星野佳路

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ほしの よしはる
星野 佳路
Yoshiharu Hoshino.JPG
星野 佳路
生誕 (1960-04-29) 1960年4月29日(62歳)
日本の旗 日本長野県北佐久郡軽井沢町
出身校慶應義塾大学経済学部卒業
コーネル大学ホテル経営大学院修士課程
職業実業家
翻訳家
活動期間1991年 - 現在
影響を受けたものマイケル・ポーター
ヘンリー・ミンツバーグ
テレビ番組プロフェッショナル 仕事の流儀
カンブリア宮殿
ガイアの夜明け
がっちりマンデー!!
ジョブチューン
KinKi Kidsのブンブブーン』ほか
肩書き星野リゾート代表取締役社長
配偶者星野朝子
親戚西崎恵(祖父)[1]
公式サイト星野 佳路 (@skier1960) - Facebook
星野佳路 (@skier1960) - Twitter
星野 佳路
YouTube
チャンネル
活動期間 2011年2月9日 -
登録者数 6,030人
総再生回数 1,281,873 回
チャンネル登録者数・総再生回数は
2022年3月3日時点。
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映像外部リンク
ABEMA 変わる報道番組#アベプラ【公式】
【GoToトラベル】withコロナ時代、観光産業の将来像は?ひろゆき×星野リゾート代表と考える - YouTube
映像外部リンク
堀江貴文 ホリエモンチャンネル
新型コロナで蒸発する観光需要。星野リゾートはどう乗り切る? - YouTube
【堀江貴文×星野佳路】日本の観光業復興プランを考える - YouTube
映像外部リンク
GLOBIS知見録
小泉進次郎氏・星野リゾート代表が語る「リーダーシップ育成法」とは? - YouTube
星野リゾート代表・星野佳路氏が語る「優れたリーダーになるために身につけるべき5つのこと」 - YouTube

星野 佳路(ほしの よしはる、1960年4月29日 - )は、日本実業家翻訳家星野リゾート代表取締役社長。慶應義塾大学経済学部卒業、コーネル大学ホテル経営大学院修士課程。長野県北佐久郡軽井沢町出身。祖父は西崎恵(元文部事務次官、元岡山県副知事[2]

概要[編集]

長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業(慶應義塾体育会スケート部ホッケー部門所属)。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。

1991年(平成5年)星野温泉(現在の星野リゾート)社長に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業でいち早く運営特化戦略をとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへ転換。2001年(平成13年)から2004年(平成16年)にかけて、山梨県のリゾナーレ、福島県のアルツ磐梯、北海道のトマムとリゾートの再建に取り組む一方、星野温泉旅館を改築し、2005年(平成17年)「星のや軽井沢」を開業。さらに1997年には、クラフトビールメーカーのヤッホーブルーイングを創業、クラフトビールブームを先導した。

現在、運営拠点は、ラグジュアリーラインの「星のや」、高級温泉旅館の「界」、西洋型リゾートの「リゾナーレ」、都市観光ホテルの「OMO」、20代ターゲットの「BEB」の5ブランドを中心に、国内外42カ所に及ぶ。2013年(平成25年)には、日本で初めて観光に特化した不動産投資信託(リート)を立ち上げ、星野リゾート・リートとして東京証券取引所に上場させた。2020年令和2年)星野リゾートは創業106周年を迎えた。『ホテル界の風雲児』と呼ばれ、この30年間日本の観光産業をリードする。

経歴[編集]

星野家は代々佐久市岩村田鮮魚雑貨を営む商店を経営、初代の星野嘉助が生糸業を興し、一時はアメリカに支店を持つほど繁栄した。生糸相場が暴落すると、「西洋人が増え、リゾート地として注目され始めた軽井沢には、温泉が保養の重要な要素になる」と考え[3]、所有していた長野県軽井沢町中軽井沢の山林に温泉を掘って星野温泉と名付け、旅館業を始めた[4]。当主は代々嘉助を名乗り、初代経営者(国次)[5]は2代目嘉助である[6]。2代目経営者(嘉政。国次の長男。のち3代目嘉助)[5]を継いだ3代目経営者(晃良。嘉政の長男)が4代目嘉助[6]で、佳路の父親(1933年 - 2013年3月18日[7])である。

星野国次は、旅館に滞在する内村鑑三与謝野晶子島崎藤村北原白秋らと交流を持ち、軽井沢・星野の地を、文化を牽引する場にすべく尽力した[8]。星野嘉政は、日本初の自家用水力発電所を建設したほか、当地に滞在した野鳥研究家の中西悟堂に「今までは野鳥を食べていたが、これからは見て楽しむ時代になる」と話をされ、中西とともに生態系の保護活動を働きかけた結果、日本初の「国設 野鳥の森」を創設することに成功した[8]。また嘉政は、本田宗一郎らと親交を持ち、日本初の本格的なロードレースである「浅間火山レース」(北軽井沢)の開催にも尽力した[9]。嘉政の甥である星野嘉苗は、自動車愛好家として知られ、小林彰太郎松田芳穂などと親交を持ち、嘉苗の子である星野雅弘は、人気自動車イベント「浅間ヒルクライム」「浅間モーターフェスティバル」の最高責任者を務めている[9]。星野晃良は、昭和中期に軽井沢高原教会ブライダル事業を展開し、軽井沢聖パウロカトリック教会とともに、全国に「キリスト教式結婚式」「リゾート・ウェディング」の一大ブームを巻き起こした[10]

幼少期・学生時代[編集]

長野県軽井沢町にて星野温泉旅館の4代目として生まれる。3つ歳下の弟と二人兄弟。非常によくしゃべる、うるさい子どもだった。弟が静かなタイプで余計目立った。母親からは「あなたがしゃべり過ぎるから弟がしゃべれない。少し大人しくしていなさい」と、よく怒られた[11]

軽井沢町立軽井沢中部小学校慶應義塾中等部慶應義塾高等学校慶應義塾大学経済学部を卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了[12]

幼少期、旅館は自分の家のような感覚だった。周囲には山も川もあって広大な国有林までも自分の庭だった。勉強を強要されることもなく、ひたすら外を駆け回って遊んでいた[12]。小学4年生の時に祖父母と訪れたアフリカ旅行で、自分は星野温泉の跡継ぎであるということを初めて自覚するようになった[13]

小学校時代はスピードスケートの選手だった。中学受験時は、母から「スポーツを極めるなら一貫高校のほうがいい。受かれば後はずっとスポーツをやっていてかまわない」と言い出され、必死に勉強して慶應義塾中等部に入学。で、中学生ではアイスホッケーに夢中になった[11]。全国大会で優勝をする腕前だった。中学2年、中学3年、高校1年と3年続けて、夏休みにはカナダで開かれるアイスホッケーキャンプに参加したりもした。高校では国体に出場。大学進学後、東京にはスピードスケートのトラックがないため、アイスホッケーに転向。品川プリンスホテルにあるアイスホッケースクールに通い、まさにスケート漬けの青春だった[14]。慶應義塾体育会スケート部(ホッケー部門)では、1年目でレギュラーを張り、3年生の時に主将に立候補した。本来、主将は監督や4年生から指名されるが、佳路なりに部全体の問題点と成果を上げるための道筋が明確に見えていたので、ぜひ自分に任せてほしいと訴え、主将になった。その後、2部リーグ優勝、1部復帰を果たし、学生選抜に入ったり海外大会に出場する。充実した選手生活を送る[12]

大学卒業を目前にして、全く勉強していない自分に気づく。この頃は、星野リゾートを継ぐつもりでいたので、さすがに少しは業界の勉強をしなくてはまずいだろうと考える。そこで全米トップレベルのホテル経営学[15]を学べる米国コーネル大学でホテル経営大学院を目指す。受験勉強のためにコーネル大学卒業生でもある当時のホテルオークラ総支配人・山崎五郎にお願いしてオークラで働かせてもらった。推薦状をもらい、受験勉強を終えるまで約1年間を費やし、見事入学[12][16]

2年間コーネル大学で学び、1986年昭和61年)に修士課程を修了。入学してから半年くらいはネイティブの英語に付いていけず、授業を理解するために1日2、3時間睡眠で四苦八苦する。2学期に入った頃から苦労が報われはじめた。コーネルの大学院ではホテル経営に対する考え方の基礎を学べた。また様々な才能と出会えて、視野を広げてくれた。アメリカでの生活のすべてが素晴らしい経験で、旅行産業を目指していたから、あちこち見て回ることができた。車で全米一周の旅に出かけたことも、とてもいい思い出だった[11]

会社員時代[編集]

アメリカの日本航空開発(現・オークラ ニッコー ホテルマネジメント)に現地採用されたが、父に呼び戻されて日本に帰国。予定通り星野温泉の取締役として入社するも、その経営方針が組織内外に受け入れられずに約半年で退社。再び渡米しシティバンク銀行でリゾートホテル事業の債権回収業務を担当すること2年[12]

星野温泉株主や役員を含む社内外関係者から再度、呼び戻される[13]

4代目社長就任『星野温泉時代』[編集]

1991年平成3年)株式会社星野リゾート4代目社長[17]に就任する[4]

帰国後、同族経営特有のしがらみの強さから社員が次々に辞めてしまう。経営を任された最初の課題は、良い人材が集まって長く働いてくれる会社にすること。そのためにも、しがらみを払拭し、社員同士が年齢や立場に関係なく自由に意見を言えるフラットな組織をつくろうと思った。この発想は、アイスホッケー部時代の経験が原点となっている。試合中は戦略や作戦通りにいかないことが多く、選手は自分の判断で動かなければいけない。仕事も似ていて、お客と接するスタッフが毎日いろんなケースに遭遇する中で、自分で判断しなければいけない場面がたくさんある。トップに言われるままに動くのではなく、自分の判断で行動してもらうことで社員にはモチベーションを上げてほしいと考えた。そうやって現場から生まれた発見やアイディアについて自由に議論できる環境をつくりたいと思った[12]

その後、星野温泉ホテル、ホテルブレストンコートなど宿泊施設の運営、軽井沢高原教会や石の教会 内村鑑三記念堂をはじめとするブライダル事業など、既存のビジネスの枠組みを守りながらも新規拡大を続け、観光リゾート業界の風雲児として頭角を現す。

『星野リゾート』時代[編集]

1995年(平成7年)星野温泉から株式会社星野リゾートに社名変更。1999年(平成11年)山梨県小淵沢町に7万平方メートルという広い敷地を有するデザインホテル「リゾナーレ」をリゾート再生案件として引き受ける。開始時の平均稼働率は40パーセントを切っていたが、新たなコンセプトを掲げ、2001年(平成13年)からは山梨県リゾナーレの経営権を取得して再生させ、2004年(平成16年)には黒字化に成功する。

2003年(平成15年)から東北最大級のスキー場「アルツ磐梯」の経営に参加して業績を立て直すなど、その運営力を活かした経営再建事例が注目された。この再生案件をきっかけに星野リゾートはそのイメージを「軽井沢の老舗リゾート企業」から、「日本のリゾート運営会社」へと脱皮させることになる。

2003年(平成15年)国土交通省の「観光カリスマ百選」第2回選定委員会から「観光カリスマ」に認定。日本の観光産業振興のカギを握る経営者として注目されている。

2004年(平成16年)アルファリゾート・トマム(現:星野リゾート トマム)の再生を引き受ける

2005年(平成17年)星野温泉で約100年の歴史を刻んできたホテルを2003年(平成16年)にクローズし、約2年にわたり市場調査を行い、「星のや 軽井沢」を開業。運営はソフト面を重視、ホテルなどで提供される世界の水準をベースに考え、新たなコンセプトの温泉旅館として開業した。

2009年(平成21年)「星のや 京都」を開業。世界に通用するリゾートを日本国内に展開するという取組が本格化する。2012年(平成24年)「星のや 竹富島」を開業。2014年(平成26年)星野リゾートは創業100周年を迎えた。

2010年(平成22年)第23回日本メガネベストドレッサー賞経済界部門を受賞。

2015年(平成27年)復興庁の「東北観光アドバイザー会議」に参加する[18]

星野リゾートは現在、全国で21のリゾート、旅館を運営している。

人物[編集]

  • 冬山で年間60日のスキー滑走を目標とし、アシスタント1名とともに滑っている。
  • 健康管理では「一日一食」主義を実践している[19]
  • 海外での訪日観光営業から、東京電力福島第一原子力発電所事故による風評被害が根強いことを痛感。福島県の県名変更が「20年、30年先の復興を考えればそれが一番の策」と提言した[20]
  • 好きな食べ物はトンカツ[11]

仕事術[編集]

  • アメリカ経営学者マイケル・ポーターや、ドラッカーのヘンリー・ミンツバーグの書物に影響を受けている[21]
  • 若手のビジネスパーソンに薦めるビジネス教科書として2冊をあげる。原理原則、基本パターンが書かれているという。マイケル・ポーターの『競争戦略論』と、ケン・ブランチャードの『エンパワーメント理論』[21]
  • 「3ない主義」を大事にしている。「行きたくないところには行かない」「やりたくないことはやらない」「会いたくない人には会わない」[21]
  • 仕事から離れる時間をつくる。これがプラスに働いている。佳路にとって『遊び』はスキーで毎年60日、必ずスキーをすると決めている。アシスタントと相談しながらカレンダーにスケジュールを埋めていき、『遊び』の時間を確保してから、残りの305日で仕事を計画する。目標を達成するための全く逆の発想。そこまでしない限り、仕事の合間とか、暇な時にやろうと思っても時間がないとなってしまう。そのためには徹底的に「無駄」を省く。夜の会食にはほとんど行かない、ゴルフもしない、義理で人と会う会合にも参加しない。今はどこからでもビデオメッセージを送れるので社員の結婚式にも出席しない。自分がいなくてもいい会議には出ないようにしている。星野リゾートの経営において、本当に必要なことだけをやりたい。そこは明確に線引きをしている。それが305日で仕事を完結することにつながる。残り時間が限られているなら、その範囲内で何とかするしかないので[22]

出演[編集]

テレビ[編集]

※ テレビ番組出演検索サイト「星野佳路」より
NHK総合テレビジョン
日本テレビ
TBSテレビ
フジテレビ
テレビ朝日
テレビ東京
BS12
テレビ北海道
読売テレビ
ABEMA
台湾テレビ局

ラジオ[編集]

文化放送

雑誌[編集]

※ 国立国会図書館検索サイト「星野佳路」より
  • 『三田評論』(慶応義塾)- 温泉の将来
  • 『月刊ホテル旅館』(柴田書店)
  • 『宣伝会議』(宣伝会議)- ニュー時代のリーダーたち
  • 『ブレーン』(宣伝会議)
  • 『日経ベンチャー』(日経BP)- 父親との葛藤の先に、目指すゴールが見えた
  • 『Executive matter』(ジャスネットコミュニケーションズ)
  • 『月刊レジャー産業資料』(綜合ユニコム)- 再生の根底にある3つの要素
  • 『環境研究』(日立財団)
  • 『財界ふくしま』(財界21)
  • 経済界』(フェイス出版)- リゾート再生のキーワードはコンセプトに尽きる
  • 日経ビジネス』(日経BP)- おもてなしで外資に勝つ
  • 『Venture link』(ベンチャー・リンク)
  • 日経ビジネスassocié』(日経BP)
  • 『先見経済』(清話会)- リゾートの達人が語る企業再生術
  • 『人事マネジメント』(ビジネスパブリッシング)- 星野リゾートにみる人材・組織開発の仕掛け
  • 商業界』(商業界)- 「論理的に正しい」よりも従業員が共感するほうが絶対に大事
  • 『日経アーキテクチュア』(日経BP)- リゾート再生を目指し建築で非日常を演出
  • 財界』(財界研究所)
  • 『新建築』(新建築社)- 地域文化をテーマとしながら進化するデザインを
  • 『Think!』(東洋経済新報社
  • 『潮』(潮出版社)- リゾート再生の鍵は社員への「愛情」
  • 『商工ジャーナル』(商工中金経済研究所)
  • 週刊ダイヤモンド』(ダイヤモンド社)- 「所有と運営」の分離が進めばリゾート産業は大きく変わる
  • 『月刊ホテル旅館』(柴田書店)- 日本流リゾート再生の極意と世界に通用する温泉地創造の可能性
  • 『Diamond visionary』(ダイヤモンド社)- 温泉旅館の変革が使命! スタッフ全員がマルチタスク化へ
  • 『日本経済研究センター会報』(日本経済研究センター)
  • 『日経情報ストラテジー』(日経BP)
  • プレジデント』(プレジデント社)- クレーム対応--「損する人」に納得してもらう
  • Voice』(PHP研究所
  • 『食品商業』(商業界)
  • 『国民生活金融公庫調査月報』(中小企業リサーチセンター)- 新春対談 "星野流再生術"で輝きを取り戻せ
  • 『石垣』(日本商工会議所)- 徹底した環境対策を利益に直結
  • 『スモールビジネス』(国民生活金融公庫総合研究所)
  • 『The21』(PHP研究所)
  • 『Squet』(三菱UFJリサーチ&コンサルティング会員事業部』- 社員の自主性を引き出す組織づくりこそ研修成功の条件
  • 『日経レストラン』(日経BP)
  • 『日経トップリーダー』(日経BP)- 他リゾートの追随をやめ、ニッチ市場を切り開く
  • 『日経消費ウオッチャー』(日本経済新聞社)- 日本の温泉街や旅館の良さを再生
  • 『月刊ボス』(経営塾)
  • 『アイ・エム・プレス』(アイ・エム・プレス)- きめ細かなサービスと無駄を省いたCRMの導入でビジネスを推進
  • 『観光立国と地域活性化をめぐって』(国立国会図書館
  • 『週刊東洋経済』(東洋経済新報社)- ITでここまで減る時間と費用のムダ
  • 『国土交通』(国土交通省大臣官房広報課)- 休日の分散化と移動コストの引き下げ
  • 『温泉科学』(日本温泉科学会)- インバウンド時代の温泉旅館
  • 『Works』(リクルート
  • 『クオリティマネジメント』(日本科学技術連盟)
  • 週刊文春』(文芸春秋)- 家の履歴書
  • 『香川経済同友会』(香川経済同友会)- 勝ち続ける組織への模索
  • 『Value creator』(Value creator社)
  • 『熱風 : スタジオジブリの好奇心』(徳間書店
  • 『観光文化』(日本交通公社
  • 『Realitas』(日立製作所情報
  • 文芸春秋』(文芸春秋)- 軽井沢の温泉旅館が世界進出の原点
  • 『衆知』(PHP研究所)
  • 『日経グローカル』(日経BP)
  • 中央公論』(中央公論新社
  • 『理念と経営)(コスモ教育出版)
  • 『Newspicks magazine』(NewsPicks)- 僕の人生は、同級生に「バカにされて」変わった
  • Hanada』(飛鳥新社
  • エコノミスト) (毎日新聞社) - 同族経営の底力
  • 週刊ポスト』(小学館
  • 『Work mill』(プレジデント社)-世界を惹きつける「新しい日本らしさ」とは
  • 『読売クオータリー』(読売新聞社)- 後継者不足に悩む 同族企業が生き残るには
  • 『日経コンピュータ』(日経BP)
  • 『プロジェクト研究』(早稲田大学総合研究機構)
  • サンデー毎日』(毎日新聞出版
  • 『MARR』(レコフデータ)- 星野リゾート代表が語る 「マイクロツーリズム」戦略で新型コロナ禍を生き延びる
  • 『THEMIS』(テームス)
  • 『旅行読売』(旅行読売出版社)- コロナ後の観光のゆくえ

DVD[編集]

  • 『プロフェッショナル 仕事の流儀 第1期 リゾート再生請負人 星野佳路の仕事』(NHKエンタープライズ、2006年9月22日) EAN 4988066151552

関連書籍[編集]

  • 『堀文子粋人に会う』(堀文子清流出版、2009年11月1日) ISBN 9784860293062 - 「軽井沢を愛する人々」
  • 『北海道観光の自立を探る』(中西出版、2009年3月1日) ISBN 9784891151973
  • 『社長の値打ち : 企業価値向上論講義』(佐山展生日本経済新聞出版社、2010年4月16日) ISBN 9784532316112 - 「やる気を引き出す、燃えさせる」
  • 『賢人のビジネスリーダー力 : トップの決断が生命線!ピンチをチャンスに変えろ!』(幻冬舎、2012年7月12日) ISBN 9784344902534
  • 『カンブリア宮殿 村上龍×経済人 変化はチャンス : RYU'S TALKING LIVE』(村上龍 著、日本経済新聞出版社、2012年7月26日) ISBN 9784532168407
  • 『カンブリア宮殿 村上龍×経済人 社長の金言 2』(村上龍 著、日本経済新聞出版社、2013年6月4日) ISBN 978-4532196875
  • 『経営者が語る戦略教室』(日本経済新聞社、2013年9月3日) ISBN 9784532197001
  • 『競争優位を実現するファイブ・ウェイ・ポジショニング戦略』(イースト・プレス、2013年10月6日) ISBN 9784781609362
  • 『星野佳路と考えるファミリービジネスマネジメント』(日経BP、2014年2月6日) ISBN 9784822263898
  • 『賢者のリーダーシップ : みんながリーダー!の組織をつくる』(日経BP、2014年3月14日) ISBN 9784822250065
  • 『「好き嫌い」と経営』(東洋経済新報社、2014年6月27日) ISBN 9784492533444
  • 『発想の種IMAGINE』(講談社、2014年10月21日) ISBN 9784062192637
  • 『グローバル経営戦略 2015』(東洋経済新報社、2014年11月21日) ISBN 9784492961100
  • 『継ぐべきか、継がざるべきか』(日経BP社、2014年2月6日) ISBN 9784822263898
  • 『カンブリア宮殿 村上龍×経済人スゴい社長の金言』(村上龍 著、日本経済新聞出版社、2016年9月24日) ISBN 9784532176020
  • 『社員の力で最高のチームをつくる : 〈新版〉1分間エンパワーメント』(ダイヤモンド社、2017年2月24日) ISBN 9784478100677
  • 『異端会議 : 異端者がビジネスを変える』(翔泳社、2019年7月10日) ISBN 9784798163253
  • 『星野佳路と考えるファミリービジネスの教科書』(日経BP、2019年11月25日) ISBN 9784296104444
  • 『ファミリービジネス経営論 : ビジネススクールで教えている』(プレジデント社、2019年6月13日) ISBN 9784833423250
  • 『イラストレーターが名門カレッジ2年間の講義をまとめた : 経営学の要点を学べるスケッチノート』(ダイヤモンド社、2020年8月6日) ISBN 9784478107256
  • 『論客16人が予測するコロナ後の新ビジネスチャンス : これから伸びる企業・市場、求められる人材・働き方』(PHP研究所、2020年8月22日) ISBN 9784569847511

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 星野家(星野リゾート社長・星野佳路・星野朝子の家系図)
  2. ^ (日本語) 果然还是旧版的《起风了》比较好听, https://www.youtube.com/watch?v=AIhtECdAGFA 2022年5月19日閲覧。 
  3. ^ 苦境に立たされても地元客を癒し続けた「星野温泉 トンボの湯」”Harumari TOKYO(2020.11.20)
  4. ^ a b 『軽井沢という聖地』NTT出版, 2012 p117
  5. ^ a b 星野リゾート 企業情報”. 星野リゾート. 2015年11月5日閲覧。
  6. ^ a b 寺澤安正. “中部のエネルギーを築いた人々 (PDF)”. 2015年11月5日閲覧。
  7. ^ 訃報:星野嘉助さん 79歳=星野リゾート元会長、星野佳路・同社社長の父 毎日新聞(2013年4月14日)
  8. ^ a b 100年星のリゾート”星野リゾート(2014年)
  9. ^ a b シリーズ2時代の最高性能バージョン「スーパーセブン1500コスワース」|生誕60年のエバーグリーン「スーパーセブン」を確立させたモデル 2”Nosweb(2019.10.11)
  10. ^ 「潮, 第573~574号」(潮出版社、2006)226頁
  11. ^ a b c d 第37回 株式会社星野リゾート 星野佳路 - ドリームゲート
  12. ^ a b c d e f 日経 私の道しるべ 星野佳路 | 株式会社星野リゾート
  13. ^ a b 星野佳路「星野リゾート」を大成功させたユニーク
  14. ^ 第十回 星野佳路-前編-目指すは百戦百勝のリゾート再生請負人
  15. ^ コーネル大学【IVY】ホテル経営学は全米でトップレベル!
  16. ^ 星野佳路の履歴書|星野リゾートが「ボロボロの宿」だった頃。お金はない、人も採れない、ビジョンはある
  17. ^ 星野佳路の履歴書”. 星野リゾート. 2015年11月5日閲覧。
  18. ^ “【復興庁が「東北観光アドバイザー会議」を新設”. 産経ニュース. (2015年12月18日). https://www.sankei.com/article/20151218-ZXZAJDNSDBJGTDZEAK32BVOBVI/ 
  19. ^ 実践!1日1食主義【星野リゾート・星野氏】”. 日経ビジネス (2016年2月2日). 2016年2月2日閲覧。
  20. ^ 海外「フクシマ」に拒否反応 県名変更の覚悟も『日経MJ』大震災6年1面特集インタビュー(2017年3月10日)
  21. ^ a b c 星野リゾート星野佳路代表が20代で学んだ“基礎”の大切さ。経営で頼ったのは「教科書」だった
  22. ^ 年60日スキー 星野リゾート星野佳路代表の「遊び」の秘訣

関連項目[編集]

外部リンク[編集]