義和

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羲和から転送)
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義和(ぎわ)は、以下の元号。

中国神話の羲和

そもそも義和と羲和とは全く無縁であり、ウィキペディアの義和の條に羲和を記述することは誤りである。新頁を建てるべきである。

  • 羲和(ぎか/ぎくゎ)は、平安時代に日本にも伝わっていた中国古代の地理書『山海経』に記載のある太陽母神であり、炎帝に属し東夷人(日本人)の先祖にあたる帝夋の妻。羲和が天照大御神を指しているとする声もある。東海の海の外、甘水のほとりに羲和の国があり、そこに生える世界樹・扶桑(扶桑はかつて日本にあったとされる巨木)の下に住む女神である羲和は、子である「十の太陽たち」を世話している。天を巡ってきてくたびれた太陽を湯谷で洗っては扶桑の枝にかけて干し、輝きを蘇らせるという。
  • 子孫には、中国五帝の一人とされる東夷人の領主・少昊がある。また、羲和から生まれた十日の子孫に「日氏」や「湯氏」があり、羲和の和に因む「和氏」は天地四時の官になったと『通志』に説かれている。
  • 史記』によると、羲氏と和氏は五帝のの時代から天文を司ったが、王朝の中康の時代に職務を怠り征伐されたという。
  • 鄭和は「ていか」と讀まれ、羲和も「ぎか」「ぎくゎ」である。 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1134101/61