コロンビア ピクチャーズ

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コロンビア・ピクチャーズ・インダストリーズ
Columbia Pictures Industries, Inc.
商号
コロンビア ピクチャーズ
以前の社名
Cohn-Brandt-Cohn (CBC) Film Sales Corporation (1918–1924)
Columbia Pictures Corporation (1924–1968)
種類
事業部門
業種 映画
設立
  • 1918年 (103年前) (1918) (Cohn-Brandt-Cohn Film Sales Corporationとして)
  • 1924年1月10日 (97年前) (1924-01-10) (Columbia Picturesとして)
創業者 ハリー、ジャック・コーン
ジョー・ブラント
本社
事業地域
世界中
製品 映画
所有者 ソニーグループ
親会社 ソニー・ピクチャーズ モーション ピクチャー グループ
子会社 ゴースト・コープ[1]
ウェブサイト sonypictures.com
Footnotes / references
[2]

コロンビア・ピクチャーズ・インダストリーズ(Columbia Pictures Industries, Inc.、通称: コロンビア ピクチャーズ[3])は、アメリカの映画スタジオ・製作会社で、多国籍コングロマリット・ソニーグループの子会社であり、アメリカの主要映画スタジオ「ビッグ5」の一つであるソニー・ピクチャーズ エンタテインメントの部門、モーション ピクチャー グループの一員である。

1918年6月19日、ジャックとハリー・コーン兄弟とビジネスパートナーのジョー・ブラントによって、コーン・ブラント・コーン(CBC)フィルム・セールス・コーポレーションとして設立され、1924年にコロンビア・ピクチャーズに改名した。

1990年以降、カリフォルニア州カルバーシティの旧MGMスタジオ(現在はソニー・ピクチャーズ・スタジオ)の敷地内にあるアーヴィング・タルバーグ・ビルディングに本社を置いている。

概要[編集]

設立[編集]

映画会社のユニバーサル社で働いていたジャック・コーン、ジョー・ブラント、ジャックの弟のハリー・コーンが自分たちの映画会社を設立しようと独立。短編映画の製作から始まり、1920年にCBC Film Sales Corporationを創設。1924年にCBCを「コロンビア」に改名した。

1929年の大恐慌で中小のスタジオは潰れたが、1933年から社長になったコーンと映画監督のフランク・キャプラは『或る夜の出来事』('34)、『オペラハット』('36)、『スミス都へ行く』('39)を成功させ、後発で弱小のコロンビアがメジャー会社の一つに数えられた。

1968年、コロンビアはスクリーン ジェムズと合併。Columbia Pictures Industries, Inc.になった。

1982年、アメリカの飲料大手コカ・コーラが6億9200万ドルでコロンビアを買収した。1983年トライスター ピクチャーズがコロンビアとHBOCBSが出資して創設された。

ウォーレン・バフェットはコカ・コーラへ投資した。

ソニー傘下へ[編集]

1989年には日本の家電大手のソニーが、豊富なコンテンツを入手することを目的に48億ドルで買収したが、当時の日本のバブル景気を背景にした「外国資産の買いあさり」と日米経済摩擦の時期と重なったため、この買収を巡りアメリカ国内で激しいジャパンバッシング(日本叩き)が起きた。買収当初に経営を任せたのはピーター・グーバー(Peter Guber)とジョン・ピーターズ(John Peters)だった。

当時、大手映画会社は複合企業の傘下にあった。そこのトップ、例えばスティーブ・ロス(ワーナー)やルー・ワッサーマン(MCA)、チャールズ・ブルードーン(ガルフ&ウェスタン)が超大物と目されていた。これと別の実力者としては芸能エージェンシーのトップ、例えばマイケル・オーヴィッツがいた。

コロンビアを買収したソニーは経営にオーヴィッツを招こうとしたが失敗した。ここでCBSレコードのウォルター・イエトニコフが、その年に世界最大のヒット作を製作したグーバー&ピーターズを経営者に推薦した。

イエトニコフが両者を推薦した背景には、ライバルたちの存在もあった。ソニーに買収される前のCBSはテレビ局傘下だったのに対し、デビッド・ゲフィン(ワーナー)やアーヴィング・アゾフ(MCA)は親分の筋からハリウッドにも顔が利いたし、自分の会社を持っていたため収入でイエトニコフは差をつけられていた。盛田や大賀が傍にいないため調子に乗ったともされる。

問題はグーバー&ピーターズはワーナーと五本の映画を製作する契約を済ませていたことだった。これはスティーブ・ロスの面子を潰す行為であり、ロスは報復として10億ドルの訴訟を起こした。違約金だけで7億5000万ドル以上、その他にもソニーから多くを巻き上げた。コロンビア映画とは提携してきたため、財布の中身も分かっていた。米国の世論はロスに喝采を叫んだ。ここから二人が解雇されるまでソニーは食い物にされた。

買収当初はヒット作に乏しく、巨額の赤字を計上したためにソニーによる買収が失敗だと評されたが、1990年代後半からエンターテインメント大作のヒットを複数出すなど復調傾向を見せ、近年ではシリーズ物を中心にアメリカ市場で常に上位のシェアを占めている(因みに2006年度のアメリカ国内の興行成績は、ソニーが18.6%のシェアを確保して第1位)。

現在は、ソニーの在アメリカ子会社であるソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(SPE)の一部である。最高責任者は、SPE共同会長 兼 モーション・ピクチャー・グループ会長のエイミー・パスカル

日本映画との関わり[編集]

2017年現在、米国ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(以下「SPE」)傘下であるコロンビア映画が日本映画配給に携わった例はない[注 1]。しかし、2017年の『斉木楠雄のΨ難』以降、SPEの日本支社であるソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(以下「SPEJ」)が製作・配給する日本映画で、コロンビア映画のオープニングロゴ(後述)が使用されており、日本における両社の区別が曖昧になっている。なお、コロンビア映画とSPEJは同じソニーグループで、どちらもSPEの子会社にあたり、間接的には関係しているものの、直接的な関係性についての詳細は不明である。

オープニングロゴ[編集]

主な映画[編集]

1930年代

1940年代

1950年代

1960年代

1970年代

1980年代

1990年代

2000年代

2010年代

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 呪怨シリーズなど、日本映画からアメリカ映画へのリメイクは存在する。
  2. ^ ただし、ほかの配給会社のロゴが先に示された場合、導入部のロゴが省略されることもある。

出典[編集]

  1. ^ Ghost Corps, Inc., a subsidiary of Columbia Pictures Industries, Inc.”. sonypictures.com. 2020年1月30日閲覧。
  2. ^ Divisions – Sony Pictures”. sonypictures.com. 2015年6月7日閲覧。
  3. ^ 会社概要 | ソニー・ピクチャーズ公式”. www.sonypictures.jp. 2021年4月24日閲覧。
  4. ^ アニメ化して踊り出す、足元のネズミに驚いて台から逃げ去るなど。『メン・イン・ブラック2』では本編中のある描写同様に閃光を発し、2019年の『ゾンビランド:ダブルタップ』で乱入した2体のゾンビをトーチの一撃で倒す腕っぷしの強さも見せた。

関連項目[編集]

  • RCAレコード - 「RCA/Columbia Pictures International Video」というビデオソフト事業の合弁会社があった。コロンビア映画がソニーに買収されたため合弁を解消した。日本法人のアール・シー・エー・コロンビア・ピクチャーズ・ビデオ株式会社は、コロンビア映画の配給部門などと統合、株式会社ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントとなっている。

外部リンク[編集]