鈴木登 (内務官僚)

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鈴木 登(すずき みのる[1]1893年 - 没年不明)は、日本の内務官僚。

経歴[編集]

静岡県小笠郡佐束村(現掛川市)出身。1917年東京帝国大学独法科卒業、内務省に入省。長野県北安曇郡長、北佐久郡長、内務部農商課長を務めた後、長崎県理事官千葉県書記官・学務部長、大阪府内務部長、高知県書記官警察部長、岡山県書記官・警察部長、宮城県書記官・警察部長、香川県書記官・内務部長、京都府書記官・経済部長、内務省警保局警察講習所長を歴任後、1939年青森県知事1940年長野県知事に就任。その後は広島県呉市長などを務めた。

長野県知事としては戦時下での食糧の増産、満蒙開拓移民の送出、信濃銀行の再生、治山治水事業の財源基礎の確立などに実績を上げた。

戦後、公職追放となり[2]1951年に追放解除となった[3]

脚注[編集]

  1. ^ 長野県の歴代知事
  2. ^ 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』219頁
  3. ^ 『毎日新聞』1951年8月7日二面

参考文献[編集]