織田五郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

織田 五郎(おだ ごろう、生没年不詳)は、室町時代武将尾張守護代。五郎は通称は不明。受領名大和守。後に織田久長大和守を名乗っており、さらにその子である織田敏定が五郎を名乗っているため、織田久長の父に該当するか。

嘉吉3年(1443年)3月、「織田大和守」として妙興寺に禁制を出している。[1]

嘉吉3年(1443年)11月22日、「織田五郎」が守護代織田勘解由左衛門尉久広の指示を受ける。[2]

文安元年(1444年)6月23日、「織田大和守」が守護代織田勘解由左衛門尉久広の指示を受ける。[2]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 尾張群書系図部集
  2. ^ a b 北野神社文書