ブロムワレリル尿素

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ブロムワレリル尿素
ブロムワレリル尿素の構造式
識別情報
CAS登録番号 496-67-3
KEGG D01391
特性
化学式 C6H11BrN2O2
モル質量 223.07
外観 無色または白色の結晶または結晶性の粉末
融点

151~155 (分解)

薬理学
消失半減期 12日[1]
排泄
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。
ブロムワレリル尿素の球棒モデル

ブロムワレリル尿素(ブロムワレリルにょうそ、bromovalerylurea)は、鎮静催眠作用あるモノウレイド系の化合物である。日本では1915年に発売された商品ブロバリンという医薬品は不眠症の適応があり、一般医薬品ではアリルイソプロピルアセチル尿素との合剤であるウットや、頭痛薬などにも成分の1つとして配合され、ナロン、ナロンエースが市販されている。かつては商品カルモチンも販売されていた。第15改正日本薬局方より、ブロモバレリル尿素と表記される。国外ではブロミソバル(Bromisoval, Bromisovalum)で知られる。

ブロムワレリル尿素は1907年に登場し、危険性から20世紀前半にはバルビツール酸系が主流となり、これも現在では1960年代に登場したベンゾジアゼピン系に取って代わられている[2]。アメリカでは、ブロムワレリル尿素を含む臭化物は医薬品としては禁止されている[3]。日本では1965年より総合感冒薬には使用できない[3]。過去に自殺に用いられ、過量服薬や乱用の危険性があるのに、2009年現在でも日本でなぜ用いられているか理解に苦しむ、という専門家のコメントがある[2]。連用により薬物依存症、急激な量の減少により離脱症状を生じることがある[4]。日本では「乱用の恐れのある医薬品の成分」として、含有される一般薬の販売が原則で1人1箱に制限されている[5]。日本ではブロムワレリル尿素の催眠剤は習慣性医薬品劇薬である。

急性の過剰摂取ではブロム中毒をきたす[1]。血中濃度の半減期が12日と著しく長く、連用により慢性ブロム中毒をきたすことがあり[1]、症状は多彩で精神、認知、神経、また皮膚の症状を生じる[6]。小脳の萎縮を引き起こすことがある[1]

商品[編集]

1907年にSoamが創薬し、1908年にドイツのKnoll社がブロムラル(Bromural)の商品名で発売した。

日本で処方箋が必要な医薬品には、1915年発売のブロバリン(Brovarin、日本新薬)が存在する。

鎮静剤として市販されている商品としては、「ウット」(伊丹製薬)がアリルイソプロピアルアセチル尿素などとの合剤、「奥田脳神経薬」(奥田製薬)がチョウトウニンジンなどの生薬やカフェインなどとの配合剤である。また、鎮静作用から市販の鎮痛剤にも配合されている。ナロン、ナロンエース(大正製薬)がそうである。販売中止となったものに、リスロンS(佐藤製薬)、カルモチン(武田薬品工業)がある。

歴史[編集]

ブロムワレリル尿素は1907年(明治40年)に登場した[2]。名古屋医科大学内科での、自殺を目的とした急性中毒は1925年から4年間では催眠劑は13.8%であったものが、1932年(昭和7年)から2年間で55%と著しく増加し、研究ではブロムワレリル尿素を含有する商品カルモチンに言及されている[7][注釈 1]。(愛知県下では1935年から2年間では約43%である[8]

低用量の使用の際には危険性がより少ないということで、20世紀前半にはバルビツール酸系が主流となった[2]。さらに、1960年代にこれらより死亡の危険性や依存の危険性が低いベンゾジアゼピン系が登場し、主流となった[2]。アメリカでは、ブロムワレリル尿素を含む臭化物は医薬品としては禁止されている[3]

しかしながら、日本の1950~60年代の第二次自殺ブームの主役となった薬であり、多くの若者がこの薬で自殺を試みた。毎年約4000人が臭化物中毒で死亡し、ブロムワレリル尿素によるものが最も多かった[9]。そのため、自殺を防ぐ目的で、市販薬では一定量を超えた薬は発売が禁止され、医師が発行する処方箋の必要な処方箋医薬品に変更された[10]。1965年に「かぜ薬の承認基準」が設けられた時、ブロムワレリル尿素とアリルイソプロピルアセチル尿素については主作用が催眠作用であるため使用できる薬剤から削除された[3]

日本中毒情報センターへのブロムワレリル尿素の問い合わせ件数では、1990年代前半では毎年40件、2003年では4件であり(注・日本中の事故の総数ではない)、中毒診療では重要とされる[3]。2010年の報告でも、不審死からの検死解剖から5年分2938件中で60件と主な原因となっているものではないが、検出が微増して続いているとされる[11]過量服薬や乱用の危険性があるのに、なぜ現在でも用いられているか理解に苦しむという専門家のコメントがある[2]。薬物乱用(や自殺対策)の専門家である松本俊彦によれば、論外の薬である[12]

1990年代以降は、ナロン、ウット、ブロバリンを用いた常用による慢性ブロム中毒の報告も増えている[1]

2014年6月より、薬事法の改正によって、「乱用の恐れのある医薬品の成分」として、ブロムワレリル尿素が含有される一般薬の販売が原則で1人1箱に制限されている[5]

薬物動態[編集]

血中半減期が12日と著しく長い[1]。(比較すればバルビツール酸系のフェノバルビタールで約4日、ベンゾジアゼピン系の長時間型とされるジアゼパムで約24時間であり、さらに20世紀後半にはトリアゾラム(ハルシオン)など、超短時間型の薬剤が開発されている。)このため連用により体内に蓄積し、慢性中毒症状をきたすことがある[1]。腎機能が低下している場合、蓄積が助長される[1]

ブロムワレリル尿素は、体内で代謝されブロムとなり、クロールと置換され中枢神経系で細胞膜輸送系を障害する[1]。このことが副作用の神経症状の発症機序となる[1]

副作用[編集]

以降に記すが、慢性的な摂取で臭化物中毒(bromid intoxication、ブロム中毒:bromism)をきたすが、症状は多彩で、精神、認知、神経、また皮膚の症状を生じる[6]

ブロムワレリル尿素は反復して摂取すると依存を生じることがある[13]。服用後、眠気が現れることがあり、乗り物や機械類の操作をしないよう注意する必要がある[14]

薬物乱用頭痛の原因は鎮痛成分の連用が主となるが、市販の鎮痛薬に含まれるカフェイン、ブロムワレリル尿素、アリルイソプロピルアセチル尿素などの依存や離脱症状が、発症に寄与することが考えられる[15]

依存性[編集]

日本では2017年3月に「重大な副作用」の項に、連用により薬物依存症を生じることがあるので用量と使用期間に注意し慎重に投与し、急激な量の減少によって離脱症状が生じるため徐々に減量する旨が追加され、厚生労働省よりこのことの周知徹底のため関係機関に通達がなされた[4]

急性中毒[編集]

急性中毒では、見当識(いつ、どこ、だれの認識)の障害、言語障害、歩行障害などをきたす[1]。呼吸抑制も生じる。服薬中止や輸液により数日から、遅くて数週間で回復するが、それ以降に残る症状は障害となったものと考えられる[1]

薬物鑑別のために使われる検出キット、トライエージでは、ブロムワレリル尿素は検出できない[9]。一般に中毒の診断に画像検査を用いることは少ないが、ブロムワレリル尿素はX線に不透過のためX線検査が利用できる[9]

慢性ブロム中毒[編集]

小脳、特に虫部の萎縮をきたすことがある[1]

アリルイソプロピルアセチル尿素によって薬疹を生じた患者で、ブロムワレリル尿素でも薬疹を起こし、交差反応が生じた例が報告されている[16]

注釈[編集]

  1. ^ 1937年の牧忠勝の『日本自殺考』では、内閣統計局と内務省の統計から(ブロムワレリル尿素の記述はないが)「毒による自殺」は、1909年(明治42年)の約3%から、1934年(昭和9年)では約20%までに増加しており、筆者はその増加について「特に毒を仰ぎては著しいのである」と記している:牧忠勝 『日本自殺考』 関西出版クラブ事務所、1937年、89-93頁。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m 橋田英俊、本田俊雄、森本尚孝、相原泰「市販鎮痛剤常用量の服用による慢性ブロム中毒の1例」 (pdf) 、『日本老年医学会雑誌』第38巻第5号、2001年、 700-703頁、 doi:10.3143/geriatrics.38.700
  2. ^ a b c d e f 井上雄一 2009, pp. 657-658.
  3. ^ a b c d e 藤井基之「かぜ薬の承認基準および地方委譲について」 (pdf) 、『ファルマシア』第7巻第2号、1971年2月、 157-159頁、 NAID 110009914263
  4. ^ a b 厚生労働省医薬・生活衛生局安全対策課長, “催眠鎮静薬、抗不安薬および抗てんかん薬の「使用上の注意」改訂の周知について (薬生安発0321第2号)” (pdf) (プレスリリース), https://www.pmda.go.jp/files/000217230.pdf 2017年3月25日閲覧。 、および、使用上の注意改訂情報(平成29年3月21日指示分)”. 医薬品医療機器総合機構 (2017年3月21日). 2017年3月25日閲覧。
  5. ^ a b “【薬食審】乱用防止へ販売数量制限‐一般薬配合7成分を指定”. 薬事日報. (2014年2月17日). http://www.yakuji.co.jp/entry34758.html 2015年9月29日閲覧。 
  6. ^ a b Ian Stolerman (2010). Encyclopedia of Psychopharmacology. Springer Science & Business Media. pp. 251. ISBN 9783540686989. http://books.google.co.jp/books?id=qoyYobgX0uwC&pg=PA251. 
  7. ^ 角田信三、早川善平、松場喜六「急性「カルモチン」中毒3例に就いての考察」 (pdf) 、『消化器病学』第2巻第2号、1937年、 325-329頁、 doi:http://doi.org/10.11405/nisshoshi1936.2.325
  8. ^ 村瀬武吉「自殺ヲ目的トセル急性中毒患者ノ統計的觀察」 (pdf) 、『消化器病学』第2巻第3号、1937年、 455-465頁、 doi:10.11405/nisshoshi1936.2.455
  9. ^ a b c 嶋津岳士「急性中毒と画像診断」 (pdf) 、『日本集中治療医学会雑誌』第13巻第2号、2006年、 102-105頁、 doi:10.3918/jsicm.13.102
  10. ^ 鶴見(1993) p.56
  11. ^ 福永龍繁「監察医務院から見えてくる多剤併用」、『精神科治療学』第27巻第1号、2012年1月、 149-154頁。 抄録
  12. ^ 松本俊彦 『よくわかるSMARPP―あなたにもできる薬物依存者支援』 金剛出版、2016年、117頁。ISBN 9784772414746
  13. ^ ドーモ・編集 『過去問から学ぶ登録販売者試験対策問題集』 薬事日報社、2009年、107頁。ISBN 978-4840810845
  14. ^ 上村直樹・編集 『医薬品情報学』 化学同人、2009年、140頁。ISBN 978-4759812718
  15. ^ 柴田護、鈴木則宏「III.薬物副作用による神経・筋障害 5.薬物乱用頭痛」 (pdf) 、『日本内科学会雑誌』第96巻第8号、2007年、 1634-1640頁、 doi:10.2169/naika.96.1634
  16. ^ 東禹彦「アリルイソプロピルアセチル尿素とブロモバレリル尿素で同一部位に固定薬疹を生じた1例」 (pdf) 、『皮膚の科学』第13巻第6号、 435-438頁、 doi:10.11340/skinresearch.13.435NAID 130005068497

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]