中野英雄

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なかの ひでお
中野 英雄
本名 中野 英雄
生年月日 (1964-12-22) 1964年12月22日(52歳)
出生地 日本の旗 日本 京都府京都市左京区
身長 172 cm
血液型 A型
職業 俳優
ジャンル テレビドラマ映画舞台Vシネマ
活動期間 1985年 -
活動内容 1984年劇男一世風靡入団
配偶者 あり
著名な家族 太賀(二男)
事務所 enjoy
公式サイト バグジーヒーローズクラブ > 中野英雄
主な作品
愛という名のもとに
首領への道』シリーズ

中野 英雄(なかの ひでお、1964年12月22日 - )は、日本俳優京都府京都市左京区出身。所属事務所はenjoy[1](業務提携先はバグジーヒーローズクラブ)。同じく俳優の太賀は二男[2]

来歴・人物[編集]

学生時代はハンドボール選手として活躍。しかし非行に走り、暴走族等の活動にも足を踏み入れた。その後、哀川翔により劇男一世風靡に勧誘され(哀川との出会いは、地元で哀川に喧嘩で秒殺されたという)、1985年に芸能界入り。1992年フジテレビのテレビドラマ『愛という名のもとに』に出演。勤務する証券会社で上司から苛烈なまでのいじめに遭い、フィリピン人ホステスに入れあげ、挙句に自殺してしまうチョロを演じ、人気が沸騰した。その後はコンスタントにドラマなどに出演。Vシネマでの演技も評価が高い。また『FILM FACTORY』にて監督・脚本にも挑戦した。

暴走族時代(スペクター)、パンツ一枚で自宅に帰る、パンツ一枚で線路に落ちていたなどと『未来教授サワムラ』(フジテレビ)で語る。きっかけは、単身で乗り込んだため。なお、宇梶剛士が所属していたブラックエンペラーとは敵対関係にあった。

俳優をやる前は、トラックの運転手もやっていた。

1996年、個人事務所として「バグジー」を設立(現在は所属していない)。

2001年、グラビアアイドルの松田純との不倫が報道される。結果、松田は事務所を解雇された。

クイズ赤恥青恥』の著名人クイズで、長らくレギュラーを務めていた。そのため、解答者として出演していた加賀まりこにドラマの現場で会うと、文句を言われていたらしい。

SNSでは太賀の出演作に関連した発言をしたり、間接的に応援をするなど、チャーミングな父親の一面をみせている[3]

「MOBSTAR JAPAN」は自身がプロデュースしたブランドである。

エピソード[編集]

哀川翔小沢仁志の3人で番組に出演した時に、渡瀬恒彦の番組にゲスト出演した時のエピソードを語った。仕事が多忙になってきて天狗になっていて渡瀬と向かい合っていた時に演技指導した監督に向かって 「監督、俺はこうやりたいんですけど!?」 目の前の渡瀬に 「じゃかぁ〜しぃっ! お前は監督の言われ通りにやりゃいいんだよ!!」顔の真ん前で怒鳴り飛ばされ 「ハイ、分かりました!」 と平身低頭で謝ったそうだ。それを聞いていた哀川と小沢は何も言わず無言で笑っていた。

渡瀬恒彦が死去した時のTwitterで、やんちゃしてた自分でも「渡瀬さんは怖かった」と述懐していた。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

Vシネマ[編集]

ゲーム[編集]

バラエティ・情報番組[編集]

ミュージック・ビデオ[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]