宇梶剛士

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うかじ たかし
宇梶 剛士
別名義 津村 浩
生年月日 (1962-08-15) 1962年8月15日(56歳)
出生地 日本の旗 日本東京都新宿区[1]
身長 188 cm[2]
血液型 B型
職業 俳優タレント
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1981年 -
配偶者 既婚
著名な家族 宇梶静江(母)
浦川治造(叔父)
公式サイト Ukaji Takashi Official Website
主な作品
テレビドラマ
未成年
新選組!
離婚弁護士II〜ハンサムウーマン〜
ストロベリーナイト
映画
お父さんのバックドロップ

宇梶 剛士(うかじ たかし、1962年8月15日 - )は、日本俳優タレントである。アベベネクスト所属。

経歴[編集]

誕生 - 少年時代[編集]

1962年東京都新宿区西大久保1丁目(現:歌舞伎町2丁目)の「東京都立大久保病院」で生まれる[1]。出生時は体重が5,000gもあり、都の健康優良児の表彰を受けている[1]。3歳から5歳までは東京都小平市に、それから小学2年時までは広島県安芸郡府中町で育ち[1][3]、その後東京都国立市に転居、国立市立国立第七小学校・国立市立国立第一中学校を卒業[1]拓殖大学第一高等学校では野球部に所属し、大柄だったこともあり「将来の有望選手」としてプロ球団のスカウトが宇梶を見に何回か足を運びに来たほどの実力であった。

暴走族時代 - デビュー前[編集]

だが、その高校時代に友人達と暴力事件を起こし逮捕され、少年鑑別所に入所。出所後に高校を中退し、しばらく叔父のいる北海道浦河郡浦河町二海郡八雲町で労働機会を得るも更生できず、東京家庭裁判所からの呼び出しを口実に帰京[1]。その後は暴走族に加わり、当時日本最大組織とされたブラックエンペラーの三多摩地区のヘッドから後に7代目名誉総長となり、この時代に得た一生の友のことをテレビ番組でたびたび熱く語っている。同じく元暴走族のヒロミも「僕らがガキだった頃、とんでもなく有名だった人」とコメントしている。[要出典]また八王子在住の作家で同世代のゲッツ板谷の著書にも、「伝説的存在だった」との記述がある。そして暴走族同士の抗争で再び逮捕。家庭裁判所へ送致され、少年院へ収容。

少年院での生活において改心。この時に読んだチャップリンの伝記が俳優を志すきっかけとなる[3]と同時に高校復学のための勉強に励み、その後明治大学付属中野高等学校定時制を卒業した。

同級生には近藤真彦、野村義男、野々村真、つちやかおり、佐久間レイ、藤慎一郎(神力裕)他多数のアイドル芸能人がいた。

パパイヤ鈴木布川敏和らは後輩。

当時、出演したドラマの「ザ・ハングマン」は犯人役であったが、同回の誘拐される少女役の横田ひとみも同級生だった。

デビュー後[編集]

錦野旦の付き人をしていた18歳の時[4]、事務所の使いで藤映像コーポレーションを訪問したところ、菅原文太から「お前、何者だ。歌い手か」と呼び止められ、「いえ、俳優になりたいんですが、どうやったらなれるのかわからないので、錦野さんのところでお手伝いをしています」と答えたところ、菅原はすぐ錦野の事務所に電話をかけ、「おたくのところのでかいの、もらっていいか」と言い、電話を切り、「ということでいいな」と言って菅原の付き人となった。以降、菅原をオヤジと呼んで慕っており、逝去後にはマスコミに菅原の追悼コメントを語っている。美輪明宏に見出され、『青森県のせむし男』(寺山修司作)にて初舞台を踏む。その後、美輪から紹介された渡辺えりなどの元で舞台経験を積む。若い頃はスリムで美男であり、18歳から2年間ほど、同じ事務所だった鶴田浩二から名前をもらって「津村浩」の芸名で活動をしていた。長く無名で下積みの時代が続き、売れない時期は、芸能以外の仕事をして食いつないだり、もっぱら映画を鑑賞して過ごした。当時鑑賞した作品が現在の芸能活動の糧になっていると発言している。

1980年代後半になり多数のトレンディドラマに脇役で出演するようになると、徐々に知名度が上昇し、以降多数のテレビドラマ映画で活躍。一方で舞台出身であることから「打打芝居」(1990年結成)、「damim」(1999年10月結成)といった演劇ユニットを主宰し、自らプロデュース公演の形で舞台を制作してきたが、2007年には「劇団」という形でしか表現できない舞台作りを追求したいとの思いから、金井良信平野貴大らと共に「劇団PATHOS PACK」を結成[5]

俳優業以外での活動[編集]

  • バラエティー番組でもたびたび暴走族出身という経歴がネタにされていることなどから、ひょうきんさにアクの強さとワイルドさを兼ね備えた独特のキャラクターでバラエティー番組にも積極的に出演している。
  • 少年時代から続けてきた野球を生かし、2007年3月に岩手県に本拠地を置く野球クラブチーム「岩手21赤べこ野球軍団」の総監督に就任したが、同年12月に廃部。
  • 不良から立ち直ったという体験から、『ジェネジャン』パネリストとしては準レギュラーとも言えるほど頻繁に出演していた。現在も講演活動などを積極的に行っている。

人物・エピソード[編集]

交友関係[編集]

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

Webドラマ[編集]

  • ROAD TO EDEN(2017年10月26日 - 12月14日、フジテレビオンデマンド / 2018年1月18日 - 、フジテレビ) - カリコリ 役

映画[編集]

オリジナルビデオ[編集]

ウェブドラマ[編集]

  • 日本をゆっくり走ってみたよ ~あの娘のために日本一周~(2017年 - 2018年、Amazonプライム・ビデオ) - バイク乗りのおじさん 役

舞台[編集]

劇場アニメ[編集]

テレビアニメ[編集]

PV[編集]

バラエティ番組[編集]

ドキュメンタリー番組[編集]

教養番組[編集]

  • 明日言いたくなる話(2015年10月4日 - 2016年9月11日、BS日テレ)

音楽関連番組[編集]

CM[編集]

著書[編集]

漫画原作[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f Profile”. 宇梶剛士公式サイト. 2017年12月25日閲覧。
  2. ^ 宇梶剛士のプロフィール”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2017年12月25日閲覧。
  3. ^ a b 宇梶 剛士 インタビュー【私のターニングポイント】”. 演劇ライフ. ニジボックス (2008年8月21日). 2013年2月24日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年12月25日閲覧。
  4. ^ “「でかいの、もらっていいか」菅原文太さんの一言で弟子になった俳優”. dot.. (2015年2月16日). https://dot.asahi.com/wa/2015021300059.html 2016年11月10日閲覧。 
  5. ^ 劇団プロフィール”. 劇団パトスパック. 2016年10月10日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年12月25日閲覧。
  6. ^ 竹原慎二 (2010年1月24日). “府中町 3人 組じゃ”. 竹原慎二 オフィシャルブログ-竹原慎二はブタっ鼻. サイバーエージェント. 2017年12月25日閲覧。
  7. ^ 『仮面ライダー』撮影で山本太郎、吉川晃司にビビってワキ汗止まらず!”. ムービーコレクション (2010年12月19日). 2017年12月25日閲覧。
  8. ^ テレフォンショッキング-それでもTV
  9. ^ 武勇伝は数知れず 宇梶剛士さん“むちゃ飲み”引退決意の理由日刊ゲンダイDIGITAL 2018年3月19日
  10. ^ “17年大河『おんな城主 直虎』新出演者14人発表 柴咲コウ父は杉本哲太、母は財前直見”. ORICON STYLE. (2016年5月26日). http://www.oricon.co.jp/news/2072280/full/ 2016年5月27日閲覧。 
  11. ^ “再ブレイク中の斉藤由貴、平凡な主婦に訪れた刺激的な日々を熱演”. ORICON STYLE. (2016年9月14日). http://www.oricon.co.jp/news/2078435/full/ 2016年9月13日閲覧。 
  12. ^ 映画「キングダム」信は山崎賢人、政は吉沢亮!キャスト、監督らが製作発表会見”. コミックナタリー. ナターシャ (2018年10月9日). 2018年10月9日閲覧。
  13. ^ 日本国内での放映開始年。
  14. ^ “宇梶剛士:“腹筋CM”に再登板も余裕の笑み 「今回の鉄球は、思ったよりも痛くないな」”. MANTANWEB. (2016年4月28日). http://mantan-web.jp/2016/04/28/20160427dog00m200042000c.html 2016年4月28日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]