牛郎織女
| 牛郎織女 | |
|---|---|
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『銀河月』(月岡芳年『月百姿』) | |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 牛郎織女 |
| 簡体字: | 牛郎织女 |
| 拼音: | Niúláng Zhīnǚ |
| 発音: | ニョーラン ズーニュー |
『牛郎織女』(ぎゅうろうしょくじょ)は、中国の神話伝説であり、漢族の民話の一つとされている。
古代伝承
[編集]牽牛織女の伝説は春秋時代以降の文献に見える。『詩経』小雅に「牽牛」「織女」の名が見え、班固『西都賦』には「左牽牛而右織女、似雲漢之無涯」という。
唐末の韓鄂『歳華紀麗』に引く後漢の応劭『風俗通』逸文には「織女は七夕の日にカササギを橋として河を渡らなければならない」といっている。
東晋の張華『博物志』によれば、天河は海と通じており、ある人が浮槎(筏)で漂流して星空に至り、天河のほとりで牛を飲ませる牽牛郎と出会い、天宮にいる織女を遠望したという。その日はまさに、客星が牛宿を犯した日であった。一説では、天河は黄河と通じており、張騫が浮槎で黄河の源流を遡り、天宮の織女を訪ね、河畔の牽牛郎を遠望したという。伝説によれば、織女は天の織機石(しょくきせき)を張騫を通じて下界に伝えたとされる。
明の馮応京著『月令広義・七月令』の引く梁の殷芸『小説』(異説では梁の宗懍『荊楚歳時記』)には更に詳しく記されており、天河の東に住む天帝の娘である織女(織姫)が河西の牽牛郎(牛飼い、彦星)に嫁ぐことを許したが、嫁いだ後に機織りをやめたことで天帝の怒りを買い、河東に戻ることを強要、七夕に年に一度だけ会うことを許した、と記されている。
近代伝承
[編集]『牛郎織女』の物語の中で有名なものに京劇などで演じられる『天河配』がある。董永伝説(異類婚姻譚)、羽衣伝説との融合が見られるという。
天の川の東岸に暮らした織女は、人と神の恋情を禁じた天の女帝・王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)の外孫女。朝から晩まで「天梭」を使い、「天衣」と呼ばれた雲錦を織っていた。ある日、姉妹たち(七仙女と同一視された)と共に人間界の河(碧蓮池)の辺に降り来たりて水浴をした。人間界の青年である牽牛郎が飼い牛(金牛星の化身)の助言によって、河の辺で水浴びをしている天女の紫色の羽衣(あるいは桃色の羽衣)を盗んだ(一説には織女を見かけて一目惚れした牽牛郎は、彼女の羽衣を盗んで隠された)。羽衣を失った織女が天界へ帰れないので地上に残って、最終的には牽牛郎の求婚を受け入れ、一人の男の子と一人の女の子を生んで、男が耕し、女が機織りをする幸福な生活を送っていた。
しかし、幸福な生活は長く続かず、天上から消え失せた織女を探していた王母娘娘は、織女と人間の男の結婚を知って怒り、「天兵」(天にある軍隊)を遣わして、天界の戒律に違反した織女を捕らえて天に連れ帰る。牽牛郎が天に昇る道もなく困っていると、飼い牛が「私が死んだ後、私の皮で靴を作って、その靴を履けば天界に上ることができる」と告げた。飼い牛が死んだ後、牽牛郎は飼い牛の言うとおりにして、牛の皮で作った靴を履き、子供たちを連れて天界に上り織女を探した。これに怒った王母娘娘は、牽牛郎が自らの外孫婿であることを認めず、容姿を隠した七人の天女のうちで織女を選んで会うことを許した条件を出した。牽牛郎は王母娘娘からの難題に困り果てていたが、子供たちは母親を見出した。王母娘娘は、織女を再び人間界に戻すことに反対し、織女を天牢に閉じ込めるよう部下に命じた。織女を追いかけていた牽牛郎が、織女のところに到着しようとした際、残忍な王母娘娘は突然頭から金簪を抜いて一振りすると、天の川で輝く大波を引き起こし、牽牛郎と織女は両岸に分け隔てられている。のちに王母娘娘によって毎年七月七日だけカササギが橋を架けて、牽牛郎に橋を渡って織女に会うことが許されていた。それは、古代封建制における恋愛と結婚の不自由を反映している[1]。
地域伝承
[編集]日本の学者・小南一郎は、現代の七夕民話を以下の四つの類型にまとめている:
- 『荊楚歳時記』や『小説』と同一系統の原典類型 - 星神同士の悲劇恋愛譚。広東省海豊県にはバリエーションが存在する:天帝は元々、織女と牽牛郎に七日ごとに一度会うよう命じたが、吃りながら伝えたカラスあるいはカササギが「年に一度、七月七日」と言い間違えた。そのため罰として七夕に橋として踏みつけられ、頭の羽が抜けたという。神性を持つ鳥は、恋人を結合と離散させる相反する機能を有する[2]。
- 羽衣伝説と融合した類型- 天女と人間の男子との異類婚姻譚。前述の京劇『天河配』や、安徽省の黄梅戲『牛郎織女』が典型である。その中では、牽牛郎が兄と嫁に虐待され、分家の際に老牛しか与えられなかったが、牛の不思議な能力によって報いを得る要素が、兄弟争いの古い神話モチーフに由来すると考えられている[3]。
- 梁山伯と祝英台の伝説と結合した類型 - 死後に神となる恋人心中譚。広東省中山大学の『民俗』雑誌には、昇天した梁山伯が牽牛星に、祝英台が織女星へと化した説話が収録されている。また、『梁山伯宝巻』というバリエーションも存在する:天上の星官が梁山伯と祝英台に転生したというものである[4]。
- 夫婦喧嘩の類型 - 夫婦の争いによる星座起源譚。江蘇省と河北省にこのようなバリエーションが存在する。伝説では、西王母が牽牛郎と織女の結婚を認めなかった。金牛星が西王母を酒で酔わせ、二人が人間界へ逃げるのを助けた。しかし後に、織女は天帝の使者に従って天界へ戻った。牽牛郎は金牛の皮を纏って追いかけ、織女は金簪と銀簪(髪飾り)で星空を裂き、金河と銀河を創造した。牽牛郎は金牛の皮で金河を埋め立て、残った銀河こそが天の川の由来となった。怒った牽牛郎は金牛の索を投げて攻撃し、織女は天の梭で攻撃した。索は織女三星、梭は河鼓三星の由来である(異説では牽牛郎が二人の子供を担ぐ天秤棒が河鼓三星である)。最後に、金牛が調停者としてカササギを招き、天の川に橋を架けさせた[5]。
「古詩十九首」其十「迢迢牽牛星」
[編集]| 迢迢牽牛星 | ||
|---|---|---|
| 原文 | 書き下し文 | 通釈 |
| 迢迢牽牛星 | 迢迢たる牽牛の星 | 遙かなる牽牛の星 |
| 皎皎河漢女 | 皎皎たる河漢の女 | 白く輝く天の河の女 |
| 繊繊擢素手 | 繊繊として 素手を擢げ | ほっそりと白い手をあげ |
| 扎扎弄機杼 | 扎扎として 機杼を弄ぶ | サッサッと機織りの杼を操る |
| 終日不成章 | 終日 章を成さず | 一日かけても模様は織りあがらず |
| 泣涕零如雨 | 泣涕 零ちて雨の如し | 涙は雨のごとく流れ落ちる |
| 河漢清且淺 | 河漢は清くかつ浅し | 天の河は清らかでしかも浅い |
| 相去復幾許 | 相い去ること復た幾許ぞ | 二人の距離もいったいどれほどのものか |
| 盈盈一水間 | 盈盈たる 一水の間あり | 端麗な織女は一筋の河に隔てられ |
| 脈脈不得語 | 脈脈として語るを得ず | 言葉を交わせずじっと見つめているばかり |
秦観の詞「鵲橋仙」
[編集]| 鵲橋仙 | ||
|---|---|---|
| 原文 | 書き下し文 | 通釈 |
| 纖雲弄巧 | 纖雲 巧を弄し | 細やかな雲が巧みに形を変える |
| 飛星傳恨 | 飛星 恨みを伝へ | 流星が離別の恨みを伝える |
| 銀漢迢迢暗度 | 銀漢 迢迢として 暗かに度る | 遥かな天の川を暗く渡っていく |
| 金風玉露一相逢 | 金風 玉露 一たび相ひ逢はば | 秋風と白露の中 ひとときの逢瀬 |
| 便勝卻人間無數 | 便ち 勝卻す 人間の無數なるに | それだけで 地上の幾千の出会いに勝る |
| 柔情似水 | 柔情 水に似て | 柔らかな思いは水のよう |
| 佳期如夢 | 佳期 夢の如し | めぐり逢う時は夢のよう |
| 忍顧鵲橋歸路 | 忍びて 顧みんや 鵲橋の歸路を | 鵲の橋の帰り路を どうして振り返れよう |
| 兩情若是長久時 | 兩情 若し是 長久ならん時 | 互いの想いが永遠ならば |
| 又豈在朝朝暮暮 | 又豈 朝朝暮暮たるに 在らんや | 朝に夕に傍にいられなくとも良い |
脚注
[編集]関連項目
[編集]- ベガ - 和名が織女。
- アルタイル - 和名が牽牛。
- 七夕 - 七夕伝説の故事。
- 鵲橋 - 織女と牽牛郎が天の川の上で出逢う橋。
- 月令広義 - 七月令「牛郎織女」の項に織姫と牽牛の恋愛譚の記載有り。
- ウルヴァシー
- 天稚彦草子
- 羽衣伝説
- 螺女[1]
外部リンク
[編集]- ^ “中国神話伝説ミニ事典 神様仙人編 螺女”. flamboyant.jp. 2023年3月20日閲覧。