危険運転致死傷罪

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危険運転致死傷罪
Scale of justice 2.svg
法律・条文 刑法208条の2
保護法益 生命・身体
主体
客体
実行行為 危険運転
主観 故意犯
結果 結果犯、侵害犯
実行の着手 交通事故
既遂時期 死傷
法定刑 致傷の場合15年以下の懲役、致死の場合1年以上の有期懲役
未遂・予備 なし
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危険運転致死傷罪(きけんうんてんちししょうざい)は、自動車危険運転によって人を死傷させた際に適用される刑法208条の2で規定している犯罪

概説[編集]

危険運転致死傷罪は一定の危険な状態で自動車を走行・運転し人を死傷させる罪である(刑法208条の2)。平成13年の刑法改正により追加された。

過失致死傷業務上過失致死傷罪等の過失傷害の罪を規定した刑法第2編第28章ではなく、故意犯たる傷害罪等について規定している同編第27章「傷害の罪」の中に規定が置かれており、法定刑も過失傷害の罪に比べて著しく重く設定されている。これは、本罪は過失犯ではなく故意の危険運転行為を基本犯とする一種の結果的加重犯として、傷害罪ないし傷害致死罪類似の罪として規定されているためである(ただし、基本犯に関しては刑法に規定はなく、飲酒運転等の道路交通法上の犯罪である)。

当初は「四輪以上の自動車」と限定されていたが、2007年(平成19年)5月17日成立の法改正(刑法の一部を改正する法律、平成19年5月23日法律第54号)により「四輪以上の」の文言が削除された結果、原動機付自転車自動二輪を運転して人を死傷させた場合にも危険運転致死傷罪が適用されることになった(同年6月12日施行)。

なお、本罪の行為は自動車の運転に限定されており、自転車の運転では本罪を構成しない。

法定刑[編集]

人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する(刑法208条の2)。

また、行政処分でも致傷で45 - 55点(治療期間による)、致死では一度に加わる点数としては最高の62点(運転殺人と同じ)と、通常の死傷事故よりも格段に重くなっている。

類型[編集]

本罪は以下の行為によって人を死傷させる犯罪である。危険運転致死傷罪は行為の態様により講学上5つに細分されるが、いずれも、その法定刑は同じである。なお、殺意があった場合はこれよりさらに重い殺人罪が適用される。

酩酊運転致死傷罪
アルコール(飲酒)又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為(刑法第208条の2第1項前段)
本条文における「薬物」とは、麻薬覚せい剤などの違法な薬物だけでなく、精神安定剤向精神薬解熱剤などの市販されている一般用医薬品および処方せん医薬品薬事法第49条)などが含まれる[1]
道路交通法の酒酔い運転罪の規定(同法117条の2第1号)にいう、「正常な運転ができないおそれがある状態」では足りず、現実に前方注視やハンドル、ブレーキ等の操作が困難な状態であることを指す。
制御困難運転致死傷罪
進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為(刑法第208条の2第1項後段)
単に速度制限違反であるから成立するものではなく、制限速度をおおむね50km/h以上超えた程度で適用が検討される。またドリフト走行やスピンターンも対象になる。
未熟運転致死傷罪
進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為(刑法第208条の2第1項後段)
単に無免許運転であるだけでは足らず、運転技能を有していない状態を指す。運転技能を有するが免許が取消・停止・失効になっている状態は含まない。免許を一度も取得していなくとも日常的に事故を起こすことなく無免許運転している場合には運転技能有りとみなされ該当しない。逆に、免許を有していても運転技能を有していない状態と評価しうるまでのペーパードライバーには、本罪適用の余地がある[2]
妨害運転致死傷罪
人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為(刑法第208条の2第2項前段)
何らかの理由により故意に「人又は車の通行を妨害する」目的で行った場合。実際には、過度の煽り行為や、故意の行為による割り込み幅寄せ・進路変更などが考えられる。
「重大な交通の危険を生じさせる速度」とは、相手方と接触すれば大きな事故を生ずる速度をいい、20km/h程度でも該当する(最決平成18年3月14日)。
信号無視運転致死傷罪
赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し(信号無視)、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為(刑法第208条の2第2項後段)
交差交通が青信号であるのに「殊更に」赤信号を無視した場合に適用され、見落とし、誤認などの過失はもちろん、ただ信号の変わり際(黄信号→赤信号へと変わる瞬間、全赤時間)などに進んだ場合などは含まれない。
「重大な交通の危険を生じさせる速度」については前述と同様である。

なお、本罪の構成要件には上記以外の交通違反、たとえば過労運転、持病(てんかん睡眠時無呼吸症候群など)を有する状態での運転、無免許運転、無保険運転、わき見運転、居眠り運転等は含まれていない。

経緯・経過[編集]

同法新設前の処理と改正運動[編集]

従来、交通事故加害者故意がないことを前提として刑法第211条の業務上過失致死傷罪によって処理されてきた。

モータリーゼーションの進行により、1959年(昭和34年)に交通死者が初めて1万人を突破し、1960年(昭和35年)に呼気に一定以上のアルコール分を含む酒気帯びでの運転禁止を定めた道路交通法の規定が制定されるという流れの中で、悪質な交通違反には刑が低すぎるとの理由により、業務上過失致死罪は1968年(昭和43年)にそれまで最高刑が「禁錮3年」だったものを「懲役5年」に引き上げる法改正(昭和43年法律第61号)が行われた[3]。1970年(昭和45年)、基準値以下を含めた飲酒運転が全面禁止となり、警察官に運転者の呼気検査をする権限が与えられた。

2000年(平成12年)4月に神奈川県座間市座間南林間線小池大橋で、検問から猛スピードで逃走していた建設作業員の男性が運転する自動車が歩道に突っ込み、歩道を歩いていた大学生2名を死亡させた事件が発生(小池大橋飲酒運転事故)。

この容疑者の男性は飲酒運転だけでなく無免許運転で、乗っていた車は車検を受けておらず、また無保険運行の、極めて悪質な状態であった。

この事故で息子を失った女性が「そもそも業務上過失致死傷罪はモータリゼーションが発達していない時代(明治後期)にできた古い法律で、自動車事故を想定して作られたものではない。人命を奪っておきながら、5年以下の懲役禁錮または50万円以下の罰金という窃盗罪よりも軽い刑罰は、悪質な運転者が死亡事故を起こしている現状にそぐわないのではないか」と法改正運動を始めた。運動の趣旨に賛同する被害者遺族たちとともに全国各地で街頭署名を重ね(協力者の中には、東名高速飲酒運転事故で幼い娘たちを失った両親もいた)、2001年(平成13年)10月に法務大臣へ最後の署名簿を提出した時には合計で37万4,339名の署名が集まった。

同法の新設と関連法案の改正[編集]

2001年(平成13年)11月28日、前述の署名運動の結果、危険運転致死傷罪を新設する刑法改正案が国会で可決され、「平成13年12月5日法律第138号」として成立し、刑法に導入されることとなった。公布の日から起算して20日を経過した日、すなわち同年12月25日に施行された。この結果、法定刑は致傷に対して15年以下の懲役、致死に対しては1年以上の有期懲役(最高20年、併合加重の場合は最高30年)となった。

これに合わせて、軽微な事件への救済として、自動車の運転による業務上過失致傷に対しては、刑の裁量的免除を可能とする刑法第211条第2項による「自動車を運転して前項前段の罪を犯した者は、傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる」との規定が新設された(なお、同項は2007年の自動車運転過失致死傷罪の新設に伴って更に改正されている)。

さらに、罰金の徴収未済を減らすために刑事訴訟法も改正され、刑事訴訟法第507条で「検察官又は裁判所若しくは裁判官は、裁判の執行に関して必要があると認めるときは、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる」とし、検察官・裁判所・裁判官が、裁判の執行に関して必要があると認めるときは、警察地方公共団体法務局金融機関電話会社などに必要な事項を照会することができる規定を新設した。

改正による影響[編集]

危険運転致死傷罪が制定され、さらに飲酒運転の処罰の厳罰化に伴い、飲酒運転に起因する死亡事故は激減し、2005年(平成17年)には10年前の半数にまで減少した。

今後の課題[編集]

厳罰化による問題[編集]

しかし、飲酒(泥酔)運転者が、事故を起こした後に逃走し(ひき逃げ)たために、時間が経過した後での逮捕時点では呼気中のアルコール濃度が事故当時からは変化していたり、又は車を隠した後で更に飲酒をしたり[4]、事故を起こした後に大量の水を飲んで血中アルコール濃度を下げるなど隠蔽工作を図ったり[5]、身代わりを頼む例もあり、「逃げ得」と批判される状況も生じている[6]2006年には福岡海の中道大橋飲酒運転事故が発生し、ここでも悪質な隠蔽工作が見られた事から、対策と厳罰化を求める声が強まった。

こうした流れを受けて、2007年5月17日成立の「刑法の一部を改正する法律」(平成19年5月23日法律第54号)によって刑法211条2項が改正され、自動車運転過失致死傷罪が新設された(2007年6月12日施行)。 しかし、アルコールが抜けて飲酒運転が証明不能となってから逮捕された場合は、業務上過失致死と道路交通法違反で7年6ヶ月まで(刑法211条と道路交通法117条違反の併合罪。ただし刑法218・219条の保護責任者遺棄罪や同致死罪が適用されれば最長20年になるが、これは被害者が即死の場合は適用されない)で、危険運転致死傷罪よりも最高刑が軽くなることになる。 このため、ひき逃げの増加は危険運転致死傷罪による厳罰を恐れたからこそであるとの指摘もあり、これ以上の罰則の強化は逆効果であり厳罰化だけでは予防にならない、などの批判も多い[7]。むしろ交通事故を減らすには自動車の使用を控える方が効果的であるという意見もある[8]。また、交通事故の厳罰化を求める世論はマスコミの過剰報道によるものであると考える向きもある[9]

適用条件の難しさなどの問題[編集]

危険運転致死傷罪の構成要件は、運転行為の中でも特に危険性の高いものに限定されているため、前記した居眠り運転や単なる速度超過(20~30km/hオーバーで走る)などでは適用対象にならなかったり、または適用如何が裁判で争われることがある。

車を運転する大多数の国民が、誰もが犯しかねない僅かなミスで本罪のような重大な処罰の対象となりかねないのは適当でないことから、本罪の構成要件は限定されている。 例えば、過労運転や持病を有する状態の運転は、ケースによって強い非難には値しなかったり、様々な要因の複合作用があることなどから、危険運転の要件から外されている[10]。 無免許運転なども、実質的に危険なのは「運転技能を有していないこと」であり、「無免許であること自体」が危険なのではないことから、本罪の要件とはなっていない。

しかしながら、無免許運転や速度超過を行う悪質な運転者が本罪の適用を受けないなどの事例もあり、特に被害者感情との軋轢を生む例が少なくない。立法当時から、無免許運転等が本罪の構成要件に当たらないことについては、一部の交通事故遺族から批判の声があった[11]

また、2011年4月に栃木県鹿沼市児童6人が死亡したクレーン車事故では、運転者がてんかんの持病を隠して運転免許証を取得したにも拘らず(運転免許に関する欠格条項問題も参照)、同法の適用条件外で適用が見送られた[12]。これを受け、遺族らが持病隠しによる免許取得につき、危険運転罪の適用による厳罰化を求めて約17万人の署名を法務大臣に提出した。小川法務大臣は、法改正を行うとこれまで過失犯で処理していたものが故意犯に近い量刑になるということもあり、いますぐ法改正を行うとは言えないと述べている[13]

さらに2012年4月に京都府亀岡市で無免許運転の自動車が集団登校の列に突っ込み、生徒と保護者が死傷した事故でも、無免許運転・少年法の理由で適用が見送られており今後の課題になっている[14]

自動車運転死傷行為処罰法[編集]

上記のような適用条件の難しさを受け法務省は自動車運転過失致死傷罪と危険運転致死傷罪の中間罪を創設する法案を公表した[15][16]

これを受けて、2013年11月20日に「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転死傷行為処罰法)」が成立した。自動車運転死傷行為処罰法では、危険運転致死傷罪の適用対象の拡大されるとともに、「過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪」(最高刑・懲役12年)を新設し、逃げ得を防ぐ対策が行われている。さらに、無免許の場合は、罪を重くする規定も追加されている。なお、自動車運転死傷行為処罰法の制定に伴い刑法の関連規定が自動車運転死傷行為処罰法に移管されている。例えば、刑法の自動車運転過失致死傷罪は、自動車運転死傷行為処罰法の過失運転致死傷罪に変更された。2014年4月18日の政府決定により、同年5月20日より施行、また同法の適用対象となる病気については、統合失調症低血糖症躁鬱病、再発性失神、重度の睡眠障害、意識や運動の障害を伴うてんかんの6種とすることが定められた[17]

判例[編集]

福岡海の中道大橋飲酒運転事故
最高裁第3小法廷(寺田逸郎裁判長)は2011年10月31日、「アルコールの影響による前方不注意により危険を的確に把握して対処できない状態も危険運転にあたる」というはじめての判断をしめし、被告人の上告を棄却した[18]
争点となっていた「アルコールの影響などにより正常な運転が困難」な場合に成立するとした危険運転致死傷罪の規定の解釈については事故の状況を総合的に考慮すべきだとし、危険運転にあたるかどうかを柔軟に判断することを可能にした[18]
これによっていままでは適用基準の不明確さから消極的だった危険運転致死傷罪の適用が積極的におこなわれると予想されている[18]
脱法ハーブ使用後の事故
2012年6月9日、脱法ハーブを使用後軽乗用車に時速60キロで追突し3人に怪我を負わせる事故が発生[19]12月6日、危険運転致傷罪に問われた裁判で、京都地裁は求刑懲役2年6カ月に対し懲役1年10カ月の実刑判決を下した[19]。脱法ハーブによる交通事故で、危険運転が認められたのは全国初とみられる[20]

世界での事例[編集]

日本国外にも危険運転を処罰する立法例がある。香港では危険駕駛罪[要出典](繁体字:危險駕駛罪、駕駛とは運転という意味)、台湾では「重大違背義務致交通危險罪」(中華民国刑法185条の3)という罪が存在する。

脚注[編集]

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  1. ^ 向精神薬:乱用で交通事故の男 危険運転致傷罪で起訴へ 毎日新聞 2009年7月15日
  2. ^ ペーパードライバーの事故も危険運転致死傷罪に含まれる?
  3. ^ 高山俊吉道路交通法が生まれた背景について…1960年代の話」『弁護士高山俊吉WEBSITE』2007年3月22日。
  4. ^ 事後にアルコール濃度を計測しても「事故時点までの飲酒」か「降車後の飲酒」のどちらが原因であるか判別できなくなる。
  5. ^ 実際には何の効果もないという意見もある
  6. ^ 危険運転致死傷罪の対象外のものでもこのような例(無免許運転等)がある
  7. ^ 上岡直見 (2006年4月19日). “飲酒運転厳罰化でひき逃げ急増”. JANJAN. 2008年9月20日閲覧。
  8. ^ 上岡直見 (2006年9月19日). “出かける時に、車のキーを持たない:飲酒運転の防止策”. JANJAN. 2008年9月20日閲覧。
  9. ^ 池田信夫 (2006年9月26日). “飲酒運転事故は増えているのか”. 池田信夫 blog. 2008年9月20日閲覧。
  10. ^ “参議院法務委員会”. 9. 第153回国会. (2001-11-22). http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/153/0003/15311220003009c.html. "参考人" 
  11. ^ “参議院法務委員会”. 10. 第151回国会. (2001-11-27). http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/153/0003/15311270003010a.html. "参考人" 
  12. ^ 遺族が法改正求め約17万人の署名提出 鹿沼クレーン車児童6人死亡事故”. msn産経ニュース (2012年4月9日). 2012年5月27日閲覧。
  13. ^ 危険運転致死傷罪の法改正に関する小川法務大臣の考え”. レスポンス (2012年4月13日). 2012年5月27日閲覧。
  14. ^ 危険運転致死傷 曖昧な適用基準を改めよ”. 西日本新聞 (2012年5月28日). 2012年7月9日閲覧。
  15. ^ 後絶たぬ悪質事故 遺族「危険運転適用拡大を」
  16. ^ 自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律案”. 法務省. 2013年11月20日閲覧。
  17. ^ “来月20日から悪質運転厳罰化…持病にも適用”. 読売新聞. (2014年4月18日). http://www.yomiuri.co.jp/politics/20140418-OYT1T50095.html 2014年4月18日閲覧。 
  18. ^ a b c “福岡・飲酒追突3児死亡、懲役20年確定へ”. 読売新聞. (2011年11月2日). http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111102-OYT1T00899.htm 2011年11月3日閲覧。 
  19. ^ a b 脱法ハーブでの危険運転に実刑 京都地裁、全国初の判決”. 朝日新聞 (2012年12月6日). 2012年12月6日閲覧。
  20. ^ 脱法ハーブ吸引で暴走の被告に実刑 危険運転致傷罪を初適用 京都地裁”. msn産経ニュース (2012年12月6日). 2012年12月6日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]