月寒駅

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月寒駅
月寒駅跡に設置されている記念碑
月寒駅跡に設置されている記念碑
つきさっぷ
Tsukisappu
東札幌 (2.7km)
(3.1km) 大谷地
所在地 札幌市白石区栄通4丁目
所属事業者 日本国有鉄道
所属路線 千歳線
キロ程 5.8km(苗穂起点)
電報略号 ツキ→ツサ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線(旅客用)
開業年月日 1926年(大正15年)8月21日[1]
廃止年月日 1976年(昭和51年)10月1日
備考 廃止駅、距離表示は旅客営業時のもの
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月寒駅(つきさっぷえき)は、かつて北海道札幌市白石区栄通日本国有鉄道(国鉄)千歳線上に存在した鉄道駅廃駅)である。

概要[編集]

北海道鉄道札幌線の開業時に開駅した。場所自体は旧白石村にあったが、駅舎は旧豊平町月寒の側に建てられた。1944年(昭和19年)頃、軍司令部や豊平町議会は「つきさっぷ」という読み方を「つきさむ」へ変更したが、国有鉄道は「つきさっぷ」の名を変えなかった。

千歳線の旧線付け替え時に1965年(昭和40年)完成のアサヒビール北海道工場からの貨物積み出し用の貨物駅として存続していたが、1976年(昭和51年)に廃止となった。

なお、1964年(昭和39年)当時、1日約1000人[2]の利用があったという。

沿革[編集]

1976年、千歳線旧線廃止後に函館本線の貨物駅となった月寒駅と周囲約750m範囲。左が東札幌方面。当駅はこの写真(9月26日撮影)の直後に廃止された。駅裏に当駅が残された要因のアサヒビール北海道工場がある。右はこの写真外の踏切手前で切られ、その先の旧線跡は既にサイクリングロードに整備されている。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
  • 1926年(大正15年)8月21日 - 北海道鉄道(2代)札幌線沼ノ端 - 苗穂間開業に伴い開設[1]一般駅
  • 1943年(昭和18年)8月1日 - 北海道鉄道が戦時買収私鉄に指定され国有化、鉄道省(1949年から国鉄)千歳線となる[1]
  • 1973年(昭和48年)9月9日 - 千歳線線路付け替えにより苗穂 - 東札幌間・当駅 - 北広島間を廃止して白石 - 当駅間の函館本線貨物支線の終端駅となる。旅客扱い廃止[3]。東札幌との駅間距離を2.7kmから2.8kmに改キロ。
  • 1976年(昭和51年)
    • 8月31日 - この日をもって、アサヒビール関係の貨物列車の運行を終了[4]
    • 10月1日 - 東札幌 - 当駅間廃止により廃駅

駅跡地と周辺[編集]

駅の跡地には、一部に1982年(昭和57年)1月18日に札幌市白石老人福祉センターが開館したほか[5]アサヒビール北海道工場の物流センターが建てられている。東北通から駅舎に至る道路は現存し、その道路が物流センターに突き当ったところに駅があったことの記念碑が建っている。

隣接駅[編集]

日本国有鉄道
千歳線(旧線)
東札幌駅 - 月寒駅 - 大谷地駅

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 曽根悟(監修) 『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』24号 石勝線・千歳線・札沼線、朝日新聞出版分冊百科編集部(編集)、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年12月27日、19-21頁。
  2. ^ 札幌市教育委員会文化資料室編、「さっぽろ文庫22 札幌の駅」札幌市、1979年、154 - 157ページ
  3. ^ この日、旧線から新線への切り替え工事が行われる前に通過した旅客列車では乗降が取り扱われている。
  4. ^ 翌日から、東札幌-月寒間にある丸亀(環状線を横断)、横町通り(東札幌1条3丁目。米里行啓通を横断)、三十三号線(東札幌1条4丁目)、連隊通り、南郷(月寒駅構内)の各踏切については一時停止義務は撤廃されたが、伊原街道(南郷通を横断)ほか2ケ所の踏切は東札幌駅構内のため継続された。
  5. ^ “老人センター 18日、白石で開館 札幌”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1982年1月9日)
  6. ^ 新線切り替え時に配布されていた国鉄北海道総局からの「お知らせ」による。