を披露し、TV番組『魁!音楽番付 〜Vegas〜』では1年間、単独で司会をこなした。

新作アルバム発売にともなう台湾香港ツアー、大学の学園祭、集英社を筆頭としたグラビアやファッション雑誌を中心にモデルとして活動。その一方で、「外国人である自分を受け入れてくれる素地が日本にはあるのか?」と思い悩むこともあるという。母国に住む家族や友人と離れて暮らしているため、時折来日する弟のブラッドが帰国するときにはブログで落ち込んだ様子も綴る。

歌手デビュー以降、ギャラが発生しないプライベートな場面では自分の持ち歌は歌うべきではない、というプロとしてのポリシーを守っている。カラオケに行った際にも他者の曲(宇多田ヒカル等)を歌う。

日本語学校で文法を勉強するが、暗記が追いつかない模様もブログで綴られた。日本語での簡単な受け答えは可能だが、自分の心情を述べる場合などは誤表現を避けるために母国語である英語を使う。

2008年10月10日東京都内でスタイリストのBunと挙式。4日後の10月14日に行われた全国ツアー最終日のアンコール中、来場したファンに婚前懐妊(4ヶ月)を明かした[2]。翌15日には質問禁止の記者会見で正式に発表、16日には自身のブログで芸能活動続行への意欲を語った。妊娠中は雑誌取材の他、主婦業と出産準備と楽曲制作に専念。

2009年4月24日に女児を出産、一児の母となるが、2010年12月に離婚。長女はリアが引き取り、母娘でニューヨーク在住[3]

2011年1月よりニューヨークの演劇学校に通っていたが、2012年12月14日、演劇学校卒業と芸能活動再開が報じられた[4]

2013年5月31日、自身のオフィシャルブログで再来日を報告した[5]

2019年日本での音楽活動を再開する、7月24日初のミニアルバム “FOR THE WORLD” を発売、空白期間の間、シングルマザーとして自立し、子育ての傍ら、アメリカ・ネバダ州立大学の発達心理学部を首席で卒業したリア・ディゾンにとっては、久しぶりの音楽活動。知的で逞しい女性に生まれ変わり、そして今も変わらず美しいリア・ディゾンが描かれた6曲。プロデュースは平原綾香、クリス・ハート、青柳翔など様々なアーティストに楽曲を提供する堂野晶敬が担当。

人物・性格[編集]

  • 父は中国フィリピン人、母はフランスアメリカ人。六人兄弟の次女であり、兄が二人、姉が一人、弟が二人いる。
  • 英文とローマ字表記の日本語が混ざった文章を、翻訳を介し自ブログにて披露。2008年現在、日本語の文法を勉強中。また幼少時は父親の母国語であるタガログ語を学習、ほとんど忘れかけているが少々のリスニングは出来る。
  • 2006年の来日直後、最初に住んだ街が祖師谷だったことから、インタビュー等で「日本で好きな場所は?」という類の質問を受けると「祖師谷」と回答する。来日から間もない頃のグラビア撮影は祖師ヶ谷大蔵駅すぐ傍の路上だったこともある[6]。来日から1ヶ月は仕事も多くなく暇だったため、気持ちが淋しくならないように近隣の商店街や砧公園を闊歩し、帰りにゲームセンターばかり行っていた。世田谷区成人式式典にも一般人として参加していた[7]
  • 貪欲さに欠けて内向的であるため、自ら率先して人間関係を築くことや初対面の人間との意思疎通が非常に不得手で苦手としており、周囲が知らない人ばかりだとそのまま黙してしまう。自身はこのことを「社交不安障害では」と自己分析している。しかし人前で歌ったり踊ったりする分には何ら臆することもなく問題もないと語る[8]
  • 左利きである。

趣味、特技、嗜好、その他[編集]

エピソード[編集]

  • 2007年2月9日、インターネットテレビGyaO内の番組、GyaOジョッキーに生出演。番組途中にアクセス過多でサーバがパンクする。(同じ番組企画でサーバがパンクしたのはGackt以来との事)
  • 2007年12月31日、「NHK紅白歌合戦」に歌手として初出場。
  • Yahoo!2007検索ワードランキング(集計期間:2007年1月1日-2007年12月31日)著名人総合ランキング7位、著名人女性ランキング4位、動画検索数ランキング7位、画像検索数ランキング1位
  • Yahoo!2008画像検索数ランキング(集計期間:2008年1月1日-2008年10月31日)画像検索数4位

ディスコグラフィ[編集]

シングル
発売日 タイトル
ビクターエンタテインメント レーベル
1st 2007年2月14日 Softly
2nd 2007年5月30日 恋しよう♪
3rd 2007年8月8日 L・O・V・E U
4th 2008年3月26日 Love Paradox
5th 2008年6月25日 Vanilla
アルバム
発売日 タイトル
ビクターエンタテインメント レーベル
1st 2007年9月12日 Destiny Line
2nd 2008年8月20日 Communication !!!
ミニアルバム
発売日 タイトル 規格品番 収録曲
TOKYO RABBIT RECORDS レーベル
1st 2019年7月24日 FOR THE WORLD TRCCD-0010
  1. FOR THE WORLD
  2. STAR
  3. A Little Memory
  4. Purple Rain
  5. futuReLover
参加作品
アーティスト タイトル 発売形態 発売日 収録曲
m.c.A・T Bomb A Head! 生誕20周年記念盤

~ありがとう編~

ベスト・アルバム 2013年11月20日 1. Bomb A Head! - サムライ&ドラゴンズ Ver. feat. リア・ディゾン
配信限定
  • Fever 2006年10月5日 ※ダウンロード販売。
  • 恋しよう♪〜yasutaka nakata-capsule mix〜 2007年7月25日
  • FOR THE WORLD 2019年7月12日 ※TBS「ひるおび! 」8月度エンディングテーマ
未発表曲
DVD
  • 「トラフィック・イン・ザ・スカイ」 GPミュージアムソフト 2007年4月25日
  • 「リア・ディゾン in USA GIRLS of 360」 マクザム 2007年7月27日
  • 「リア・ディゾン in USA/PREMIUM EDITION “EXPOSED”」 マクザム 2007年11月2日
  • LIVE Communication!!!」 2008年12月10日
  • 「リア・ディゾン in USA/FINAL」 マクザム 2009年4月24日
  • WEEKLY YOUNG JUMP PREMIUM DVD リア・ディゾン 「メモリア!」リバプール2009年9月25日
写真集
  • 「Petite Amie」 (2006年10月14日 集英社ISBN 4-08-780445-3
  • 「ハロリア! Hello! Leah」 撮影:飯塚昌太 (2007年2月14日 集英社) ※写真集としては初の撮り下ろし
  • 「HEAVEN」 撮影:LESLIE KEE (2007年10月5日 集英社) ※写真集としては初のDVD付き
  • 「ピュアリア!」 撮影:飯塚昌太(2008年3月26日 集英社)
その他
  • 「秘伝『うぇぶたま』の書」 宝島MOOK 単行本 2007年2月

出演[編集]

映画
バラエティ
CM

演劇

  • 「Words 〜約束/裏切り〜 すべて、失われしもののため・・」 劇団EXILE 第3回公演 (サーシァ役) 2009年10月
  • 「広島に原爆を落とす日」作・つかこうへい、演出・岡村俊一、出演・筧利夫仲間リサ、(ジェニファー・スニード役) 2010年8月

関連人物及び交友関係[編集]

  • Bradley Dizon - 実弟、愛称は「ブラッド」、姉のリアとはナムコ3D格闘ゲーム鉄拳の対戦相手。音楽スタッフとして度々来日し、姉のアルバムの楽曲作りに参加。姉に「シャワーが長い」と怒られる。
  • バナナマン - 初のレギュラーTV番組となった『うぇぶたま』で共演。セクハラなど日本式バラエティーの洗礼を受ける。
  • ジェイ・チョウ - ディゾンが「大ファン」と公言する台湾のアーティスト。ジェイが出演し主題歌も歌う映画『王妃の紋章』の記者会見時、ジェイへの花束贈呈役を担当した。
  • 宇多田ヒカル - TV番組『うたばん』にて「最近注目している人」としてディゾンの名を挙げた。
  • 中川翔子 - NHK『紅白歌合戦』のリハーサル時、ナーバスになっていたディゾンをみた中川が「こういうのは楽しんじゃえばいいから」と声をかけた。ディゾン本人のブログにおいても中川と「沢山話した」旨を綴った。
  • 山崎静代 - ファッションショー、シャンプーCM、音楽バラエティ番組と共演が多い人物。
  • マーティー・フリードマン - Leah Dizon Real G-ZONE(外部リンク参照)にてお互いに台湾歌手のジェイ・チョウを知っていた為、それについて盛り上がる。
  • 新美香 - 作詞家。ディゾンの作詞、通訳、ライブ制作を手掛ける。
  • レスリー・キー - カメラマン。友人。アルバム「Destiny Line」のジャケット、写真集「HEAVEN」に携わる。
  • 田中理恵 - ディゾンが出ている雑誌を切り抜いて持って帰る。2007年8月ミューコミにてゲスト出演。

外部リンク[編集]

脚注[編集]

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