西沢正太郎 (内務官僚)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
西沢正太郎

西沢 正太郎(にしざわ しょうたろう、1863年10月21日文久3年9月9日[1] - 1910年明治43年)2月2日[2])は、日本の内務官僚。官選県知事。号・靖軒、獅牢[3]

経歴[編集]

信濃国埴科郡鼠宿村(現・長野県埴科郡坂城町)で、西沢陽左衛門の息子として生まれる[4]慶應義塾で学び[4]1890年7月、帝国大学法科大学政治学科を卒業[4]。同年11月、内務省試補となり会計局に配属された[5]

1891年5月、警保局に転じ、同年10月、宮崎県参事官に就任。以後、新潟県参事官、香川県警部長香川県滋賀県大阪府兵庫県京都府の各書記官などを歴任[1][3]

1904年11月、青森県知事に就任[1]1908年6月、福島県知事に転じ、産業振興に尽力したが、病により在任中に死去した。漢詩を嗜んだ[3]

栄典[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 『新編日本の歴代知事』99頁。
  2. ^ 『官報』第7984号、明治43年2月5日。
  3. ^ a b c 『新編日本の歴代知事』216頁。
  4. ^ a b c 『長野県歴史人物大事典』538頁。
  5. ^ 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』154頁。
  6. ^ 『官報』第4081号「叙任及辞令」1897年2月12日。
  7. ^ 『官報』号外「叙任及辞令」1907年3月31日。
  8. ^ 『官報』第7578号・付録「辞令」1908年9月28日。

参考文献[編集]

  • 歴代知事編纂会編『新編日本の歴代知事』歴代知事編纂会、1991年。
  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 赤羽篤外編『長野県歴史人物大事典』郷土出版社、1989年。

外部リンク[編集]