木村守江

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

木村 守江(きむら もりえ、1900年4月6日 - 1996年11月3日)は日本の政治家。第4代福島県知事。現在の福島県いわき市四倉生まれ。

人物[編集]

旧制磐城中学(現・福島県立磐城高等学校)、慶應義塾大学医学部を経て開業医となる。

1950年第2回参議院議員通常選挙福島県選挙区から立候補し、当選。参議院議員を1期務めた後、衆議院に鞍替えし、1958年第28回衆議院議員総選挙で旧福島3区から出馬して初当選(自民党)、以後3期連続当選を果たす。

1964年佐藤善一郎福島県知事が現職で急死したことを受け、その後任を選ぶ知事選挙に出馬し、初当選。第4代福島県知事就任以後は4期連続当選し、高度経済成長期の福島県知事となった。県内のインフラを整備し、大合併で郡山市いわき市を成立させ、農村部への工業誘致、原発立地などで実績を上げた(ただし、福島第一原子力発電所は、前任知事である佐藤善一郎が誘致を正式決定し、木村がこれを継承した)。未成ではあるが、浪江・小高原子力発電所の誘致を本格的に表明した人物も木村であり、1968年1月5日のテレビでの年頭挨拶であった。

1976年8月6日東亜相互企業町井久之(本名・鄭建永)ら3人などからの土地開発に絡む収賄罪容疑で宗像紀夫検事ら福島地方検察庁に逮捕され、8月11日に知事を辞任。1979年1月、仙台高等裁判所懲役1年6ヶ月、執行猶予5年の判決が確定して、公選知事としては初めて収賄で有罪となった。

晩年はゴルフ登山を楽しんだ。1996年11月3日老衰のため死去。96歳没。

関連項目[編集]